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後編

 


8、



 幾らばかりか季札は巡り、アケミのお腹が大きくなるその度に、パッチは元気を無くしていった。ポッチは赤ちゃんなんて生まれなければいいのにと、一人眉間に皺を寄せる。


 パッチは動けないことが多くなり、ポッチは一人で店番をすることが、多くなる。その日も営業時間が終わり、パッチがいる寝室へ顔を見に行く。


「おつかれさま。ごめんね。明日はあちきが店番するからね。ポッチも休んで」


「いいよ。だから早く元気になれ」


「ポーーッチ! 怖い顔してるー。ごめん怒ってる?」


 ポッチはパッチの小さな体をそっと抱きしめた。


 ーー神様。どうかこの優しい妖精をお救いください。


 パッチは最初戸惑い、そしてポッチの体が小刻みに震えていることに気づき、優しくその頭を撫でる。


「ねぇ、心配しないで。きっと赤ちゃんは無事に生まれてくる。順調なんだって。アケミがエコー写真もらってきてた。楽しみだねぇ」


 そうやって笑ってみせるパッチ。心からアケミの子の誕生を願って止まないのであろう。生まれて来なければいいだなんて思ったポッチは、自分を恥じた。自分の胸が痛み過ぎて、パッチの痛みに気づかなかった。


「パッチ。店のことは、ぼくがやるから心配するなよな。赤ちゃんの顔一緒にみれるといいな」



 ポッチは来る日も来る日も、朝早く起き、一人で仕込みをし、弁当を作り、店頭に立った。枯れゆく秋を過ぎ、気がつけば師走が真横を通り過ぎようとしていた。


 そして運命の日、いつものようにかじかんだ手で、お店のシャッターを開けるポッチは、ふいにパッチの異変をキャッチした。虫の知らせとはよく言ったものである。


 パッチのいる寝室に駆けつけるポッチ。彼女を襲う激しい痛み。こんなにも苦しそうに、でもパッチはポッチに笑ってみせた。


「大丈夫。心配しないで。それよりアケミは今ひとりぼっち。お願い。急いで行ってあげて!」


 パッチが言うには、アケミはどうやら出先で破水したようで、マサルは未だ職場にいるらしい。


 こんなパッチを一人残して、ぼくはどこへ行けるのであろうか。ポッチは首を何回も、横に振った。


「ダメだよ。ポッチ。アケミの子は、ポッチと一緒に過ごした一分一秒過ごしたあちきたちの時間の結晶でもあるんだよ。ねぇ、意地悪言わないで。お願い」


 ポッチは走った。泣きながら走った。


 棘ならばあった。荊のように。体だけじゃなく、心の方に。だけれどポッチに翼はない。だから何度も転びながら、ひたすら走った。


 まずはアケミ。買い物のついでに、散歩に出かけていただけであろう。気が動転して、公園のベンチでぶるぶると震えていた。


 ポッチはアケミの携帯電話を使いタクシーを呼ぼうとしたが、妖精の声は届かない。震えるアケミの手を握って、何度も励ました。声は届いていないにも関わらずである。


「少しだけ待ってて!」


 ポッチはアケミを置いてまた走った。マサルの職場だ。さほど遠くはないが、今は一刻を争う。ポッチは願った。


 どうかぼくに翼を下さい。


 七色に輝く翼がポッチの背中から生え、眩い光を放ち飛び立つ。物凄いスピードで、大空を駆けマサルの元へ向かう。


「マサルーー! アケミが破水した。急いで支度して」


 マサルにはポッチが見えた。目をこすり何度も瞬きをするマサル。


「早く。これは白昼夢だと思っていいから、早くぼくに掴まって」


 マサルは訳も分からぬまま、ポッチの体を両手で持つ。棘が刺さって血が滲むけれど、その七色の羽根を生やしたハリネズミをがっしりと掴んだ。


「窓からいくよー」


 会社の窓を開けると、強い風が室内の書類を舞わせる。しかしだれもマサルとポッチに気づくことはない。


「いざ、アケミの元へ」


 マサルとポッチは大空を飛び立つ。真っ赤な夕日が二人の影をビルに映し出す。



9、



「奇跡が起きたんだ。いつの日か落書きで描いたハリネズミが、アケミのことを教えてくれたんだ」


 分娩室、想像よりもずっと小さな赤ん坊の泣き声がこだます。エコーで確実な判断はできなかったが、大方の予想通り女の子であった。


「うん。わたしのところにもハリネズミさん来たかも。ポッチ。一人ぼっちのポッチ……じゃなくて、二人ぼっちのポッチだね。絵本完成したんだよ」


「この子に読んであげなきゃね」


 たった今産声を上げた小さな命は、泣き疲れたらしく寝息を立て始める。二五〇〇グラムを僅かに下回った為、ここから暫し、保育器に入れられる。しかしその呼吸は力強く生きようとしているようで、なんだか心強かった。


「わたしね、育児しながら絵本作家になりたいの。パッチとポッチの絵本をもっと書きたいんだ」


「ああ、育児はきちんと二人でやろう。ただこの子に寂しい思いだけはさせないでおこうね」


 マサルは絆創膏だらけの手で、我が子の頬を撫でた。



 それから暫くして、アケミは絵本作家になった。新生児を育てながらなので、仕事は少量しか出来ないが、アケミの描いた絵本は書店で流通するようになった。



10、



 パッチのいなくなったお弁当屋さんを妖精界は、無くそうとした。何台もブルトーザーが来て、お店を壊そうとする。


 ポッチはお店を守ろうとして、ブルトーザーの行く手に立ち塞がるも、ブルトーザーの力は強大で、あっさりとポッチは弾き飛ばされる。


「パッチは帰ってくるんだ。取り壊しにさせるものか」


 何度も、何度も、立ち上がってブルトーザーに立ち向かい、ブルトーザーは諦めて帰っていく。レゴでできたお店の無事を見て安堵する。しかしだ、明日も来るのであろう。明日も挫けずに守れるで、あろうか。いい加減ポッチだって、パッチが帰ってくることを疑い始めている。


 ぐったり横たわるポッチ。そこにアケミの声が聴こえてくる。


「まーちゃん。今日発売日だから、ちょっと本屋さん行ってくるね。すぐ帰ってくるから、子守宜しくね」


「ああ。首も座ったし、安心して行っておいで。ゆっくりしてきていいから」


 ーーそうか。今日は発売日か。パッチとぼくの絵本。


 ポッチはパッチを今一度見たくて、自分も買いに行くことにした。妖精の自分に買えるのかとも思ったが、何とかなるさと、自分に言い聞かせた。


 もうあの日の羽根はないので、歩いていく。書店は近いが、ポッチは小さいので歩幅も短く、とても時間が掛かる。


 それでもなんとかかんとか、書店に着くと、行列ができていた。しかも妖精のである。ポップにはこう書かれている。


『ミツバチとハリネズミのお店、発売記念。ミツバチの妖精パッチのサイン会』


「パッチの本が発売になりました〜。宜しくお願いしまーす」


 行列の最前列から、懐かしいあの声が聴こえる。そこにはお腹をシワシワにしたパッチの姿があった。





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