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両親への挨拶 (現実)

 シーマウントソフト社による月齢ソフトシステム社の吸収合併が終わり、社内がまだバタバタしている頃。

 俺は緊張の面持ちで、美香と共に、彼女の実家に向かっていた。

 シーマウントソフト社は営業職以外は比較的服装が自由であったため、滅多に着ることのないスーツを身に纏っている。


 あまりにいろいろなことがあった為に、彼女の両親への、結婚に向けての挨拶が遅れていた。

 しかも、既に美香のお腹ははっきり分かるぐらいに大きくなっていた。

 当然、妊娠していることはバレている……っていうか、美香は俺がプロポーズした段階で、早々に両親に報告していたらしい。

 季節は真冬、俺も美香もコートを羽織り、手袋をはめている。


 駅から5分ほど歩くだけの距離だが、身重の美香には負担になるのではないかと心配してしまう。

 彼女には、まだまだこれからお腹、大きくなるんだよ、と笑われたが……それでも、美香は俺に腕を絡めて、いつもより慎重に歩いていた。

 ようやく彼女の実家の玄関前にたどり着いた。

 寒さもあって、少し震えていた……が、それは俺だけ。

 多分、緊張からの方が大きかったと思う。

 美香は、そんな俺を気遣って、笑顔で


「大丈夫だよ、父さんも母さんも優しいから」

 と言ってくれるが、普段温和な人がキレたときが一番怖いのだ。

 美香がチャイムを鳴らすと、パタパタと急いで歩いてくる足音が聞こえる。

 彼女が言うとおり、優しそうな五十歳ぐらいの女性が、笑顔で出迎えてくれた。

 事前にスマホの写真で見せてくれていたとおり、少しふくよかで素朴な感じだった。

 そしてその後から、ゆっくりと、やはり五十歳過ぎの男性が玄関にやって来た。


「土屋君、だね。美香から聞いているよ」

 と、その男性も笑顔だった……が、若干引きつっているように見える。

 やっぱり、怒っている……と感じ、寒いはずなのに冷や汗が出る思いだった。

 和室の客間に通され、俺と美香が並んで、彼女の両親に向かい合う形で、座卓に向かい合って座った。


「まあ、そう緊張せずに。来てくれて嬉しいよ」

 と、美香のお父さんが、やはりちょっと引きつった笑顔で声を掛けてくれたのだが……。

 俺は座布団を払いのけて、土下座するように頭を下げた。


「すみません、いろいろと順番が違っていたのですが、あの……美香さんを絶対に幸せにしますので、結婚させてください!」

 事前には、もう少しスムーズにここまで持って行くようにシミュレーションしていたのだが、焦って、いきなり本題に切り込んでしまった。

 すると、少し間を置いて、


「いや、そんな頭を下げなくて大丈夫だよ。美香の妊娠のことなら、できてしまったものは仕方ない……というか、俺たちは喜んでいるんだよ。土屋君のことは、美香が学生のころから聞かされていたしね。同じ会社に就職したのも君を追いかけて、のことだし……」


 そんなふうに、やはり優しげな声が聞こえてきた。

 それに対し、美香が


「ちょっと、父さん! そういうわけじゃないよ!」

 と、焦ったように非難していた。


 恐る恐る、ゆっくりと顔を上げてみると……彼女のお父さんは、少し涙を浮かべて笑っていた……それは、本心からの笑みのように見えた。

 それから、二人に促されて座布団に座り直し、そこからは本音で話し合いが進んだ。

 彼女のお母さんによると、お父さんも相当緊張しており……それが引きつった笑みになっていたらしい。

 また、これは事前に知っていたことだが、美香の両親も「授かり婚」だったことを打ち明けてくれた。


「まあ、俺が挨拶に行った時は親父さんに灰皿を投げつけられたが……」

 と、ちょっと怖いことも教えてくれた。


 ある程度、打ち解けたところで、一緒にご飯を食べようとリビングに移動した。

 今日のために、お寿司や唐揚げなど、ご馳走を用意してくれており、恐縮しながら頂いた。

 また、お父さんからにビールを注いでもらい……俺も同様に注ぎ返して、二人とも結構酔っ払ってしまった。


「君は、あのテレビで報道された極悪専務をやっつけたっていう話じゃないか。こんなに痛快なことは無い!」

「いえ、俺なんかすぐに立ちすくんでしまいそうだったのを、美香さんが励ましてくれたからなんとか戦えたわけで……」

「そうだったか! 娘は気が強いところがあるから心配していたんだが、君のように温和そうで、しかしやるときはやる男に嫁に出せるのなら、親として本望だ!」

「ほら、私が言った通りだったでしょう! 美香が選んだお相手なら間違いないって!」


 思いのほか、二人は俺のことを気に入ってくれたようだった。 

 美香は妊娠中なのでお酒は飲まなかったが、後で聞くと、両親が本当の親子のように仲よさそうにしているのを見て、自分も嬉しくてほろ酔い気分になったと言ってくれた。

 とにかく、危惧が杞憂に終わり、無事挨拶を済ませることができたのは良かったし、幸せな気分になれた。


 しかし、その帰りの道中、美香の方は「まだ終わっていない」と強ばった表情のままだった。

 理由を聞くと、俺の両親への挨拶を、まだ済ませていないからだという。


「授かり婚」となることに対しては、彼女も少し罪悪感を持っているようだったのだが、これに対しては、俺は自信を持って大丈夫、だと言い聞かせた。

 俺の両親の性格を知っていたからだ。


 翌週、俺の実家に美香を連れて行ったのだが……案の定、両親は

「ウチの馬鹿息子がとんでもないことを……」

 みたいな感じで、終始平身低頭だった。


 もちろん、結婚に対して反対されることはなく、むしろ

「本当にこんなよくできた綺麗な娘さんが、お嫁さんに来てくれるのでいいの?」

 と疑問形だった。

 最終的には、娘、そして孫まで増えるということで、涙ながらに大いに喜んでくれた。

 これには、美香も泣いたし、俺も少しうるっときてしまった。


 こうして、お互いの両親への挨拶は無事終了。

 また、仕事上大変な時期が続いていたこともあり、美香の希望で婚約指輪を買っていなかったのだが、このタイミングで一緒に選ぼう、という話になった。

 彼女は無理に必要はない、と言っていたのだが、やはり俺としてはきちんと渡したかった。

 それを聞いた美香は、


「だったら、結婚指輪も同時に買うと特典を受けられる場合があるから」

 と、事前リサーチしていた。

 このあたり、やはり彼女の方がしっかりしている。


 こうして、仕事も、婚約も一段落したころ、最近更新ができていなかった小説投稿サイトの画面を開いて見ると、一通の、赤い書体のメッセージが届いていた。

 サイト運営側からのものだ。

 そのタイトルに、一瞬我が目を疑った。


「第2回 集談社小説コンテスト 大賞受賞のお知らせ」


 ……はっ?


 確かに、習慣で投稿小説には必ず文学賞応募のタグをつけるようにしていたが、いままで落選続きだったのでその存在を忘れていた。

 震える手で内容を確認してみると……。


「このたび、第2回 集談社小説コンテストにて、貴殿の応募作『会社まるごと異世界召喚』が、栄えある大賞に選ばれましたことをお知らせします。心からのご祝辞を申し上げますとともに、今後の作家としてのご活躍を祈念いたします。つきましては、賞金(二百万円)のお支払い手続き、および書籍化の準備を進めており……」


 ……はああああっ!?


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