鎌掛け (現実)
シーマウントソフト社製ネット・クラウド・ソリューションシステム『ラ・ミカエル』と、同コンセプトの月齢ソフトシステム社の『ハーデス』。
『ハーデス』側のコード盗用発覚という衝撃的な事実により、その後は急展開を迎えた。
世間から大バッシングを受けた月齢ソフトシステム社は、コードを持ち込んだシーマウントソフト社の備前元専務を告発。
彼は詐欺罪や背任罪など複数の罪で逮捕され、その素顔までもが世間に晒された。
またそれだけでは済まされず、ゴシップ誌にシーマウントソフト社時代のパワハラの数々、愛人の存在など、プライベートなことまで暴かれることとなった。
また、ユーザーや世間に多大な迷惑をかけることとなった月齢ソフトシステム社は、経営側が総退陣。
そして会社全体がシーマウントソフト社に吸収合併されることを条件に、『ハーデス』ユーザーにも『ラ・ミカエル』の完全版が無償で配布されることとなった。
実のところ、シーマウントソフト社よりも月齢ソフトシステム社の方が売り上げも従業員数も規模が大きく、また、優良なシステムも多く持っていたのだが、この「小が大を呑む」合併案でなければ世間から到底許されるものではなくなっていたのだ。
『ラ・ミカエル』発売まであまり経営状況が良くなかったシーマウントソフト社だったが、この一件で一気に事業規模を拡大、業界でも最大手の一角を担うまでに成長した。
僅か二ヶ月余りでこれほどの大変化を遂げたことに、土屋達も困惑したが、結局のところ備前元専務の『自滅』に月齢ソフトシステム社が巻き込まれたという、少々気の毒な結果ではあった。
だがその機に乗じて一気に月齢ソフトシステム社を飲み込んだ二階堂社長の手腕は、さすがとしか言いようがなかった。
そして社内は大幅な部署の再編が実施された。
土屋はシステムエンジニアとして、美香と共に田澤主任が所属する『ラ・ミカエル』開発チームに配属されることとなった。
その開発チームにも、係長や課長と言った上司は存在していたが、なぜか田澤主任、そして土屋、美香だけで小会議室に集められた。
虹山秘書も同席していた。
「土屋、久しぶりだな。一緒に仕事できることになって嬉しいよ。火野さんも、ソリューションシステム部第一開発課へようこそ!」
そう言って田澤が握手を求める。
「はい、僕も田澤さんとなら仕事やりやすいと思うし、嬉しいです!」
同期だが4つ年上の田澤に、土屋はそう気を遣うが、何度か一緒に飲みに行ったこともあり、仕事がやりやすい、ということは本音だった。
「私はツッチーほど優秀じゃないですが、よろしくお願いしますね!」
やはり同期で顔見知りである美香も気さくに挨拶する。
「いやいや、そんな謙遜することはないさ。二人とも、本来の仕事だけじゃなく、社内エージェントとして優秀であることは把握済だよ。特に備前専務をやり込めたことは賞賛に値する」
田澤の思わぬ一言に、土屋と美香は驚きで顔を見合わせ、次に同席している虹山秘書の方を見る。
彼女は相変わらず微笑みを浮かべているだけで、特にリアクションはない。
「……やっぱり、そうだったか……確信はなかったけど、九十パーセントそうだろうとは思っていたよ」
彼の一言で、ようやく自分たちが鎌を掛けられていたことに気づいた。
「すまない、どうしても気がかりだったんだ。お詫びに、俺のことも話しておくよ。俺は、『黄金騎士団長』だ」
「え……あれって、田澤さんだったんですか!」
土屋が驚きで大きな声を上げる。
「なるほど……やっぱりあのラノベの作者は、土屋だったか」
ニヤリと微笑む田澤を見て、土屋は二段構えの鎌を掛けられたことを悟った。