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5章 追憶

分岐しようという案が呆気なく沈められて産まれた話です。

次は一応ハッピーエンド回収の後日談のようなものになります

「私は……」

 

 青い欠片を合わせ、光の粒へと換える。

 木は可愛らしいピンクの花弁が咲かせ、桜へと変わる。

 

「っ…!」

 

 そして全部思い出した。

 シエル、いや、彼の本当の名前も。私の名前も、彼との関係も

 人生の終幕も。

 

 * * *


 私の名前は東雲 茜。

 彼、宇宙そらと私は同じ高校に通う高校2年生で、いわゆる恋仲関係であった。

 小学校も同じだった。中学の時は別の学校だったが、高校で再会した。

 小学校の時は仲が良かった。たが、それは友人として。

 私も宇宙もお互いに恋心なんて抱いてはいなかった。少なくとも小学校卒業までは。

 私が彼に恋心を抱いたのは多分、高1の文化祭後からだ。その時までは会うことが無かったから恋心なんて抱くことは無い。

 会えなかったのは単純に宇宙も私も気づかなかっただけ。

 久しく見た宇宙の顔は小学校6年生の時のような可愛い幼さが残っておらず、少し好みの顔つきの男性になっていた。

 小学校では私よりも低かった身長も私よりも高くなっていて、声も低くなっていた。

 まあ、それだけで私が彼を愛するまでには至らない。

 実は宇宙は中学3年の頃からシエルという名前で作曲とか小説を書いたりだとか様々なことをしていたらしく、その作品達は人々の心を魅了し、まるでその世界へ客を引きずり込むようなモノばかりで、それが少し有名になりテレビで取り上げられた事もあった。

 私も彼のファンの一人だった。

 だが、テレビなどに宇宙本人は出演せずに作品とシエルという名前だけ取り上げられた為、私が知る術はほぼ無かった。

 高校に入って文化祭で再会してそれを知った私は、彼の大ファンであることを知り、同時に彼はもう昔のように近い存在じゃなく遠い遠い存在になっていることを思い知らされ少し胸が苦しくなった。

 それでも私は諦めることなく彼と少しずつ話ようにした。初めは彼ともう一度仲良く遊びたいなという軽い気持ちで。

 でもそれも彼を知る度に宇宙を異性として見るようになり、次第に恋心へと変わっていった。

 シエルという名前は憧れのH.C.AndersenのCを取り、自分の宇宙そらと言う名前から、空を意味するCから始まる言葉を模索してうまれたらしい。

 2.14のバレンタインに勇気を出して彼を呼び、手作りのチョコを手渡すと同時に告白した。

 宇宙は少し驚いて数分迷ってから笑顔でOKの返事をくれた。

 その日に降っていた雪は私を祝福してくれているようで嬉しかった。

 次の日から会うことが多くなった。

 宇宙も仕事としてではなくフリーで作曲などをしていた為、プライベートで会うのは容易だった。

 初デートは水族館。主に住む地域的に見慣れない熱帯魚に見とれていたが、ペンギンに一番心を奪われた。

 ペンギンのお辞儀で私は心の底から可愛いと叫びたくなり、同時にその気持ちを誰かと共有しようとした。

 丁度右には宇宙そらが居たので宇宙そらへ笑顔を向けてその喜びを共有した。

 彼は同じく爽やかに笑って可愛かったねと返事してくれた。

 その日の事は何もかもが楽しく、美しく、寿命という私の歴史の中でも色()せない幸福な記憶となった事だろう。

 3.14のホワイトデー。

 バレンタインのお返しとして贈られた熊のぬいぐるみ(恐らく私がぬいぐるみが好きだから合わせてくれたのだろう)と一緒に、彼がスカウトされて趣味から仕事へと変わった事を伝えられた。

 私は少し悲しかった。

 会える日が少し減るだけで今までとあまり変わらないと宇宙は私をなだめるが、私は宇宙が今よりもっと遠い存在になることが怖くて安心できなかった。

 それでも私は彼を応援し続けた。

 その日以降はデートよりも彼の描いた詞や小説の最初の客となって二人で一緒に考える事の方が多くなった。

 5月になると私達は高校2年生になって初めて私達二人で作った曲が完成し、彼を雇った会社に休日に二人でその歌の詩を持っていくことにした。

 宇宙はこれまでも数回行っているから慣れているそうだが、私はとても緊張していた。

 電車で行くので駅で待ち合わせる。

 彼と二人手を繋ぎながら駅のホームを歩く。宇宙は喉乾いたねと笑って言い、近くの自販機でジュースを買った。私の分も買ってくれた。

 電車が来るまでの時間、ホームにただ立って待つのも暇なので、立派な大きい桜の咲いてる駅のホームで一番前に並んでこれからの話をした。

 この曲が採用されたら、私もそこで雇われるかな?とか、誰が歌うんだろうとか、あの人に歌ってほしいなーとか、そんな未来の夢の話を。

 だが、神様はそんな私達の幸福を、夢を無慈悲にも潰す。

 休日ということもあり、人は次第に多くなっていった。

 後ろの人達や歩く人に押されて私の体はホームから浮く。

 巡回中の電車が私達の夢を壊すように減速すること無くこちらに走ってくる。

 電車に気付いた宇宙は「危ない!」と短く叫んで飛び出し、引き戻せない距離にある私の体を奥へと突き飛ばす。

 私は勢い余って壁に頭から強く衝突して意識が薄れる。

 次に聴こえたのは大衆の悲鳴と電車と何かの鈍く生々しい衝突音。

 血飛沫と赤く染まった歌の詞、散った桜の花びらと共に空をヒラヒラと舞い、彼の体は春の暖かさとは裏腹にただ冷たく冷えていく。

 血の臭いと体にはしる激痛で私は意識を閉ざして終わった。

 目の前に起きた絶望でこんな世界見たくない、聴きたくない、何もかも忘れて、夢であってほしいと願って。


 * * *

 

 それからの私はこの空間にいた。

 願い通り色彩と音、彼との記憶も失って。

 でも、それも全て思い出して今の私がいる。

 小さき芽から桜の木が咲いたこの部屋に。

 

「…私、死んだの?」

 

 シエル…いや、未だに黒い影の宇宙は首を横に振る。そして

 

『君は、まだ死んでないよ。』

 

 その懐かしい声に、大好きな声に思わず涙する。

 聴こえたのは彼の、宇宙の声だ。

 

『聞こえるかい?この声が。見えるかい?僕が…』

「そ、ら…?」

『…茜』

 

 私達は二人、成長しきったあの時咲いていたような大きく立派な桜の木の下で涙を流しながら抱きしめ合う。

 すると次第に彼の体から黒い影は散っていき、本来の彼の姿を写し出していく。

 それは私が全てを思い出したからだろう。

 

『やっと聞こえたんだね…ずっと話しかけてたのに聞こえてなかったから、ちょっと寂しかったよ』

「どうして宇宙って教えなかったの?」

『思い出してくれるかなって淡い期待からだよ。それが失敗して焦っちゃって…タイミング逃したんだ』

 

 宇宙が苦笑いをしながら言う

そして体に妙な浮遊感と意識の薄れを感じる。それは夢と同じだ。今思えば羊は夢と象徴していたのだと思う。

 多分、全てを思い出してしまったからこの空間から帰れと言われているんだろう。

 

「……だ。」

『どうしたの?』

「いやだよ!折角、貴方とまた会えたのに!もう、二度と会えないのに!」

 

 私は宇宙ともう二度と離れないように強く抱き締めて叫ぶ。

 そう。ここから帰るということはつまり、現実に戻るということ。

 帰らなければ現実では私は死ぬだろうけど、それでも構わない。

 もう会えない最愛の人とずっと居られるなら。

 

『戻っても戻らなくても僕にはもう会えないよ』

「………え?」

 

 私はその言葉に驚嘆する。

 宇宙は私の肩を持って私の顔を見つめ、優しく微笑んで喋りだす。

 

『この世界は君と僕の記憶の夢、だからこそ君が知らない景色もある。あの欠片たちと同じく僕も君の記憶の欠片。今君が生きてるから僕が存在する。君は頭を強打してしまって現実では意識が無い。目覚めなければ命を落とすだけ。君が死ねば僕という記憶も消える。かといってここから現実に帰っても夢の出来事としていずれは消える。』

「そんなっ…」

『外に見えた景色は現実の君が未だ生きてる証拠。初めて聞こえた声や父のような声も同様にね。』

 

 神様はやはり残酷で、無慈悲だ。それでは私に勝ち目は無い。

 私のみが生きるか死ぬかの選択肢しか無いなんて。

 でも、愛する人のいない世界で生きるなんて死んでるのと同じだ。

 私の思いを、思考を無視して宇宙は私を立たせる。

 

「…何を、する気なの?」

『君は生きるべきだよ。』

 

 彼はそう言って私の体を空中に浮かせる。

 重力が反転したように体が縦方向に180度回転し、空へ向かってゆっくり吸い込まれていくように体が地面から離れて行く。

 

「い、やだ!別れたく…ないよ!」

 

 折角会えたのに、本当の彼と私がやっと再会できたのに。

 それがとても短く終わるなんて嫌だと心から嘆く

 

『君の目覚めを待つ人が大勢いる。大丈夫だよ。君は一人じゃないから』

 

 そう言う彼の声は震えていた。

 目には涙も浮かべて、本当はまだ一緒にいたいと顔と声が表明している。

 こんなにも人に愛されるなんて、これ以上の幸福は無いだろう。

 こんなにも幸福なのに、それ以上を求めるのは強欲すぎると思う。でも、それでも私は諦めきれない

 

「そんなのって…ないよ」

『やれやれ。君は頑固だな』

 

 宇宙は涙を笑って誤魔化しながら肩をすくめて言った

 

『僕一人の為に死ぬか、大勢の人の為に生きるか、天秤にかけるとどちらが理にかなってるか…解る筈だ』

「でも…でも!」

『相変わらず妙なところで頑固なのは変わってないなぁ』

 

 宇宙は軽く笑いながら変化の無い私に安堵の息を溢す。

 簡単に人は変われない。だが、それで救われる人だっている。

 もう会えなくとも、思い出として変わらぬ人であったのなら、事実上は死んでいてもその思い出という時の中で生き続けるのだ。

 宇宙は死んだ、だが私は生かされた。私も私とて記憶としてでも変わらぬ今の彼に少し安心しているようだった。

 それはすなわち、もう心のどこかで諦めているからなのかもしれない。

 

『諦めてくれた?』

「……………うん」

 

 心を見透かされたようなその言葉で、奥底に封じようとしていた感情がその芽を咲かせた。

 私の返事に宇宙は寂しく笑い私の頭を撫でる。

 

『最後に。僕が愛した人はきっと原初より未来永劫、君しかいないよ。夢が覚めても願いは覚めないように…』

「………うん」

 

 彼はそう言うと右手の小指だけを私に向けて伸ばす。

 私は彼も同様に別れたくないと思ってくれていると考えると、私だけが我が儘をいうわけにはいかないと苦しくても、悲しくても彼の望みに応えよう。

 そうやって私は強引にも考えをまとめてそれ以外の事を考えないことにし、その瞬間を噛み締めるように彼の少し上から手を伸ばし同じ指を重ねて交わらせる。

 

「最後に私からじゃなく貴方からの告白なんて…ズルいよ」

『そんなこと言わないの。…じゃあね茜』

「貴方のこと、忘れない」

『「ゆびきりげんまん」』

 

 その指の絡まりは時間的には短くとも、永遠にさえ感じる程優しく、確かな人の温もりを私達に与えた。

 短いその一言だけで胸が温かくなる。

 

『でも…もう少し、あともう少しだけなら…君と居ても罰は当たらないよね』

 

 彼は最後に浮遊していく私の頭を手で優しく抱きつけるように引き付け頬に手を当てると、彼は目を瞑りつつ顎を上げ、少し背伸びをして私の唇にキスをする。

 宇宙は背伸びをして上を見上げ、ただ静かに目を閉じて抱きかかえるように頭と頬を押さえて、目を見開き驚いてる私に唇を重ねている。

 数秒の間そんなことをして彼は私の頭と頬から手を離す。

 彼は、まだ驚きで胸がいっぱいになりつつ空へと浮遊して向かう私を見て泣き笑う。

 照れ隠しも含めて私も笑顔を返す

 崩れゆく私の意識と同調するようにあの時の桜のように美しく、儚げに彼の体は散っていく。

 私が空中に吸い込まれた時には散った跡がそよ風に運ばれているのか、流されて形としての彼の存在は消え去っていた。

 

『See you agein。茜』

 

 その言葉を私の心に焼き付けて。

読んで下さりありがとうございます

エンディング分岐は起こせませんでしたが、如何でしたか?

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