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負のオーラ (現実)

「なぜこんな簡単なことができないんだ!」


 課長代理である金田の怒鳴り声が、事務所内に響いた。


「す、すみません……」


 叱られた土屋勇斗(つちやゆうと)――二十三歳、入社三年目――は、ただうなだれて、小声でそう謝るだけだった。


「……もういい、君に頼んだのが間違いだった。風見君、この後始末、君にお願いしたいんだが構わないか?」


「あ、はい、今だったらちょっと手が空いているので大丈夫ですよ」


 イケメンで高身長、すらっとした体型という、まるでモデルのような、土屋から見ればうらやましい限りの彼――風見俊一かざみしゅんいち、二十二歳、入社二年目――、が、ハキハキした声でそう返事をした。


 失敗をやらかした土屋は、ため息をつきながら自分の席に戻って、こめかみを押さえた。


「……ツッチ-、気にしなくてもいいよ。あんなの、誰も気付かないって。多分私がやっても失敗してたから」


 小声でそう励ましてくれたのは、同期で同い年の火野美香ひのみかだった。

 高専時代からの同級生で、気心の知れた仲だ。


 どちらかと言えば体育会系の彼女、さっぱりとした性格で、小柄でなかなか可愛く、学生時代には男子生徒から人気があったのだが、大人しい女性が好きだという土屋からすれば、友達にはなっていたが、恋愛感情を抱くまでには至らなかった。


 彼女も、土屋よりも、もっと自分をぐいぐい引っ張って行ってくれるような男がいいらしいのだが。


「……ああ、けど、ちょっと最近、失敗が続いてたから……」


「……金田さんも、すぐ怒鳴るから嫌になるね……私もこの間、怒られたし。そのわりに、自分では何にもしてくれないし」


 美香は土屋にだけ聞こえるように、小声で愚痴を言った。

 それに対して、彼は苦笑しながら頷いた。


 と、そこに


「あの……コーヒー、入りました」


 と、優しい声をかけてくれる女性がいた。


 水原優美みずはらゆみ、二十歳。新入社員で、まだ入社二ヶ月目だ。

 彼女は、毎朝決まった時刻にコーヒーを煎れて、同じ係のみんなに持ってきてくれる。それが土屋にとっては、至福の時でもあった。


 身長は、土屋と美香の間ぐらい。

 細身で、小さな顔に、目は大きく、鼻筋も通っており、ぷるんとした唇。

 セミロングの綺麗な黒髪も、土屋の心をときめかせた。


 今までの人生で見てきた中でも、相当な美女……やや童顔であることも加味すれば、美少女と称しても差し支えない……土屋はそう考えていた。


 その名前の通り、優しく、少しおっとりしていることも、彼にとっては理想の女性だった……もっとも、彼女が自分の事を好きになってくれるとは到底思えなかったが。


 土屋としてみれば、四月の職場の配置転換で美香と同じ係になり、そして優美が入社してきて、二人の席が両隣になったときには、まさに両手に花、楽しく仕事が出来そうだと考えたものだった。


 しかし、最悪なことに上司が金田となり、後輩である風見が有能すぎて、ことあるごとに比較されている現状では、毎日が地獄のようにすら思えてきていたのだ。


 ちなみに、風見は、先輩である土屋のことを立ててくれているし、彼も金田のことは内心嫌っているようで、一応味方なのだが、容姿や仕事ぶりなど、自分が勝っている部分が何も無いために、軽く嫉妬してしまっていた。


 季節は六月、梅雨まっただ中。

 毎日しとしと降り続く雨も、土屋の心を陰鬱(いんうつ)にしていた。


 そんなとき、ストレスを発散できるような趣味でもあれば良かったのだが、彼は車も所有していないし、スポーツもあまり得意ではない。


 唯一の特技は『ラノベを書くこと』で、今まで投稿サイトにオリジナル小説を掲載して、たまに読者から感想をもらって喜んでいた。


 その日、帰宅した彼は、今日怒鳴られた事を思い出した。


(なぜ、あんなに大声で叱られなければならないのだろう……金田課長代理は、自分では全く何もしてくれないくせに……)


 理不尽な仕打ちに怒りがふつふつと湧き起こってくるが、怒鳴り返す勇気もない。


(そうだ……自分を主役にして、金田をモデルにしたキャラが登場するラノベを書こう……そこで憂さ晴らしをしてやる……この際、ほかにも気に入らない奴を次々に登場させて、みんな成敗してやるんだ!)


 負のオーラ全開の土屋は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた後、愛用のテキストエディターを立ち上げ、一心不乱にラノベを書き始めたのだった。

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