サポートセンター (現実)
(現実世界、数日前)
この日は、土曜日で会社が休みにもかかわらず、土屋は出勤していた。
仕事が溜まっていたので、サービス出勤して取り戻そうとしていたのだ。
それだけ聞くと、やる気のある社員のように思われるかもしれないが、実際は金田課長代理に叱られるのが嫌なだけだった。
事務所のドアを開けると、既に照明が点けられていた。
「あ、おはようございます、土屋さん!」
元気にそう挨拶してきたのは、新入社員の水原優美だった。
「あ、ああ、おはよう。水原さんもひょっとしてサービス出勤?」
「はい、月末で仕事が溜まってて……土屋さんもそうなんでしょう? 昨日、まったく終わらないって嘆いてましたし……」
「ははっ、独り言のつもりだったけど、聞かれちゃってたか……」
そんな言葉を交わしていたが、土屋は少し、鼓動が高鳴るのを感じていた。
美少女である優美と、この事務所で二人っきり……。
もちろん、だからといって何かあるわけではないだろうが、初めてのシチュエーションだ。
「えっと、じゃあ、早速コーヒー煎れますね」
「えっ? 正式な出勤日じゃないから、別にいいのに……」
「大丈夫ですよ、好きですから……コーヒー煎れるの」
土屋が一瞬、『好きですから』という単語に反応し、鼓動がさらに跳ね上がった。
優美も、心なしか顔を赤らめながら立ち上がった、そのときだった。
「おはよー! ツッチー、やっぱり来てたね……あれ?」
元気よく扉を開けて入ってきたのは、土屋と同期入社で、学生時代からの同級生の美香だった。
二人の女性社員は、お互いにぽかんとした表情で見つめ合っていたが、先に優美が笑顔になって、
「おはようございます! えっと、じゃあ、美香さんの分も、コーヒー煎れますね!」
と、給湯室に向かったのだった。
気まずそうに席についた美香は、
「えっと、ひょっとして……私、お邪魔だった?」
と小声で尋ねたのだが、
「……何が?」
土屋が素でそう返したので、
「……何でもない。仕事、頑張ろうね」
と、彼女も笑顔になったのだった。
時折雑談をはさみながらも、仕事をこなしていく三人。
土屋の手際は相変わらず悪かったのだが、その都度二人の女性がサポートしてくれることもあり、思ったより順調に進んでいく。
この分なら、昼過ぎぐらいには終わるかな……そう思っていると、なにやら、男性の怒鳴り声が聞こえて来た。
三人とも、顔を見合わせる。
気になったので、事務所を出てその声の方に向かうと、どうやら声の主は、隣のフロアのサポートセンターにいるようだった。
「そんなことを聞きたいんじゃない! ……もういい、あんたじゃ話にならん! 社長を呼べ!」
大声でそうまくし立てているのは、四十歳ぐらいの、白髪交じりで、ボタン全開のチェックのシャツ、よれよれのチノパンを履いたオジサンだった。
対応しているのは、土屋や美香の二つ先輩で、同じく二つ年上の木田瞳だった。
某有名女子短大を卒業している彼女、上品なイメージがあり、それでいて気さくな人柄で、かつ女子アナのように美人なので、男性社員から人気があるのだが、この日は質の悪いクレーマーに、ほとほと困っているようだった。
美香は、ドアの隙間からこの様子を見て、
「瞳さん、可哀想……でも、私達じゃあどうしようもできない……」
と、心配そうに言葉にしていた。
サポートセンターの業務を、他の部署の人間が、上司の許可なく手伝うことはできない。
特にクレーム対応の場合、余計に騒ぎが大きくなってしまう可能性がある。
何もできないことに対して、三人は歯がゆい思いをしていたのだが、そうこうしているうちに昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「むっ……もう昼か……続きは後だ、また一時過ぎたら来るからな!」
クレーマーはそう言いながら一旦、帰っていった。
それを見届けてから、土屋、美香、優美の三人は、サポートセンターのフロアに入った。
美香が瞳に、
「……瞳さん、大変でしたね……お疲れじゃないですが?」
と声をかけると、
「あら、労務管理の皆さん、お揃いで……どうしたの?」
「えっと、仕事してたら、怒鳴り声が聞こえたので……何事かと思って来てみたんです」
「そうだったの……ホントにちょっと大変だったのよ」
通常、サポートセンターは土曜日は休みの日が多いのだが、新人の女の子が、電話でクレームを受けたときに、つい、
「次の土曜日でしたら、直接お話を伺いますので……」
と言ってしまったらしく、そんな仕事を新人に任せることなどできないので、木田が出勤するはめになったのだという。
その新人の子は、自分も出る、といっていたが、話がかえってややこしくなるので、絶対に出てくるな、と上司から言われてしまったらしい。
「……本当に大変でしたね……僕等にはなんにもできないですが……」
土屋が申し訳なさそうにそう言った。
「いいのよ、全然部署も違うし……ところでみんな、お昼、どうするの? 私は外に軽食を食べに行こうかと思ってるけど……」
瞳が、軽く誘うようにそう言った。
「あ、私はお弁当を作ってきているので、事務所で食べます」
「私も、お弁当です」
と、美香と優美が揃って答えた。
「えっと、僕は外に食べに行こうかと思っていたんですけど……」
「あ、土屋君もそうなんだ……じゃあ、一緒に食べに行く?」
瞳がそう気軽に声をかけると、
「「あっ……」」
と、美香と優美の二人が同時に声を出した。
「あら……ひょっとして、土屋君の分も、お弁当、用意してたりする?」
察しの良い瞳が、笑顔で二人の女性に声をかけた。
「えっと……私は、どうせツッチーはなんにも用意してないだろうなって思って……あの、朝、作り過ぎちゃったっていうのもあって……一応、おにぎりとか、用意してるけど……」
赤くなりながらそう言う美香。
土屋は、それを聞いて、驚きのあまり口をパクパクさせている。
「美香さんも、ですか? あの……私も……土屋さんにいつもお世話になっているのと、二回も助けていただいているのもあって……あの、サンドイッチですけど、良かったら食べてもらえるかなって、多めに作ってきています……」
優美も、頬を桜色にそめながら、モジモジとそう話す。
「まあ……土屋君、もてるのね……うらやましい」
瞳が、初々しい三人の様子に、笑みを絶やさぬまま素直にそう言った。
女性に弁当を作ってもらうことなど、土屋の人生において、これまで一度たりともなかった。
それが、この日、一度に二人が準備しているという。
「えっと……これって、何かのドッキリ企画だったりする?」
度惑いながら土屋が放った一言に、一瞬置いて、みんな大笑いしたのだった。
※長くなったので、分割します。




