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拝啓。いつか、空の下。  作者: 花宮玄狐
第一章
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蟒蛇の町(1)

 まだ日も明けやらぬ頃から出発の準備を始めた甲斐あってか、日が登りきる前には町に辿り着くことができた。

 というのは全くの結果論である。こんな一度終わった世界では当然のこと地図などはないし、最近はまともに話のできるような存在に会うことさえなかったので、情報収集もできていないのだ。当然、この場所に町があるなどと知る由もなかった。

 また、そんな世界を旅するにあたっては、先の目処が立つことさえも極稀なので、四人が久々にゆっくり休めるかもしれないと強い期待を持ったのも、また当然のことであると言える。

 ミナ、コウ、リン、レイの一行は、広い砂漠を抜けきった後のここ数日というもの、誰もいない荒野をただひたすらに、ただひたむきに南へと進んでいた。そして、もちろんその日も一行は、相も変わらずに目を奪うようなものなど何もなく、ただ風の強いだけの寒々しい荒野風景の中をひたすら無心で歩いていたのだった。

 足元には背の高さもまちまちの雑草が所狭しと蔓延っており、言うまでもなく歩きにくいことこの上ない。転ばないように足元を見詰めていた視界を前に向けたとしても、視界に入るのはどこまでも続く同じような風景、雑草に、時折無秩序に突き立っている巨石に、色の薄い青い空、たったそれだけ。時折大きめの鳥の群れが喧しくがなりたてながら頭上のウンザリするほど広々した空を横切っていくけれど、この荒野の中で動くものといえばそれらと、風に揺れる雑草と、そして自分たちの一行だけだった。

 雑草が足元に生えているからもちろん歩きにくいといえば歩きにくいが、歩きやすさを基準にするなら砂漠なんかよりはマシである。逆に言えば確かに砂漠を歩くときなんかよりは明らかに面倒が少なく楽だけれど、その程度であって、特にプラスの一面があるわけではない。


 ミナたちにとっては、身の安全の問題はほとんどの場合においてないと言って良い。精霊の中でも高い位に位置する「格」を持つコウとリンがいるから、何ものも迂闊に攻撃はできないのだ。仮に攻撃して来たとしても、反撃せずに防御に徹すればほとんどどんな相手からも逃げ切ることが可能だろう。実際理由でもない限りは面倒ごとにも関わらないようにしているのもあってか、今まで危険な目にあったことはほとんどないといて良い。

 食料の問題もあまり発生しないのだが、これはメンバーの全員が純粋な生物でないことに由来する。生物は、それがどんなイレギュラーなものだったとしても、生きることに外的なかつ物質的なエネルギーを必要とする。一方魔術的、あるいは霊的な存在たちはその必要がない。なぜなら彼らは存在そのものが人の信仰や感情によって生まれたものであって、生命とは一線を画すものであるからだ。したがって彼らは外的、物質的なエネルギー源の摂取をほとんど必要としない。強いていうなら精霊や神霊の類は人の信仰や感情という外的なエネルギーを受けているが、基本的にそれがなくても誕生時に持っていたエネルギーだけで人間にとっては永遠に等しい時間を生きられる。話は戻ってミナたちの場合だが、精霊であるコウやリンは言わずもがな、ミナやレンも純粋な人間ではなく、魔術的な面に存在の「格」が寄っている。そのため、やはり食事はあまり必要ないのである。

 ただし、旅をする上で問題がないわけではない。彼らの旅での最大の問題は精神面に関してなのである。いくら気の合う仲間と旅をしていると言っても、一日中一緒にいるわけであり、その状況がもう何十年も続いているのだ。

 もうとっくに話題なんて尽きてしまっているし、こういう時に便利なトランプなどのゲームも流石に毎日同じ相手とやっていると相手の思考回路も読めてきて、あまり面白くないのだった。

 加えて周りの風景も悪影響を与えてくれる。荒野や砂漠、氷原に湿地、旅に出てからこの方、歩いて来たのはそんな何の飾り気がなく面白くもない道無き道ばかりなのだ。時には数ヶ月単位で周りの風景がほとんど変わらないこともある。どこを歩いているのか、どれだけ進んでいるのか。これは、旅をしている本人には全くといっていいほどわからないものなのだ。

 正確には体感情報や天体情報でおぼろげながら理は解しているはずなのに、実感がわかないのだ。もしもこの状況下で定まった目的がなく、あるいは自分や仲間を信じることもできなければ、とっくに精神を病んでいたことだろうと容易に想像がついてしまう。

 しかし、精神を病むということは今のところないけれど、会話は途切れがちになり、時折なされるやりとりもどんどん殺伐としてきているのが事実だった。例えばこう言った風である。

「あぁ、なんたる無情でしょうか。主は楽園を求め歩く誠実なるもの達に、しかし与えるものは永遠続く限りない広大な荒野と雑草と岩とストレスとストレスとストレスとスト…。」

「それ以上言ったらシメるわよ?」

「すみません。」

いつもは温和で四人の母親的な役割を果たしているリンがあまりにも死んだ目で恐ろしいことをいうので、なんとか話題を提供しようとしたコウも志半ばで諦めてしまった。

「それに、それは特定宗教に対する冒涜で…。」

「五月蝿いです。」

いつもは嬉々として自発的に、あるいはその天然ぶりを遺憾無く発揮して、場の雰囲気を盛り上げているレイがあまりにも冷たい目で言葉を遮ったので、なんとか悪くなった空気を入れ替えようとしたミナも志半ばで諦めてしまった。


 そんな通奏低音のように一行の間を流れ続ける哀憐なる諦観と行き場のない苛立ちの中である。

 一縷にもならない望みにかけるほど、四人とも見た目と違って精神面では思春期を引きずってはいないけれど、単純にここ数週間の習慣として定期的に前を確認するようになっていたのだった。

 その習慣に従って、なんの感情も写っていない目で器械的に、極無感情に、レイが首を持ち上げる。前を向いた彼女は、しかし上げた時と同じように器械的に首を下げることをせず、それどころか突然元気付いて黄色い声をあげたのだった。

「あれ、もしかして町じゃないですか?」

然り、それは町と呼べ得るものだった。木造りの中から小規模の家々が立ち並ぶ様が、遠く遥かに、ひどく小さくチラチラと見えているのだった。

 幻影などではない正真正銘本物の木造家屋群。何らかの気配もあるのがわかる。四人の淡々として冷めきった心は一気に奮い立った。変化のない旅の日々に嬉しい青天の霹靂である。

 というのも、人さえいれば、そこが例えどんな場所であっても情報収集ぐらいはできるだろうということが経験から予想されるからである。ゆっくり休めるかもしれないし、物資も補給できるかもしれない。

 足取りも心なしか軽くなっていく。

 昼前の太陽は荒涼とした荒野に淡い黄色の光を延々と投げ続けている。大きさも形もまちまちに聳え立つ岩どもが一様に光を受けて鈍く光る。雑草どもは嬉しそうに背を伸ばす。そして、雲の少ない色の薄い空は嫌みたらしくもトロトロと流れていくのだった。


「はぁ…。」

 感嘆やら感動やらで力なく半開きになった口から誰ともなくため息が漏れる。

「なんかすげぇな。」

コウが馬鹿のような発言を馬鹿のように口にする。

 一行は町の前、少し離れた場所で立ち止まっていた。完全無欠な人間の町を外から眺める。もちろん文明レベルはまだまだ低いが、それでもこれほど健全そうな復興を遂げた町を一行はほとんど見たことがなかった。

 魔術も科学もあまり利用されていない様子だったけれど、これだけの基本的な技術があるなら生活するだけなら十分だろう。それに、この状態からでも科学や魔術といった技術が発展していくことは十分に考えられる。

 大通りが一本中央を突っ切っている。強い風が砂埃を舞い上げていて先はよく見えないけれど、この道は割と遠くまで続いているようだった。遠くから見ると開拓地に建てられた強固な木組みの家のようだったが、近づいてみればそれは発展途上の国々に見られる脆い二階建て構造で、どちらかといえばスラムの掘っ建て小屋にほど近い。

 左右の家と家の間にはロープがかかり、なんのためのものかあるいはどこの所属を表すものかもわからない旗がかかっていたり、洗濯物が干されていたりする。

 悪趣味にも他の人の家の洗濯物を眺めてみれば、衣服をなす繊維は綿か絹か、知識を持つものが四人のうちにいないので特定はできないが、何にせよ決して悪いものではないように見える。ものを作る技術はやはりそれなりに発展しているのだろう

 行き交う人の数は多く、その誰もがそれなりに親しげな雰囲気を纏っていた。人間的な感情や他人に対する善良な意識は今まで辿り着いた町々に比べても高めであるように感ぜられる。まだこちらに意識を向けていない彼らだが、もし今からミナたちが旅人として町に入っていっても、不思議がられこそすれど、追い出されたり意味なくむやみな攻撃をされたりはしなさそうである。

「行ってみましょう。」

「そうだな。」

 何事も行動せねば始まらないから、とにかく町に入ってみることにする。

 一歩町に足を踏み入れれば、人々の会話やなんかも当然聞こえてくる。言語はミナたちが使っているものと同じだ。しかし、それもまた当然と言えば当然の話。

 今となっては昔の話だが、二と半世紀も前のこと、帝国が魔術と科学の合同した国家を他の地域に先んじて最も早い段階で建国してからというもの、世界の言語は帝国語で統一されていたからである。文明が崩壊しても言語という基本的な生活のツールが大きく変わるはずはないく、結果として未だ帝国語が世界共通語の役割を果たしているようだ。

 まさか当時の帝都の人々もこんな状況になった今でも、この言葉が世界中で使い続けられるなどとは考えていなかったに違いない。いや、そもそも現在のこの状況そのものが想像の及ばないところだったのだろうか。

 日常的な会話をする人々。八百屋の店先でロクでもない四方山話をかます主婦。どっちが先に手を出しただのと泣きながら騒ぎ立てる子供達や、何を肥料に使えばいいだの畑はどう耕せばいいだのと議論する農夫たち。

「へぇ、これはまた…。」

ここはどうやら平和そのものである。

 貨幣経済が浸透しているとは、などと感激しつつミナたち一行は町の大通りを進む。ひとまず一度、町を大方見て回ることにした。

 だいたい人の身長の三、四倍はある二階建ての家々。その合間合間には薄暗い裏路地があり、大通りと同じように二棟の建物の間にはロープが吊るされている。しかし、同じく洗濯物などが干してあるかと思えばそれはなく、代わりに微妙な大きさ、あえて例えるなら赤子が一人入ろうかという、そんな大きさをしたバスケットが吊るされていた。

 何のためについているのか考えていたが、なんともなく眺めていると自ずと答えが出た。

 ある家の側面にある窓から髭っ面の男が顔を出して、隣の家の窓に向けて何事か叫んだ。すると呼びかけられた隣の家の窓からも同じような髭面の男の顔がヒョコッと出てくる。

「塩は余っとらんか?」

「あるぞー。」

「送ってくれい。」

「これでもう何回目じゃ…またひとつ貸しじゃな。」

「いいから。」

そんな一連のやりとりのなか、依頼を受けた男はロープを手繰る。あのバスケットは男の方へとスルスル流れるように向かい、やがてその手元にまで辿り着く。男はそのままバスケットをロープから外し、それを持って家の中に入って行き、やがて戻ってきてまたバスケットをロープに吊るす。今度は向こう岸の男がロープを手繰り寄せ、バスケットを手にする。男は中を確認すると、軽く頷き、向かいの男に礼を言った。

 ロープはどうやら、隣の家同士のもののやりとりを円滑にするツールの一種らしかった。

 このロープがほぼ全ての家の間にかかっていることから、隣近所と仲がいいというのがうかがい知れるが、それはまさにこの町の人々の社交性、ひいては人間性の成熟度を表していると言って大概外れないだろう。

 ひとつひとつの家を見ていくと、ほとんど同じに見えていた家々だったけれど、案外それぞれに違いがあるものだ。まず気づくのは大きさや高さがまちまちであること。遠目には全くどれも違わなかったが、近づけば、その差はそれなりに目立って見えてくる。

 けれど、それがいわばカスのような木材使った偶然の結果なのか、身分宿の社会的な要因が絡んでいるなどという故意的なものなのかはわからない。

 あるいは使われている木材の良し悪しも各々で少しずつ違うようだし、住んでいる人々自身の容姿や立ち居振る舞いもまちまちである。

 また、一階はそのほとんどが売店になっている。多くの店がある。売り物は食べるもの、特に青果を中心にしているが、逆に肉系はほとんどない。古く宗教全盛期時代には多くの宗教的ベジタリアンがおり、国全土をあげて肉を食べることを制限していた地域もあったらしいが、それに近いニュアンスなのだろうか、と推測する。

 売店は食べ物系以外でも、小物屋や服屋、それに占い屋なんかも多くあって、かなりのカオス状態である。

「こんな風景は初めてみました。」

「まったくだな。リアルに漫画の中みたいな世界観…。」

レイは好奇心旺盛な目で辺りをキョロキョロと見渡す。ミナも何が何やら感無量である。

「これは確かにすごいわね。」

リンも肯定を挟む。


「と、こ、ろ、で。」

 レイが何故か可愛らしい仕草とともに一語一語を強調しながら話題提起をする。

「なんなんでしょうね、これは。」

 町民たちの視線は自然とよそ者であるミナたちの方へ向く。交渉中だった八百屋と主婦も、泣いていた子供たちも、議論中だった農夫たちも、皆が皆一度全ての活動をストップして、一様にミナたち一行を見つめている。

 ここでふと気づく。

 人々の自分たちに向ける眼差しが、明らかに想像していたものと違うことに。

 彼らがミナたち一行に向けているのは好奇や疑いの眼ではなく、むしろ尊敬に近い色の籠ったキラキラとした眼だった。憧れの人を見るような眼。あるいはヒーロー番組を見る子供のような。今にも伏し拝み始めそうな、そんなただならぬ意気が感じられる眼だった。

 その目線を目で追っていけば、一行の中でも特にリンに目線が集まっていることがわかった。ついでコウ。レイやミナなどはほとんど無視されているというのも自ずとわかる。

 自分たち一行が謎の視線にさらされていることに嫌そうな顔のレイに続いて。

「なっ、なんなんだろうな。こっ、これはまた…。」

コウがキョロキョロと辺りを眺めながら吃りがちに言う。いつもは傲岸不遜な気さえある彼だが、実はあまり人付き合いが上手くはない。こう言う場合も、最も早く、かつ最も大きく平常心を失う。学校にいた頃のコウを知らないレイはその様子をさも不思議そうな顔で見ているが、ミナとリンは毎度のことなので、特にそれは気留めない。

「普通ここまで注目されるか?」

ミナはレイと同じように嫌そうに目を細めて言う。コウほどヒドくはないが、ミナも群衆の中にいるのはあまり好きというわけではない。

「さぁね。何か理由があるかもしれないわね。」

他の三人が心穏やかでないのに対して、注意を向けられている張本人であるはずのリンは冷静そのものである。ミナの問い掛けにも素っ気なく返す。

「例えば、翼があるからか?」

「精霊を畏れているんじゃないんですか?」

ミナが少し上擦った思考で最も有り得そうな安直な答えを口にすると、レイが不思議そうに問いを上乗せする。

 しかしある程度の知識があればわかることだが、普通の人間には精霊とその他の存在との見分けはつかない。視覚的情報に頼っているうちは永遠に見分けることは不可能だろう。

 精霊に限らず魔術的な存在のほとんどは否応無しに長い年月を人間を観察しながら過ごしているため、扮する時もうまいもので、目で見ただけでは本当に人間と見分けがつかない。あえて言うなら人間よりも人間らしい、と言ったところで、いわば普通の顔で普通の格好で、見た目から感じられる個性が極度に薄いことが多いが、そんなことにすれ違っただけで気付けるほど鋭い人間はまずいない。

 あとは感覚というか第六感的な何某で感じとるほかないのだが、これを出来るような感覚の鋭い人間も普通いない。だから結論としては、リンやコウが精霊であるから畏れている、と言うのはまず有り得ない。

 のだが、それをレイに一から説明するのも面倒なので、リンが適当に流す。

「何にしても異常だろこれは。」

結局この話題は、未だあたふたしているコウを持続的に無視しつつ少し冷静さを取り戻したミナが誰にともなくそう独り言ちるのに留められた。


 そんな一行だったが、各々視線を気にしつつもそれなりに観察しながら町を歩きぬけ、気づけば大通りも終点を迎える地点まできていた。

 まっすぐ進んで来たが、町の奥へ進むほど大通りはどんどん細くなっていき、今では家と家の間にある裏路地とほとんど幅が変わらない。太陽は一番高い位置を過ぎ、少しずつだが確実に傾き始めていた。

 それが発する白い光は未だ眩しかったが、二階建ての建物に挟まれた細い路地は微妙に薄暗かった。

「なんだか今度は、映画の中に入ってしまった感があります。まさに、閑古鳥がナいて逃げ出しそうな風景ですね?」

「こういう感じの発展途上国を舞台にしたアクション映画とか多いもんな。」

「閑古鳥の部分は無視ですか?」

「戦争映画で出てくる感じの荒んだ雰囲気だよな。」

「これはですね、閑古鳥が鳴くと、泣いて逃げ出すをかけていてですね…。」

 聞いてもいないのにサムイ冗談に関する解説を勝手に始めたイタイ子はさて置くことにする。

 大通りを入って来た辺りは商店街的な立ち位置の地区だったのか賑わっていて、人口もそこそこ多かったけれど、ここまで来ると町外れだからか、住宅街だからか、人も少ない。あるいは。

 しかしその理由は推測せずとも、袋小路まできたところで何と無く察することができた。

 そこにあったのは眩しいほどに真っ白色の立派な建物である。他の建物がスラムかあるいはそれこそ発展途上国のような低レベルな建築様式で二階建てなのに倒れないのが不思議なほどなのに対して、この建造物は一部のズレもなく美しいとさえ言えるものだった。

 収容量を求めて横に伸びれないぶん縦に伸びているような他の建物にはない、どっしりと構えた力強さがある。偉そうな、あるいは荘厳な雰囲気をさえまとっているように感じる。小さく背は低いけれど、こじんまりした城のようにも見え、平家の屋上にはロウソクのような形をした塔が一本、いかにも増築らしい場違いな様子でくっついている。

 小さな城は近づかなくとも石造りなのがわかった。

「お金持ちの家でしょうか?」

 レイが言う。そう考えるのが最も安易だが尤もらしいように思えた。

「それか、役所とかな。」

人が極端に少ない場所に来たので、いつもの調子を一気に取り戻したコウがまたいつもの調子で、人を喰ったような少し高飛車な衒いのある口調をもってして言い放つ。

 彼の意見もまた、安易だが尤もらしいように聞こえる。

 しかし、ミナは別のことを考えていた。それは。

「教会?」

いつか帝都にある旧書庫と呼ばれる場所に特別に入る機会があったが、その時に読んだ図録の中に乗っていた教会という類の建築物にそれはよく似ているような気がした。

 長いものでは制作期間だけで二百年近くにもなり、広いものでは一つの国家の二十分の一の面積を占めていたものもあったという。科学と宗教が混在していた異常な時代の文化遺産として、写真だけが乗っていた。

 確かバロックやゴシックと言った古典的な建築様式の本だったような気がする。外部から内部まで精巧な作りがなされていて、全時代の人間の技術でもこれほどのものが作れるのかと、心底感動したものである。同時に、発展した現代だがこれほどのものが作れる人間ははたして世界中のどこかにいるのだろうか、と、複雑な気分になったりもした。

「教会ってなんです?」

一つの疑問符がレイから返って来る。彼女は全く何もわからない様子でミナの顔を見上げているのだった。

 ミナもそれについて知ったのは偶然だったし、それも一時期置かれていた情報環境が至極良かったからであって、つまりレイがこれについて知る由もないのは当然である。

 コウもリンもお手上げといった風で肩をすくめて首を振る。彼らも知らないらしい。確かに彼らは格の高い精霊だが、生きて来た年月はミナやレイとほとんど同じだ。そして彼らが学校に来るまで暮らしていたのはそれぞれの支持する最上位格の大精霊の下であったから、一昔二昔という次元でない前時代の人間の一文化なんて知るはずもないと言えばそうなのである。

「教会ってのは、神に祈りを捧げる場所の一つの形態だ。宗教的な施設の一つ。俺もよくは知らんが、昔一度、本で読んだことがある。」

みんなぴんとこない顔をしているが、ミナだってあまり詳しいわけではない。これ以上の説明もできないので、一旦この説についての推論は止める。

「なんなのか、入ってみればわかること。」

コウが言う。さっきまでのオドオドした雰囲気はもう微塵も感じられない。コウには良く言えば常識的とも悪く言えば臆病とも取れる冷静な判断が出来る時と、猪突猛進に盲信、盲進でひたすら突き進む行動主義な時とがある。そしてそのどちらのモードかによって判断基準が大きく異なるのだ。

 今はどうやら後者モードのコウらしい。謎の視線に当てられてあまりにも焦ったせいで、一度落ち着いた今、逆説的に気分が多少ハイになっているのかもしれない。

 猪突猛進モードのコウは今まで多くの問題を引き起こして来た。無意味な諍いに発展したことも少なくはない。ただ、今回に限っては言っていることが間違っているわけでもないし、この建物が大金持ちの家にしても、役所にしても、なんだったとしても、この街の中心的意義を持っているものであることは考えるまでもなく明らかだ。

 ともあればここに取り入ることで情報収集はしやすくなるだろうし、もしかすれば一夜の宿ぐらいなら手に入れられるかもしれないのである。

 頷きあって四人はこの謎の白塗りの建物にとりあえず入ってみることにした。

おはようございます。間違って至って健全な日本男児に化けてしまったウッカリさんな妖狐、どうも私こそが花宮玄狐です。

1:感想などお待ちしております。

3、誤字がありましたら感想欄にて指摘していただけるとありがたいです。

ではまたお会いできればいいと思います。そこそこの期待をして待っていてくださると嬉しいです。

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