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目安箱 (現実)

 株式会社シーマウントソフトウエア社長の二階堂は、『目安箱』に入れられていた投書一つ一つに目を通していた。


 時刻は午後四時。

 この日の会議もすべて終わり、彼は社長室にて、くつろぎながら投函された書面を読んでいたのだ。


 この『目安箱』、社員の意見を直に聞きたいという彼の発案で、本社ビルの各フロアに設置されたものだ。


 社長に訴えたいことがあれば、それを書面にして箱の中に入れるだけで、全て直接読んでもらえる、という触れ込みだった。


 匿名での投書も可能。


 国内外の各拠点にも設置予定で、そうなると社長に書面で直訴できる社員数は、子会社も含め、三千人にも達する。


 これは、二階堂がとある小説投稿サイトのオリジナル小説を読んで思いついたものだ。

 異世界に強制転移された会社を巡り、ただの一般平社員が勇者となり、不条理な上司やハラスメント社員と戦い、勝利していく、という姿に感銘を受け、自社の一般従業員の声も拾い集めたいと設置を決意したのだ。


 そのオリジナル小説はコメディ路線であり、彼としては純粋に『変わった趣味』として読んでいたのだが、これがきっかけで実際のセクハラの芽を摘むことができたりと、意外と実用的な効果もあった。


 あまり接点のない末端社員の本音や願いはどれほどのものだろう、と興味を持ち、目安箱の開封を楽しみにしていたのだが、投書は思ったより、ずっと少なかった。


 社長に直談判するような不満はないのか、遠慮しているのか、あるいは、自分が信頼されていないのか……。


 彼としては、多少がっかりしたものの、それでも二週間で十通ほどの投書はあったので、今、目を通しているところだったのだが、その内容にさらに落胆させられた。


「社員食堂のメニューを増やして欲しい」


「託児所を作って欲しい」


 等々。


 もちろん、目安箱に入れるぐらいなのだから切実な願いであることは分かる。


 メニューを増やしてほしい理由は、その社員が医者から糖質制限するように言われているからであり、贅沢をしたいわけではないことも分かる。


 また、託児所の有無が、女性にとって如何に重要であるかも理解できる。


 しかし、それらのことは、自分によりも厚生課に持ち込むべき案件なのだ。

 自分に直訴されても、厚生課にしっかりやるよう指示するだけになってしまう。


 決して善意の塊というわけではない彼としては、内心、もっと強烈な、魂の叫びのような投書を期待していたのだ。


 そんな中、最後から二枚目の用紙に、


「社内で、男女の出会いの場を設けて欲しい」


 という内容には、少しクスリとさせられてしまったが。


(いよいよ、最後の一枚か……)


 今度こそ、目がさめるような内容を期待していたのだが、それを読んだ彼の言葉は、


「そんな、バカな……」


 だった。


 細かく、しかしながら綺麗な字でびっちりと書かれた文章が『何とかして欲しい』と示していたのは、彼がネット小説上で見た、ヒステリックに騒ぎ立てる女性そのものに対してだったのだ。


 そこに書かれていた名前は、ネット小説のものとは異なる。

 また、ミスをしたときに強制的に書かされる私的な書類も、『反省文』であり、小説上の『謝罪文』とは表現が異なる。


 しかし、そういうものを書かせること自体が問題であり、実際にここに告発されている係長の女性は、派閥を作り、その権力をもって、自分に従わないものに対して、イジメにも似た嫌がらせを実施している、というのだ。


 もちろん、投書のみを鵜呑みにして、この係長の女性に対して何らかの処分を科すことはできない。


 彼は、自分の目で、真相を見て、聞いて、その内容によっては彼女へ注意、または、あまりに酷いようであれば、何らかの処分も見当しなければならない、と考えた。

 それほどまでに、切羽詰まったような告発文だったのだ。


(これらが、もし、自分の会社で起きているのならば……これだけ共通の項目が存在する小説の中の会社は、まさか……)


 二階堂は、自分の推測に、肌が泡立つのを感じた。 


(……確かめてみるか……)


 彼はその投書を右手に持ったまま、ゆっくりと椅子から立ち上がったのだった。


※次回、創作の世界と現実世界が平行して進行していきます。

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