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拝啓。いつか、空の下。  作者: 花宮玄狐
序章
1/30

砂上の楼閣

 文明崩壊後、四半世紀。



 不毛の砂漠に取り囲まれて、摩天楼のビルが七棟、そこにはあった。それらを仰いで見て見れば上の方は雲に突き刺さっていてよく見えないので、その先どれだけ長いのかはさっぱり予想ができない。

 雲の先はすぐに尽きているのか、それともまだまだ続くのか。

 どちらにしてもこれだけの大規模の人工物の製造は文明が崩壊した現在の技術では到底なし得ないものであろう。

 と、そう推測された。


 ガラスなのか強化プラスチックなのか透明金属なのかは知識不足から判別できない。

 なんであれ透明な素材で建てられたビル群は、それぞれがそれぞれ、寸分も違わず同じように無機物にテラテラと斜陽を反射しながら、不毛の砂地に図々しく聳え立っているのだった。



 地平のほど近くにある血のようなグロテスクな色に染まった太陽が、一日が終わることを告げている。



 延々続くと思われた砂漠を抜けた先。小高い砂丘を登り終えたところで初めて姿を見せたビル群。それを旅の中途にある四人組はただただ仰いでいた。

 長い間人工物だけで造られた建造物など拝んでいなかったから、不意に昔のことを思い出すのは当然といえた。しかし、思い出して嬉しい記憶などはほとんどないのだった。

 苦々しい記憶の数々がそれぞれの脳裏に違った形で鮮明に浮かび上がっては消える。その繰り返しの中で、意識は少しずつ現実世界から遠退いていく。

 …それはまさに映画のフラッシュバックシーンの中にいるような、吐き気を催す感覚である。



 暫しの間、誰も口をきかなかった。あるいは口をきくこともできなかった。



「ねぇ、楽園ってさ、あると思う?」

「なんの話だよ?」

「いやに突然ね。」

「ないだろ、あったらとっくに人間様が実現してるんじゃないのか。」

「ずいぶん現実的だな。」

「そうかなぁ?あると思うんだけどなぁ。だってさ、こんな時代になって数は急激に減ったけど、でもやっぱり発明とか発見とかはあるわけじゃない?どこかにあってもおかしくないよ。」

「いや絶対にないな。地上に未開拓の地は残ってないし。これ以上の大幅な文化の躍進はないって、半世紀前に科学省と魔術省が共同宣言しただろう。」

「お前はあくまでそのスタンスを貫くのな。」

「私はあってもいいと思うけれど。ね?」

「でしょ。絶対にあるよ。」

「それはそうと、突然どうしたんだよ?」



 不意に思い出した会話に苦笑しつつ、先頭に立っていた少年が後ろを振り返る。と同時に深緑色のフード付きマントが翻る。


 そこにはずっと共に旅をしてきた面々がいる。


 いつもなんでだか暑苦しい黒スーツを着ている長身の少年、コウ、背中には正真正銘本物の黒い翼が一対生えている。

 そして、白いワンピースを着ている少女、リンの背中には、白い翼が生えている。

 …色的にも雰囲気的にもコウとは全く対照的な印象。

 俗世間的に言えばこの二人の見た目はまさに、翼人、と称されるもののそれである。

 期せずして対になっている二人の後ろ、最後尾に付いている背の低い少女はレイ。汚れが目立つ、白いボロボロの、まるで布切れに毛が生えただけのような服を着ている。何度か服を変えればいいと勧めてみたこともあったが、なんだかんだと言ってその都度断られてしまうのだ。

 なりこそ異様だが、今は、この三人が最愛の仲間である。



「また随分とシュールな構図だな。砂漠の上にビルとはね。」

 コウが皮肉な口調で言う。

「とりあえず、あのビルのところまで行くかな。雨が降りそうだし。」

「そうね。」

「そうですね。砂漠の上で寝るのはもううんざりだ、ですよ。」

ミナの意見にリンとレイも各々賛成する。


 日が今にも暮れ果てようとしていた。他の三人の賛同を得て、ミナは歩き出す。他もそれに続いて砂丘を降りていく。

「人はいるのかしらね?」

リンが他の三人に問うと、皆一様に考え込んでしまう。

 というのも、その街には人の気配は全くなかった。しかし、だからと言って人が全く手入れをしないでこの過酷な環境の下ビルが状態をキープするのは難しいように思われたからである。

 いや、人がいたところで、現在の文明力でこれらのビル群の手入れをするだけの技術が民間人にあるかと問われれば難しい話だ。

「まぁ、行けばわかるだろ。」

基本的には楽天家のコウがそれらしい意見を言うと、一応全員が納得したように頷いた。



 ミナたちがビル群にたどり着いたとき、太陽はなおも西の地平線を未練たらしく照らしていて、それを追うように欠けに欠けて細くなった月もまた沈もうとしていた。

 地平近くの四方の空に雲はなく、東の空には多くの星が輝いている。一方の頭上ではグズグズと厚い雲の群れが雲が動かないのでほとんど星が見えない。



 暗い夜になりそうである。



 近づくほどに、ビルの高さが際立って見えてきた。一つわかることは、幾ら見上げても首が痛くなるだけだとういことだ。

 足元の道路はコンクリートで舗装されており、四人はその中央を堂々と歩いていた。二車線道路が十字に走っていて、それによってビル群が四つに分断される形になっているのだった。それぞれの道路が途中で途切れ、その先はどの道も一様に砂漠だ。


 何にせよ、相変わらず人の気配はなく、ただ砂をはらんだ乾いた風が吹き抜けるだけである。四人まとまって、安全確認のために街を一通り見て回る。

 日も落ちる頃になってもうこれ以上進めないからには、今日はこの辺りで休む場所を決める必要があるのだ。


 が、しかし。


「間が抜けるほど、全く一切合切何にもないな。」

コウが確かめるように、誰にともなく呟く。

 人の気配どころか、機械音も、魔術系のエネルギーの気配もない。ビルはただあっけらかんとした様子で残陽のわずかな光を受けて、依然、ただ無感動に瞬いているのだった。

 砂漠のど真ん中に無人のビル群があるのも異様だ。そしてもう一つの問題は。

「なんなのかしらね、ここは。」

「なんのためにこんな…。」

リンとレイがボソボソと疑問を口にする。

 もう一つの問題は、なぜ、これらが造られたか、である。


 一通りビル群の麓を巡り終わったところで、本格的に暗くなってきてしまった。

 雲は相変わらずグズグズと頭上に広がっており、明るい光を発しつつも真っ黒な色をしたその様は、今にも雨が降りだすのではないかと不安にさせる。

 砂漠のように乾燥した土地の夜は非常に寒くなる、その上に雨も降り出しそうなこの現状である。早く場所を決めて火の一つも起こさなければ流石に身が危ない。

 テントを張って早々に寝袋に包まってしまうというのでもいいが、あるいは設備の整った室内に入るという手もある。

「皆さん、いい加減、探険ごっこはやめましょうよぉ。どうせわからないことはわからないんですから。」

「それもそうか。でもどうするんだ、ビルに入るか、それともここまで来て野宿か。」

レイが声をかけると、コウが話を振り出しに戻す。

「とりあえずこのビルのある一帯は、安全そうではあるけれど。」

「このまま立ち往生しているわけにもいかない。とにかく入ってみることにしよう。謎も解けるかもしれない。」

リンとミナのやりとりで全てが決して、一番近くにあった一棟に入ることになった。

 闇に慣れた目と、曇りの日の夜特有の薄暗い光。

 太陽に続いて今にも沈もうとしているわずかな月の明かりを頼りに、なんとかビルの入り口を探す。しかし、入ろうと近づいて、そこで初めて気づく。

「ホロ…グラム?」

レイが空中に行き場のない疑問符を浮かべる。

 ビルの入り口にある自動ドアらしいそれは、だが自ら開こうとすることもない。それどころか手をかけようにもすり抜けてしまって、ブンッと嫌な音を立てるだけだ。いや、ドアだけではない。そもそもビル全体がホログラムで出来ているのである。

 いくら道の真ん中を歩いていたと言っても一車線分しか離れていないのだ。それで四人とも気付かないのは幾ら何でもデタラメである。一体何枚ホログラムを重ねれば、数メートルから数十センチしか離れていない人間にホログラムであることを悟られないものが作れるというのだろうか。

「おいおいちょっと待て。ビルは太陽光を反射してたんだぞ。人の手での随時補正を加えずにホログラムでそんなことするとなったら…。」

コウが驚嘆の叫びをあげる。まぁ当然の反応である。

「不可能ではないだろう。その地点の座標から一年間の太陽と月の軌道は完全に予測できる。それに建造物の位置なんかから、光の反射角度を求めることもできる。それを映像として流すんだ。天気によっては多少おかしなことになるかもしれないが、以前は数十年後の天気予報もほとんど完璧に出来ていたんだから、なんら問題ないだろう。湿度や気温を順次計測すれば、機会での微調整も可能なはずだし…。」

「雨や砂嵐で像がぼやけたりもするんじゃない?」

「像がぼやけるほどの雨や砂嵐なら、そもそも人間もこのビルの存在を感知できないだろ。」

「でも、ミナ。それはあくまでも、以前の技術を受け継いでいる人たちがいるってことが前提条件でしょう。そんなことあるわけが…。」

「いや、実際にそれがいたんだ。それが誰にせよ。そうじゃなきゃ、なんでこの地域だけ被害を受けてないのか、説明がつかない。ここら辺一帯はあの事件の影響を受けているのに、なぜここの建造物だけが無傷で残っているというのか。そんなはずはないんだ。防ぎ切れたはずがない。だからこいつらは絶対に、あの事件以降に作られたはずなんだ。」

「エネルギー供給とか機械の故障時はどう?」

「エネルギーなら太陽光と熱エネルギーとか、機械の故障に関してはあの事件以前の技術があるならそもそもありえないだろ。」

推測に対するリンの疑問にもミナは淀みなく答える。とはいえ現状をいくら滔々と肯定したところで、疑問はまたいくらでも湧いてでてくるのだ。このやりとりは不毛である、とどちらともなく気づき、あとは変な意地を張り合うこともなく、討論は結論を見ることもなく終わりを告げることとなった。

「目の前にいる人の影も映るんだぜ、おい…。」

面白がってビルに向かって手を振っているレイを尻目に、コウは未だ驚愕から抜け出せないでいるようだった。

 四人の中で最も科学技術に素養があるコウは、どうしてもホログラムのビルの存在が認められないらしい。


 そもそもの目的を見失ったミナ、コウ、リンの三人を半ば無視して一人で遊んでいたレイだったが、突然ハッとしたように声をあげて言った。

「…でも結局ホログラムじゃ、雨も風もしのげないじゃないですかっ。」

言うのとほぼ同時に、雨粒が四人に降りかかったのだった。



 背負ったリュックからテントを出し、大急ぎで組み立てる。光源がないことには作業のしようもないので、仕方なく、いつ電源が切れるかわからない貴重な懐中電灯を取り出して道を照らす。

 慣れた作業とはいえ、地面がコンクリートな上、天幕を張れるような立体物も周りになかったので時間を取られ、結局テントを二つ組み立て終えた頃には、四人とも全身雨に濡れていた。

 二つのテントは男用と女用という形で使い分けられていて、入り口にあたる部分が向かい合わせになるようにするのが基本のスタンスだった。

 テントとテントの間に布か何かをかければ、簡易的ではあるが二つを繋げることもできる。野宿の雨の日は基本そうやってしのいできたのだった。

 地域によっては前も見えないほどの大雨が数日続き、先に進めないこともあって、そんな時はそうやって作った共有スペースで話をしたり言葉遊びや持ち合わせの道具でできるゲームをやってなんとか暇をつぶす。いわば移動式の憩いの場というやつなのである。


 そしてその日も四人は、一旦それぞれのテントに入って着替えた後に、まるで示し合わせたかのように誰からともなくその共有スペースに集まっていた。

 だが、こんな謎の残る場所にいるからか本日の話題はいつもよりかなり不穏な趣がある。

「ホログラムのビルが存在するならそれを受け入れるとして、なんでそれが作られたかだろ?」

やっと得心したのか、それとも観念したのか、コウがそう話を切り出した。

「ホログラムで囲まれた中に何かあるのかもしれない。」

「でも何が?いくら精密なホログラムに囲まれていても、それはあくまでホログラムでしょう?ホログラムの投影機以外の機械がある様子もないし、そんな安全性の否定された場所に必要な物は置かないような気がするけど。」

ありきたりな答えを言うミナにリンが問いを投げる。

「それは…万一見つかっても価値が見出されないようなもので、かつその人物たちの中では重要な意味を持つものなんじゃないか?」

「それならあえて相手の注意を引きつけてまでホログラムで囲う必要はない。それに重要なら何にせよ隠しておく方がいい。ま、あくまで何かがある前提だが。」

「その場合、隠しておいたほうがいいのに晒してある理由が重要なんじゃない?」

またも元々の議題を見失っている三人の議論はだんだんと収拾がつかなくなっていった。そこで、今まで参加していなかったレイが一言。

「例えば…ビルは人避けになる、それで十分だと思っていたとしたら…?」

新しい見解に、三人は議論を止め、傾聴の姿勢をとる。ただの呟きのつもりだったのか、突然しんと静まり返った三人に動揺しつつも、言葉を続ける。

「そう、私たち、あの事件を知っている人たちならば、多分ビルを見たらそれが残っていることに疑問を抱くし、悪い思い出も多いはずだから、近寄らないはずです。知らない世代はそのそもビルを見たことがない可能性が高いから、警戒してまず近寄らない。でも後者はさておき、前者に対しては思ったより効果をなさなかったんですよ。これが。例えば、私たち。知っている世代でありながら、ここにのこのこやって来たわけですからね。」

「悪くない推論だと思うわ。」

「あくまで何かがホログラムの裏側に隠されていると言う仮定の下だが、な。」

リンとコウの賛同を得て、レイは多少得意げにな様子をする。ミナは思案顔で黙り込む。

 その後しばらくは、ミナにつられてか全員が黙ってしまって、いくらか無音の時が過ぎた。

 数分後、リンが明日のためにも寝ようと提案して、ミナが見張りを買って出て、コウは男用、リンとレイは女用のテントに戻り、ミナがマントのフードを被って外に出ていって、結果その日の会話は終わりを告げる事となった。



 雨が降り続いていた。砂漠地方の雨とは思えないジトジトと煮え切らない雨である。その中で一人、折りたたみの椅子に座って外を眺めているのはミナである。

 話し合いが終わったところで懐中電灯のスイッチを切ってしまったので、辺りは全くの闇に包まれている。目が慣れてしまえばそれでも、なんとなくの輪郭や動くものを見つけるぐらいならできるものなのだ。

 雲は多少薄くなったように思われるが、それでもやはり暗いものは暗い。周りにある七棟のビルを順々に見渡す。最上階付近は雲に覆われて見えない。

 そうしてぼーっとしているうち、意識はまたも過去へと静かに落ちていく。独りの時はいつでもそうだし、誰でもそうだと思う。

 自分と言う存在がそもそも本当は、通常意識していないだけで過去の集積でしかないからなのだろう。



「あ、雨。」

「周りは晴れなのにここの空だけは雨雲に覆われ、雨が降っている。はてさて、龍が暴れてるのか、雷神に嫌われたのかね。」

「そんな非現実的な…。」

「科学だけが盲信されていた時代があったが、それが突き進んだ結果が、科学で証明できない存在の発見だったんだ。今はまだ知られてないだけで、龍や雷神だっているかもしれないだろ?現実至上主義じゃ人生つまんないぜ?」



 ついでに「龍」の存在が発見されたのがこの数週間後だったはずだ。まるで予言である。思えばいつでも全てを見透かしたような鋭い目をしていた。

 ミナはそいつの存在のすべてが限りなく嫌いだったし、そいつに影響されていることがわかっているからこそ、自分のこともあまり好きではないのだった。

「雨は嫌いだ…。」

 誰にともなく呟く。夜が更けていく。



「交代だ。」

 声がしたのは少し後のこと。コウだった。

 基本見張りは二時間交代制という暗黙の了解だった。旅では当然場所を移動をし続けるので、基本旧時代の時計は時差が発生してあまり信用できないのだが、時間の幅そのものは変わらないからアラームの機能などはわりと役に立つことがある。

「なぁ、ビルのことだが。例えば何かあるとしたら何があると思う?」

 ミナが心ここにはないといった上の空な様子でコウに訊く。

「さぁな、ずっとなんかある前提で話して来たけど、ただの酔狂のお遊びかもしれないだろ。科学省は狂った奴が多かったって聞くし。その生き残りならなおさらさ。」

「それは皇族も議会も魔術省も一緒だ。それに、ここまで大掛かりな、しかも意味ありげな如何わしいものは、ただの酔狂で作るには、ハイレベルすぎるし、そもそもコストが高すぎる。それはお前が一番わかってることだろ、コウ?」

「ま、そう、なんだけどな…。何もないってことにしたほうが平和的だし、それに、このビル群は旅の目的と何にも関係ないわけだろ?俺やリンはともかく、レイは基本自分の身を守ることしかできないんだぞ?お前だって、戦闘は避けたいだろ?」

「戦闘にまで発展すると考えてるのかよ。」

「全く確信はないんだがな。嫌な予感がするんだよ。お前の言う通り、これがあの事件以後に作られたとするなら、そいつらは帝国の技術者の中でも相当ハイレベルな奴らの生き残りなはずだ。ってのも、これだけ大掛かりなものを一から作り上げられるってことは、言われたことをただやるんじゃなくて自分たちで理論を作れる奴らってことだからな。しかもそれが数人集まっているはず、理論だけでも、こんなもんを一人の手で、しかも数年で作るのはとても無理だ。更に技術者だけじゃない、その技術者に従う多くの作業員が要る。理論を作るのと、実際に作るのでは勝手が違うからな。」

 二人して考え込んでいたが、ミナが突然、寝る、と一言宣言して背を向けたので、緊張した雰囲気は途切れた。

 テントに入る前、振り向きざまにミナが「明日は更に南へ行く、朝早く発つ」といったのを聴いて、コウも安心したのか、あとは軽い挨拶だけ交わして、それぞれのいるべき位置に戻ったのだった。



 明朝、雨は上がっていて、夜明け前までは執念深く執拗に上空を覆っていた雲も、生まれたての強烈な太陽の光に当てられてはひとたまりもなかったらしく、日の出とともにソクサクと消えていった。

日の出から少し時間が経ち、地平線からその姿のほとんどを表し黄色くなった太陽の光を受けて、ホログラムのビル群はやはり図々しく無感情にテラテラ瞬いていた。


 空が白み始めてすぐにテントを解体し始めた一行は、その頃にはなんとかテントの表面から水滴を取る作業も終え、テントの幕を干す間に朝食の支度を始めていた。

 準備をすると言っても、朝食は干物と果物と水があればいい方で、実に素っ気ないものだ。ついでに本日のメニューは一人につきリンゴが一個である。

「本当に何も確認せずに行くんですか?」

ホログラムのビルに関してはこれ以上詮索しないと告げると、まもなくしてリンゴを丸かじりにして食べていたレイが少し残念そうに訊いてきた。

「想像はタダだが行動するとなるとそうもいかないからな、責任が伴う。それに、次の砂嵐が起きる前にこの砂漠を抜けてしまいたい。」

ミナがそれを適当に諌める。それを聞いてもなお、確認しないこと自体には納得いかない様子のレイだが、前に砂嵐にあった時の悲惨な状況を思い出したのか、それ以上は何も言わなかった。

 リンも異論はないようで、ただ何も言わずにリンゴの皮を剝き続けているだけだ。



 食事が済んだ後、水気を飛ばすために一応と干してあったテントの幕をたたみ、それをミナとコウがリュックにしまう。リン曰く、重いテントの部品は男子たる二人の背負うべきものなのだそうで。

その代わり、リンは食料を背負っていて、ついでにその管理もしている。

 初めからいたメンバー、いわゆる初期メンであるミナ、コウ、リンは相応の準備を整えて旅にでているが、レイはそうではないので、当然のごとくリュックやバックの類は持っていない。そこで、彼女は他の三人の荷物持ちを時折交代することになっていた。


 基本的に荷物がなく、身軽なので、方向確認や地図がある場合にはその確認もレイの役目になる。今もレイが方位磁針で方向を確認している。

「こっちですね。」

レイが指差したのは、十字の大通りの向こう側だった。三人は大人しくそれに従う。

 コンクリートを歩くのに慣れ始めていた足で砂漠の砂の上に踏み出したからか、歩き出すと同時に前後不覚のような嫌な違和感を覚えた。放っておくとどんどん沈んでいく足を、なるべく早く進める。砂は今でこそまだ熱くはないが、この様子では昼頃には嫌になるほどの熱を発していることだろう。それに雨の水分が蒸発して蒸し暑くなること請け合いだ。そんな状況をありありと想像し、四人は暫しゲンナリと気を落とした。

 スタスタと無言で無心に砂の上を行く一行。しかし少しいったところでレイが期せずして振り返ったので、他三人も一度歩みを止め振り返る。

 …そこには相変わらずのビル群が、少し高くなった太陽の光を浴びて嫌みたらしく屹立している。

「結局なんだったんでしょうね?」

「さぁ、ね。」

「なんであろうと旅の目的は変わらない、進もう。先は長い。」

そう言って、ミナは自嘲気味微笑みを口の端に浮かべる。



「ねぇ、楽園ってさ、あると思う?」


…ないとしても、それでもそれを探すんだよ。



 思えば何も決めずに始まったこの旅。その初めから一貫して変わらないことが一つあるとすれば、それは旅の目的ぐらいのものだろう。

 そう、この旅の目的は、楽園を探すこと。

 それが彼女との約束だから、といえば随分と崇高な雰囲気だけれど、つまりはただの自己満足である。具体性がなく実在も怪しいものを探すなんて、それこそ酔狂以外のナニモノでもないのだ。

「ところで…。」

 過去の思い出に意識を持っていかれていた三人を半ば無視して、突然思い出したようなレイが口を開いた。

「砂漠の上にビルがあるのもそうですけど、超高層ビルの真ん前にテントが張ってあるのも随分とシュールな構図ですよね。」

 面白くもない皮肉な冗談だが、レイもそれを自覚しているのだろう。自身も顔一面に自嘲の笑みを浮かべている。その様子がなんとなく面白くなって、四人して、笑った。



 ビルに見せかけ、何重にも重ねたホログラム。それら七棟のうち、一棟の内側の床には、巧妙に隠された一つ扉があった。扉を開けて地下へと下る階段を進んで行くと、広い空間がある。彼らはそこにいた。

「おい、挨拶しなくてよかったのかよ?」

「あぁ?誰だよお前。」

「俺はガルだよ。狼姿の精霊の一人。しかし、なんでもいいけどよ。お前、今日はいつになく不機嫌そうだな、おい。」

「で、なんの話だよ?」

「…無視かよ。まぁいいか…。地上に来ていただろ?いつだったか、お前が兄弟みたいなもんだって言ってた奴がさ。」

「俺に半世期も歳の離れた離れた兄弟はいない。」

「お前一体今何歳だよ。高く見積もっても二十歳そこそこにしか見えん。」

「企業秘密ってことで。」

「さいですか。」

「ところでここに龍でもくるのか?それとも雷神か?」

「なんの話だ?」

「さぁね。何にせよ、犬は犬らしく従っていればいいってことだよ。」

「従ってればって、それが戦友にかける言葉か?それに俺は犬じゃない、狼だっての。何度いえばわかるんだよっ。」

 そこには数人から数十人の存在が見受けられた。暗すぎて、微かな光源によって出来る真っ黒なシルエットしか見えないものがほとんどだ。大体が人の形ではあるが、背に翼のあったり、頭には獣の耳を腰には尻尾をつけていたりする。そもそも人の形をしていないものもいる、アメーバ状なのか気体なのかその実像が掴めないものもある。しかしその中央にいるのは完全に人の形をした影。彼は隣の黒っぽい狼の耳と尻尾のついた男とのバカな会話を終わらせると、広間全体に声をかける。

「さて、それじゃあ始めようか?」



 人間性や芸術性を置いていったまま、科学だけが極度に発展していった結果は、皮肉なことに「科学で証明できない存在の発見」に終わり、その後数世紀の間、人間はその存在の実在と生理的否定の間で四苦八苦することになるのである。

 結果、公式にその存在が認可され、研究が始まったのは発見から一世紀ほど後のこと。それと同時に始まったのが精霊、亡霊、妖魔など、魔術的能力を持つ知的生命体の社会への乱入であり、人類は今まで自分たちがどれだけ無知であったか、どれだけ狭い世界で生きていたかを思い知る羽目になる。

 当時、その混乱と同時に急速な少子化や謎のバクテリアによる未知の病の流行、社会の荒廃、それらに伴った終末思想の蔓延による犯罪、テロの増加など、多くの問題が同時発生していた。そしてそんな社会をまとめ上げたのが皇帝、彼は科学と魔術の共存を第一に、強固な帝国を作り上げた。その後帝国は三世代先まで続く事となる。

 社会の荒廃に次いで、研究の結果、流行病の問題も解決された。国が安定したことによって、出生率は多少の上昇を見せた。しかし終末思想だけは大衆の意識から抜け切っておらず、依然犯罪やテロは多かった。それでも大方社会は良い方向へ進んでいるように思われた。

 そんな頃合いだった。帝国と文明、世界の崩壊は実に唐突だった。

 当時帝国にあった二つの研究組織、科学省と魔術省のうち、後者が行った実験の失敗が原因だった。たった一つの実験の失敗から、少しずつでも着実に前進していると思われた「世界」はあまりにもあっさりと崩れ去ったのだった。



 そう世界は一度崩壊したのである。

初めまして、花宮玄狐と申します。

1、所々一文が長かったりするのはそういう嗜好なので、ご容赦いただけると嬉しいです。

2、誤字の指摘、していただけるとありがたいです。

ビギナーな僕ですが、これからもボチボチと投稿していきますので、どうぞよろしくお願いします。

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