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拝啓。いつか、空の下。  作者: 花宮玄狐
第一章
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蟒蛇の町(4)

 チナの家に二つのグループが帰ってきたのはほぼ同時だったため、四人はちょうど部屋の前で行きあった。そして情報交換もそこそこに自分たちの部屋に戻ったのだった。


 ミナとコウが部屋に戻って数分した頃、ドアにノックがかかる。二人が簡潔に一言答えると、レイが入り込んできた。それというよりは逃げ込んで来る、というのに近いだろうか。

「なんで、あんなお湯が集まっただけの水溜りに入ることがそんなに大事なんですかっ?」

さっきまであんなにもグッタリしていたのに、まだそんなに余力があったのかと感嘆するほど元気な声である。あるいはあまりにもグッタリしすぎて変なテンションになってしまっているのかもしれない。

「それお前、前回も言ってたよな。」

「何度でも言いますよ。届くまで、何度でも。」

「なんでなんか少しいいこと言った風のドヤ顔してんだよ?」

レイの言葉にいちいちミナとコウがつっこむ。が、それも馬耳東風というやつだ。

「私は入りません。断固として。石のように動きません。」

「…重い女。」

バシッという音が響く。コウのあまりに不謹慎な言葉に、口で言うよりも先に手が出たらしい。

「そもそもなんでそんなに風呂ダメなんだよ。」

「それは、ですね…長い話になりますが…。」

「お前もそれ、前回も訊いてたぞ。」

「え、全く記憶にないわ。」

「おいおい。」

「訊いたからには私の話、聴きましょうよっ?」

バカなやり取りをしているうちにまたもノックがかかる。リンかと思って答えると、それはチナだった。

「布団持ってきたぞ。そこのけそこのけ。」

と言って手の仕草で三人を退ける。

「入れ。テキトーに敷いてしまえ。」

「おいお前今テキトーって言ったな。」

と、またも頭の悪そうなやり取りをしているチナとコウを完全にスルーして、入ってきたのは白い着物を着た女性たちだった。年はバラバラだが、皆無表情で、ただ仕事をするだけ、といった多分に人間らしからぬ雰囲気を持っていた。数人がかりでせっせと布団を運び込み、微妙に慣れない手つきで、それでもなんとか綺麗に敷き終えた。そしてまたそくさくと出て行く。

「あの人達はなんなんですか?」

レイが、未だコウと頭の悪いやりとりを続けているチナに訊く。

「あぁ、あれは町民から選ばれた世話係、いわば女中かなぁ。」

「かなぁ、ってなんだよ。」

「お前こそ、人の言葉の揚げ足をとるのはよしたらどうだ。」

「なんだと?」

ミナが仲裁に入る。どうもチナとコウは相性が悪すぎて近づけすぎると互いに反発するらしい。


 チナは間もなくして出ていったが、レイは頑として部屋に戻らないというので、三人はとりあえず適当に床に腰掛ける、コウだけは椅子に座った。

「なんで突っかかるんだよ。子犬かお前は?」

「いや、なんとなくだよ。なんとなく。」

確かになんとなくそりが合わないなんてことはザラにあるから、これ以上の追求はせずに、もっと有意義な話をしようと話題を変える。

「ところで、農村の方はどうだったんだ?」

「あ、あぁ。リンゴはかなり大量にもらったぜ。あとは干したトウモロコシが相当量と小麦粉も少々もらった。野菜系も本当に大量にもらった。この分だと当分食料には困らないだろうな。」

せしめてきたような言い方をするから、少し不安になる。が、一旦それは置いておく。

「それ、食べる前に腐り始めそうじゃないか?」

「リンはなんとかなるって言ってたけどな。」

「そうか。」

食料管理担当のリンがなんとかなると言うなら、門外漢であるところのミナはそれ以上何も言えない。

「そっちはどうだった?」

コウが訊く。

「えいと。塩はなかったんだが、それに代わるらしい何やら塩辛い液体と、砂糖と、醤油のようなものを買った。村人ともそれなりに話したよ。あとは…。」

「おいおいちょっと待て。なんだよ、その何やら塩辛い液体とか醤油のようなものとかってのはっ?」

「大丈夫、食べられるのは確かめたし、味も悪くないし、保存も聞くらしいから。」

「口になっても、正気度が減るってのっ。」

 と、そこでまたノックの音がする。仕方なく言葉を区切ってコウが返事をすると、今度こそリンだった。レイが身を震わせる。

「はい、レイ、逃げてないでいらっしゃい。」

と笑顔で手をこまねく。目が笑ってないけれど。

「お前も、そこまで強制しなくても。」

と言うミナの反論だが、リンは応じない。

「女性として、というか社会の中にいるなら当然よ。そこに理由はないの。ミナとコウも入っちゃいなさいよ。男女別にしてくれたらしいから。」

「じゃあ私は荷物番を…。」

悪足掻くレイだが、この四人の中での力関係で相対的優位はリンなのである。

「はい、うだうだ言わない。」

「ワァー殺されるぅ…。」

「もうっ、物騒なこと言わない。」

引きずられていくレイを見ながらミナとコウは苦笑する。

 学校にいる時から、ある意味でリンはミナたちの母親的な役割だった。こういうことをするのを見ていると、その頃の血がさわぐのだろうと思う。その頃は、レイはいなかったけれど。

 少し感傷に浸る。沈黙。

「…俺たちもいってみるか。」

「おう。」


 リンとレイは服を脱いで、タオルを体に巻きつけ浴室へと入ってきた。正確にはリンは服を脱ぎ、レイはそのリンに服を剥ぎ取られたのだが、この際あまり関係ないと言うことにしよう。

「あきらめなさい。」

隙を見て逃げ去ろうとするレイの手を掴み、顔色一つ変えず腕の関節を固めるところまで流れるようにこなしつつ、一歩前へ踏み出す。

 風呂は露天風呂だった。三方を高い木の壁に囲まれていて、急ごしらえ感の否めない一枚板でもう片方の浴室と仕切られている。浴槽のヘリに木桶が二つ置いてあった。

「さてと。」

流石にシャワーや石鹸はないから、おいてあった木桶で肩を流す。

「ギャーッ。」

もう片方の肩も流す。

「ギャーッ。」

最後に頭から湯をかぶる。

「死ぬ。死にます。本当に。」

 リンは水の滴る美しい髪を、顔を振るって払う。それにしてもレイは水がそんなにも怖いのか、それとも関節を決めたまま器用に木桶を扱っていたから関節があらぬ方向に曲がっていることを言っているのだろうか。

 多分両方だろう。

 仕方がないので関節をキメるのはやめ、それでも腕は掴んだままで、空いた片方の手で木桶に浴槽から湯を掬い上げ、レイの肩にかける。

「ギャァー。」

もう片方の肩にかける。

「ギャァー。」

最後に頭から盛大に。

「ナァラグラァッ。」

何処から出しているのかわからない声だ。

 さて、今度は湯船に浸かることである。さっきのが断末魔だったのか、一気に力の抜けた様子のレイの手を引いてリンは湯船に浸かる。ここまできていい加減あきらめたのか、レイの抵抗もなくなったので、手を離す。

「ねぇ?」

「…はい…なんでしょう?」

覇気のない声でレイが返す。

「町はどうだった?」

「え。はい。調味料と…服を買いました。」

「えっ?服を買ったの?」

「て言うか、正確にはもらったんですけど。散々なメに会いました。」

「それは良かったじゃない。」

微妙に、と言うか、かなり会話が噛み合っていない。

「良かったわ。やっと服にも気を使うようになったのね。」

「いや、ミナさんが買おうって…。」

「ん?」

「え?」

「ミナが言い出したの?」

「はい。」

「明日は槍でも降るんじゃないかしら。」

「私もそう思いました。」

正確にはミナは氷山が降ってくると思ったのだが、だいたい同じようなものだ。これほどまでにミナの評価は低い。それをさらに遥かに下回るコウへの期待値は、つまりどん底以下であることは言わずもがなである。

「でもまぁ、良かったじゃない。」

「まぁそう…ですかね?」


 風呂に入ると、そこは露天風呂だった。いかにも急ごしらえな敷居一枚挟んだ隣にある女湯から響く血生臭い叫び声を無視し、和洋がちぐはぐなこの建物の構成を疑問に思ったりする。ミナとコウは、入りはしたものの絶叫を背に早々と上がることにした。

 阿鼻叫喚の中でゆっくり休めるはずはない。戻っても特にやることがないわけではないが、流石に見知らぬ土地で全員が極楽気分しているわけにはいかないような気がする。

 かけ湯だけして湯船に浸かることはせず、そくさくと二人は部屋に戻ったのだった。

 ミナとコウが風呂を上がって部屋に戻ると、丸テーブルの上に一枚のメモを発見した。さっきまでは気づかなかったが、風呂に入っている間におかれたのだろうか。

「なんだこれ?」

黄ばんだ和紙のようなザラザラした紙面を、至極軽い気持ちでメモを取ったコウが内容を読んで少し表情を固くする。

「なんて書いてあるんだ?」

「あ、あぁ。いやな。たすけて、ってのはまたベタな、と。」

「はぁ?」

コウがメモを差し出す。そこには確かに小さなミミズの這ったような文字で、たすけて、と記入があった。どういうことかさっぱりわからないことだけはわかった。しかしチナや町民のいたずらとも思えない。たすけて、とは誰をどう助ければいいと言うのか。

「意味がわからん。」

とメモを突き返しながらミナが言うと、コウが気づいた。

「裏にもなんか書いてあるぞ。」

と、そのまま読み上げる。

「塔。」

「それだけか?」

「おう。」

結局意味はわからないままだが、薄々見当はつく程度にはなった。

「ラプンツェルかよ。」

 ここまでベタな流れで行くなら、確かにそれしかあり得ないとも思うが。しかしなぜ塔の上にいるならここにメモが置けるのか。塔にいる人物以外の人物がこのメモを置いていった可能性もあるが、だとしたら誰だ。チナではない。ここはチナの家なのだから、助けたければ自分でやればいい。だとすれば。

「女中の中の誰かだよな。」

コウが脈絡なく独り言ちるが、ミナも頷く。

 しかしそれは同時にチナが、人に言えないような何かをやっていることも意味する。では、何を。

 そこでまたノックの音が響く。続いてリンの声が響く。

「食事できたってさ。」

一旦保留、といったところか。確証もないし、人助けも大事だが、旅のための情報収集は結局チナからするのが一番良いのだ。コウがメモをスーツの胸ポケットに入れ、とりあえず二人はダイニングへと向かった。


 確かに肉はないが野菜は強いと言うチナの発言は本当らしかった。文明崩壊後でこれほど色とりどりの食卓を見たのは初めてかもしれないと思われるほどのカラフルな料理たちが、どう見ても食べきれないほどの量あった。料理名がわからないものも多かったが、美味そうだと言うのは漂ってくる香りからわかった。

 チナが相も変わらず無表情な女中たちを下がらせ、さぁ食べようと言う時節、しかし食べ始める前に、コウが一言。

「なんで、見ず知らずの俺らにここまでよくしてくれるんだよ?」

全員がしんとなる。ここの町の人々全てにも言えることだが、あまりにも人に優しすぎる。それに警戒度も低い感じがする。チナももちろん例外ではない。いくら精霊同士は争わないのが基本といえ、それはお互いが仲がいいということではないし、お互いに助け合わなければならないということでもない。

「俺が気前のいいタチだからだよ。町民に助け合いって言った手前ってのもあるけど。」

なんの悪びれもなく、表情も一切崩さずにチナは言う。コウはじっと彼女の顔を見ていたが、やがて肩をすくめる。彼女の目からは如何せん何の情報も読み取れない。信じるしかないのである。

「ま、ならいいが。」

後は不穏な空気を少し残しつつも食事会となった。

 炒め物やらキシュやら制作の難易度も国籍もまちまちの料理を食べながら、今度は旅のための情報収集に入る。

「ここから南に何があるかわかるか?」

「南?よくわかんないな。ま、ここ最近じゃどこも狼どもがうろついててどこも同じようなもんだよ。でも確か、わりと大きな川があったような気がするよ。ほら、この町の横を川が通ってるだろう?あれが他の川と合流して大きくなるんだよ。」

川の存在は確認していなかったが、何もないことはわかった。

「この付近に町とかはありますか?」

「ないね。かなり西に行ったあたりに人が集まってたけど、いまはどうなってるか。」

ここで一旦、会話が途切れる。ミナが沈黙を破る。

「ところで。この辺りで、最後に『夜』の狼を見たのはいつだ?」

「うむ、確か数週間前かな、私がいるってわかってるのに、時々やってくるんだよね。」

「そいつはどこから来るんだ?」

「あぁなるほど。」

やっと質問の真意を理解したらしいチナが得心したようにいって、続ける。

「確か、南か南西、だったかなぁ。」

 このまま南に進み続けることは危険かもしれない。

「そいつらがやってくるのは、いつもどこから?」

今度はリンが訊く。

「北だね。」

「北?」

四人とも驚いた。北ならミナたちがやってきた方である。数週間旅をしているが、一度も精霊にでくわさなかった、これは運が良かったとしか言いようがない。歩いているときはどうしても隙が多くなりがちだから、元来ハンターである狼、それも『夜』の狼たちにいきなり襲われていたら、場合によってはたまったものではなかったかもしれない。

 気づけば食べきれなさそうなほどにあった食事はほとんどなくなっていた。基本的には何も食べなくても問題のないミナたちだが、食べられないというわけではないのだ。

 デザートが出てくる。タルトとパイがまるまる二つである。

 気を取り戻して、話題を転換する。

「この町はいい人ばかりで感動したよ。」

ミナが感想を述べる。他の三人も首を縦にブンブン振って同意する。

「そうかい?それは良かったよ。と言っても、俺は別に何もしてないんだけどね。」

「技術も発展してるしさ。」

コウが繋げる。

「それはまぁ、人がこれだけ集まればね。」

これ以上は言うことがなかった。

 と言う空気を読んだレイが、ずっと疑問に思っていたことをタルトを口いっぱいに含みながら口にする。

「はんへほのひえはへ…。」

「飲み込んでから話なさい。」

リンが注意をすると、すぐにものを飲み下す音がしてから。

「なんでこの家だけ石造りなんですか?」

「あぁ。これは町民たちが俺に何か宮殿みたいなのを作りたいって言うから、技術を教えて作ってもらったのさ。だから、この家だけ使ってる技術が違うの。」

「へぇ、これはチナさんが作らせたんですか。」

趣味が悪い、と言う言葉は苦労しつつもタルトとともに飲み込んだ。


 デザートまで結局完食してしまい、ミナ一行はチナと別れて、男子の部屋に四人で集まっていた。室内は幾つかの燭台に刺さった多くのロウソクたちに照らされ、全く暗くはなかった。

 本日の議題は、風呂から帰った時にテーブルの上にあったメモ、そして。

「また、あったな。」

どうやら食事中に置かれたらしい新たなメモ書き。紙はさっきと違って羊皮紙のような感じの紙質で、色も白かったが、書いてある字体は一目瞭然で全く同じだった。内容は、日が昇る前にロビーで、と最低限。しかし言わんとすることはなんとなくわかってきた。

 とりあえず、さっきいなかったリンに新しいメモの内容も踏まえた推測を話す。

「チナが誰かをとうに監禁してるんじゃないかと思うんだよな。で、そいつの知り合いが女中の中にいるんだよ。そうするとなんで俺たちがいない間にチナの目も盗んで部屋に入れたのかも筋が通るだろ?ベタな発想だけどさ。この町はあまりにも健全すぎるから、そういうことが一つぐらいあったほうが、おかしくないとは思うんだが。」

「でも、完全に推測でしょ?」

「そうだが、何にせよ、この建物の塔の部分に問題があるのは確かだろ?」

「いたずらでは、ないわよね。」

リンは未だチナのことを疑いきれずにいるのかもしれない。風呂も食事も最も満喫していたのは彼女だし、何より格も同じ、鳥の姿をとることも、そして、生い立ちも非常に近いのである。疑いにくいのは当然だろう。

「いってみるしかないよな。」

「もしかしたら推測が見当ハズレってこともありうるしな。」

コウとミナは話を終わらせる。わからないことを考えても無駄だということは旅の間に痛いほど思い知らされているので、この場はとりあえず解散となった。

 全てがミナたちの思い違いにせよ、推論の全てがあっていたにせよ、誰が悪かったにせよ、その判断はいまの時点では不可能だ。それにこの建物内には今のところミナたちに明確な敵意や殺意を抱いている存在は見受けられない。害を及ぼさんとするならばミナたちには地の利がない上無防備な瞬間もあったからその時にすればよかったのだ。だからこのメモを置いていったものが何者にせよ、会うだけなら安全なはずだ。後の判断は事情がわかってから下せばいい。

 集合は朝五時にリビングで決定した。

引き続き、花宮玄狐でお送りしております。

1、内容は前回の続きみたいな感じですね(ならなぜ分けた…)。

2、誤字を発見したら指摘してくれると幸いです。

明日(今日ともいう)辺りの投稿で一章はケリをつけたいですね。ではまた明日、お会いできるといいと思います。

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