ヒステリックバトル (創作、現実)
イヤミー岡田を倒した俺達は、ヒステリックが占拠する砦の前で立ち往生していた。
山岳地帯の谷底のような地形に、くねくねと街道が続いている。
そしてその先に、高さ三十メートルほどの、段々畑の境のように石壁が連なった『層』が存在する。つまり、それが砦だった。
その両脇は切り立った崖になっており、この街道を先に進むためには、この砦を突破しなければならないのだ。
その最上部には木製の建物、そして一番高い物見櫓まで存在している
といっても、建物には屋根らしきものが無く、櫓も木材を数本縄で結んで、頂上部に人一人がようやく立てるほどの板が置かれているだけのようだ。
現在地から砦までは、約三百メートル。こちらから弓を撃ってももちろん届かないし、砦の上から撃ってもこちらまでは来ないだろう。
岩の『層』にしても形がいびつで、途切れていたり、崩れていたり、上の『層』とつながってしまっていたりする。あまり手入れはされていない。
そもそも、この砦は現在はそれほど重要ではもなく、もっと便利な街道ができたために、使用されていなかったのだ。
その無人の施設だった場所に、ヒステリックや妖魔達が住みついたにすぎない。
とはいっても、砦は砦、責めるのには苦労しそうだ。
もう少しだけ近づくと、砦の上部から数人の妖魔が顔を出し、矢を放って来たが、届かない。
逆にシュンが、『レクサシズ・アロー』を用いて矢を放ったところ、岩から頭を出していた小妖魔に当たり、黒い霧となって消えた。
それを見て怯えたのか、矢は飛んで来なくなった。
しかし、これ以上進んで妖魔達の射程内に入れば、大量に降りそそいでくるのは目に見えている。
一体どれだけの敵が潜んでいるのか分からないところに、味方はわずか五人だ。
これが、俺達が攻めあぐねている要因だった。
「……じゃあ、ここは私に任せて。覚えたての新しい魔法、試してみたいの」
そう言って一歩前に出たのは、魔術師のミキだった。
「ここから魔法が届くのか? それに、届いたところで石壁に阻まれるんじゃあないのか?」
俺が懸念を示すと、
「まあ、見てて……跳躍破裂炎兎弾!」
と、人間の頭ほどの火炎弾を打ち出した……するとそれは、まるで命を持った、運動能力を強化した野ウサギのように、跳躍しながら高速で前進し、岩壁を飛び越えて侵入し、そして爆発した。
煙と共に、黒い霧のようなものが三つほど上がったので、おそらく巻き込まれた妖魔が倒されたのだろう。
「……うん、いけるわ! 実は威力はそれほどでもないんだけど、塹壕のような狭い空間には効果が高いらしいの。もっと打ち込むね!」
ミキは得意げに、跳躍破裂炎兎弾を三発、四発と連射した。
さすがにかなり魔力を消費したようで、肩で息をしていたが、それ以上に砦は大混乱に陥っているようだった。
妖魔達のキイキイという、悲鳴のようなものがあちこちから聞こえる。
砦内には、おそらく食料や、かがり火用の燃料なども置いてあったようで、それらが引火したのか、いたるところで黒煙が上がっている。
この状況に、ついに、本命が登場した。
「……あれが、ヒステリック・モラハーラ……ヤマモト係長が妖魔化した姿なの?」
ミキが、青ざめている。
「でかい……二メートルあるんじゃないか? それに、うねうねと動いている……あれ、触手か? 背中から生えているのか? あと、あの派手な衣装に化粧……」
俺は、ゾクゾクと背中に冷たいものが流れるのを感じた。
その姿は、まさに禍々(まがまが)しい邪神。まだ二百メートルほど距離があるのに、相当のプレッシャーを感じる。
「シュン、射貫くんだ!」
あんな化け物に接近するのは危険だと判断した俺は、シュンに指示を出した。
彼は焦ったように頷くと、慌ててヒステリックに向けて矢を放った……しかし、それは彼女に届く直前で、薄い膜のような何かにはじき飛ばされてしまった。
「防御シールド……あんな真似ができるのか……」
一同、息を飲んだ。
彼女は、不気味な笑みを浮かべながら、確実に距離を詰めてくる。
ぶっちゃけ、相当怖い。
「みなさん、落ち着いてください。防御シールドを張っているということは、向こうも、こちらに攻撃を仕掛けて来られないです。ですから、あのシールドが外れた瞬間に攻撃を畳みかければ、勝てます!」
聖治癒術師のユウが、懸命に俺達を鼓舞してくれる。
「ああ、その通りだな……俺は接近戦専門だから、シュンとミキ、奴がシールドを外すと同時に攻撃して、足止めしてくれ。そこに俺が走りこんで、トドメを刺す!」
俺は凄まじいプレッシャーを感じながらも、気圧されまいと、強気の言葉を出した。
「分かりました……それにしても、どこまで距離を詰める気でしょうか……」
シュンが、若干声を震わせながらそう呟いた。
百メートル……八十メートル……五十メートル……。
そして、三十メートル程にまで迫ったところで、ヒステリックは立ち止まり、右手を払って、防御シールドを霧散させた。
「今だっ……くぅぉあああぁぁぁー!」
「うぐっ……ふぐぁああぁぁぁー!」
「キャァァァァー!」
「イヤアァァァァー!」
「うぬううぅぅ……!」
俺達は、一斉に悲鳴を上げた。
超音波にも似た、ヒステリック・モラハーラ、別名:ヒステリック・ヤマモトの、ヒステリック音声口撃。
耳をつんざくような高音、大音響で、不協和音を含んでいる。
その言葉の内容は、まるで呪詛のように、相手を非難、罵倒するキーワードが含まれ、もろに精神的にやられてしまう。
まともに立っていることすら困難な、恐るべき戦闘力だ。
こんな奴に、本当に勝てるのか――。
「……いざとなったら、私に任せて……命に代えても、あの化け物を倒すから……」
ミキが、悲しげな笑みを浮かべた。
「命に代えてもって……まさか、自己犠牲呪文!?」
俺は、彼女が起こそうとしている行動に対して、戦慄を覚えた――。
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(現実世界)
今回アップした内容に対して、真っ先に感想を送信してきたは、何処かの企業の、新入社員の女性だった。
『投稿者:ゆうみん 20歳~25歳 女性
今回のお話、ちょっとドキリとしてしまいました。ミキさん、死んだりしないですよね? 実は私も、すごく落ち込んだことがあったけど、先輩の女性社員がいろいろ励ましてくれているんです。それがミキさんと重なって……それで、私がドジで、仕事もできなくて、係長に書類を何度も書き直しさせられているのを見て、凄く怒ってて……『今度あなたがイジめられたら、私、キレるかも』、って物騒なこと、言ってて……でも、小説の中では、ちゃんとみんな、助かるんですよね? 私、それを参考にして、なんとか乗り切りたいです……』
土屋はそれを読んで、すごく切羽詰まった状況の女性なんだな、と、同情した。
そしてすぐ、返事を返した。
『ゆうみん 様、感想、ありがとうございました。起死回生の方法は、あります。でも、それが参考になるかどうかは分からないのですが……偶然ですが、僕の会社でも、似たようなことが起こっています。新入社員の女の子がミスをして、別の課の女性係長に責められていて……でも、チーム一丸となってフォローしようと思っています。ゆうみんさんも、仲間を信じてみてはいかがでしょうか?』
その返信に対して、
『ありがとうございます! 私、もう少し今の職場で頑張ってみます!』
と、前向きな返事が返ってきたことに安堵して、土屋は眠りについたのだった。
※土屋は鈍感です。
※新入社員の優美も、気付いていません。
※次回、創作と実世界の両方で、非常に大きなヤマ場を迎えそうです。




