秘策 (現実)
※今回は土屋視点の現実世界です。
翌週の土曜日。
この日も、俺と美香、優美の三人は、会社に出て来ていた。
とくに仕事が溜まっていたわけではないのだが、前週と同様、また例のクレーマーが会社を訪れることになってしまっていたので、気になって様子を見に来たのだ。
応対するのは、相変わらず俺達の先輩社員、木田瞳さんだ。
ただ、今回は秘策があると、自信満々の様子だったのだが……。
朝十時頃、事務所で仕事をしていると、またしても怒鳴り声が聞こえてきた。
「……始まったみたいだな……」
俺達三人は目配せし、頷くと、サポートセンターのあるフロアへと向かった。
やはり、声の主はあのクレーマーだった。
瞳さんは相変わらず、表情が強ばっている。
「あんたじゃ話にならん、社長を呼べっ!」
と、クレーマーが一層激しく怒鳴ったとき、別室のドアから、ダークスーツに身を包んだ、体格の良い、スキンヘッドで目つきの鋭い、四十歳ぐらいのいかつい大男が現れた。
社長ではない。人事部の、伊集院課長だ。
「どうも、この度は、ご迷惑をおかけしまして申し訳ないことです。私、本日彼女と共にサポートさせていただきます、課長の伊集院と申します」
謝っているが、そのギラギラした眼は、明らかにクレーマーを威嚇し、さらに太いダミ声は、脅しをかけているようにしか聞こえない。
こんな人が街を歩いていたら、その人となりを知らなければ、半径三十メートル以内に近づきたくない。
本当は面倒見の良い、理想的な上司らしいのだが、若い頃は全国屈指の暴走族(構成員約三千人)の総長だったとか、反社会的集団の若い衆五十人を一人で全滅させたとか、いろいろと武勇伝を持つ人だ。
ちなみに、空手も柔道も黒帯らしい。
社内のイベントで川原にバーベキューに行ったとき、嬉しそうにその辺りの大きな石を、
「コツがあるんだ」
と言いながら素手でバコバコ砕いているのを見た事がある。
そのとき、ああ、この人は人間じゃないな、と思ったものだった。
「あ……ああ、なるほど、上司の方、というわけですか」
明らかにクレーマーの声のトーンが下がった。
「なかなか社長は現場に出てくれないものでしてね、私のような半端物で申し訳ないですが、お相手させていただきます。……で、どういったご用件でしょうか」
相変わらず凄みを利かせた声で質問する。
それに対して、先程までの勢いがなくなったクレーマーは、ちょっと挙動不審になりながら、購入したノートPCとソフトが思い通り動かない旨を伝えた。
瞳さんと伊集院課長は、丁寧に説明を続けて行く。
一通り実演しながら、ノートPCとインストールされたソフトの操作説明が終わったところで、クレーマーは、
「おかしいな……家では上手く動かなかったんだが……」
と、首をかしげる仕草をした。
「ひょっとしたらお宅の無線LANの調子が悪いのかもしれません。先週、ウチの木田に、『家まで来て、懇切丁寧に教えるべき』とおっしゃったそうですねぇ。彼女は女性なので、そのようなことはコンプライアンス的に難しいのですが、私でよければ、お宅にお伺いすることは、やぶさかではありません。住所とお名前も、しっかり覚えましたので、ご都合の良い日を教えていただければ……」
そこまで伊集院課長が言ったときに、それを遮るように、
「い、いや、そこまでしてもらわなくても、きちんと動くようになったんだ、もう大丈夫だ。またなにか問題があったら、こちらから連絡するので……」
クレーマーはそれだけ言うと、来たときとはまったく異なった表情……まるで猛禽類から逃げるウサギのような、切羽詰まった様子でそそくさと帰ってしまった。
あんな○○○のような容姿の男に、自宅まで乗り込んでこられてはたまらない、と思ったのかも知れない。
全てが終わった後、瞳さんは、何度も伊集院に頭を下げ、目に涙を浮かべてお礼を言っていた。
それに対して、彼は、
「まあまあ、このぐらいどうってことは無い。まあまた、困った事があったらいつでも声をかけてくれ」
と、ドヤ顔で帰って行った。
それをドアの隙間から見ていた美香は、
「……さすが社長、いともあっさりと解決したわね……」
と感心したように呟いた。
「……社長? 社長がなにか関係あるのか?」
「……ツッチーは鈍感だから、分かんなくていい」
美香は、何か意味深な発言をした。
それに対して、優美も不思議そうな顔をしていたが、突然、目を見開き、両手を口に当てて、
「まさか……」
と、言葉にした。
続けて、
「え、それじゃあ、ひょっとして美香さんも、知ってて……」
そう言う優美は、ずっと驚愕の表情のままだ。
「……さあ、どうかな……」
それに対して、美香は微笑みを浮かべただけだった。
一体、彼女たちは、何をわかり合っているというのだろうか……。
と、そんな俺達の気配に気付いたのか、瞳さんが近寄ってきてドアを開けた。
「ふふっ、やっぱりお揃いで覗いてたわね」
「す、すみません、どうしても気になっていたので……」
俺がそう謝ると、
「いいのよ。無事解決して、今日はとっても気分がいいの……そうだ、今晩、みんなで祝勝会にいかない?」
と提案してきた。
「祝勝会? それって、飲み会ってことですか?」
「ま、そういうことね」
その言葉に、俺は困惑したのだが、美香と優美は二つ返事で了承し、俺も強制参加させられることになったのだった。
※次回、現実世界では女子会に参加させられた土屋の様子、そして創作ではパワハーラの猛威が再び吹き荒れることになりそうです。また、今後、ある重要な新展開も起こりそうです。




