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3章 失った記憶

 廊下へ出ると、開いていなかった残りの扉二つともが開いていた。

 だが私は後にする。まずは元々開いていた部屋の変化を確かめるために。

 色彩という記憶を取り戻した時も、周囲に変化が訪れていた、ならばまた訪れている可能性もあると考えたのである。

 いや、周囲にと言うのは些か語弊かあるかもしれない。そう、彼一人だけが変化が訪れていない。彼は一番近くて一番遠い。

 

「暖炉の部屋は…………見た感じ変化無さそう?」

 

 私は部屋を大雑把ではあるが、部屋の中を歩きつつ見て回る。

 特に変化は感じられない。いや、冷静に考えれば解ることだった。そう易々と何回も同じところに変化があるなんて事は、それこそ奇跡だろう。

 と言うことで木の部屋に一番近い部屋に向かう。

 

「じゃあ…入るよ?」

 

 シエルは静かに頷く。一応弁明しておこう、シエルから承諾を得れずとも入る気ではあったと。

 その部屋はあの黒い部屋と似ていた。全てが黒く、暗く、重い。雰囲気に押し潰されそう。

 本棚が何個か存在し、中央には丸い穴が開いた漆の木材が置かれていた。いや、それは左右の黒い壁で支えられていた。

 

「何これ?どっかで見たことあるような形……ん?何か光った?」

 

 扉の外より差し込む光でその木の丁度真上、黒い天井の一部に存在していた窪みがキラリと輝く。

 私は目を凝らしてよく見てみる。その正体はこの木材の形から理解するのが容易であった。

 

「これ…ギロチン…!?」

 

 なぜそんな物騒な物があるのか、シエルへ視線を向けるとシエルは知らない知らないと手を左右にせわしく振っていた。

 私はあの黒い部屋の石のプレートに書かれていた事を思いだし、その木材の先を恐る恐る覗く。

 それは確かに存在していた。黒い欠片が。

 手を伸ばして取ろうにも、今にでも襲いかかろうとしているギロチンの刃で躊躇とまどう。躊躇わない人間なんて数少ないかもしれない。むしろ、躊躇う方が自然だと思う

 

「…ど、どうしよう」

 

 シエルに訊くと、シエルは思い付いたようにバケツを出し、手でレクチャーする。

 

「それを木の上に置いて、穴に腕を通そう、って事?」

 

 シエルはやはり無言で音なく頷く。

 私は早速試すべくバケツを置き、手を穴へ近付ける。やはり怖いのだろう、手は小刻みに震えていた。

 私の手がその穴に入り始めた時、ガシャンと上から音がし、空気を裂きながら鋭い刃が落ちてきた。

 シエルが慌てて私を引っ張った事により、間一髪で刃に触れることは無かったが、バケツがいとも容易く切断されていた。

 気付くと新たな刃が上にセットされている。

 

「ギ、ギロチンってこんなに切れ味良いの!?本当にギロチン!?」

 

 私が驚いていると、シエルが無言で立ち上がりそれに近付く。

 危ないよと声をあげてもシエルは無視し、私が立ち上がるとすぐに押し返す。

 

「シエ…」

 

 ガシャンという音で私の言葉が途切れる。

 彼の背中で彼がどうなったか解らない。ただ、ギロチンに新しい刃はセットされていなかった。

 恐る恐るシエルを覗き込むと、手にはシエルと色が同化した欠片が握られていた。シエルは機械のようにぎこちなく動き、こちらへ体を向けると崩れるように座る。

 シエルからしても、これはやはり肝を冷やしたのだろう。運が良かったと言えば良いのか、それともシエルの動きが機敏だったのか。解りはしないが、これだけは言える。無事で良かったと

 見ず知らずの人間―そもそも姿は影で覆われているので人間かどうかなんて確証付けれないが、それを赤の他人と思えず、その無事に息を溢して安堵する。

 

「よ、良かった…本当に良かった…。シエル、無事?」

 

 シエルは未だ機械のようにぎこちなく頷くと、私にその欠片を手渡す。

 頭、それも後頭部に痛みが走った。

 今度は前よりも激しく痛み、何かが流動している感覚で気持ち悪くなる。

 恐らく、その流動している感覚は血だろう。

 今回もまた何事も無かったかのように痛みは一瞬で消えた。

 激しい頭痛になればなるほど時間は短くなるようだ。だが、その瞬間的な痛みは想像を絶し、意識を失いかけた。それほどにも痛んだのだ

 

「…あ……ごめん」

 

 気付くと私はシエルにもたれ掛かっていた。

 私は謝ると心配してくれているシエルからすぐに離れて命令でもされた機械のように部屋を出る。

 一刻も早く最後の一欠片を見つけないと。触るまでは微塵も無かった、そういう少し焦り気味の使命感に襲われた。

 特に深い意味も思考もない。ただ、体が勝手に動いているようだった。

 開いていなかった最後の一つの扉を、木の部屋から二つ目の扉を開けて入る。

 

「どこ……どこなの!」

 

 それは思って発した言葉ではない、自然とこぼれた物だった。

 別段困っているわけでは無いのに、どうしてそこまで焦って探すのか。私は一度深呼吸をして自分の体を落ち着かせる。

 そうだ、黒よりも青を優先すべきだろう。黒は二の次で良い。

 

「ふぅ…落ち着いた。今のは何だったのかな」

 

 振り向くとシエルが部屋の中を一通り見渡していた。

 私もそれにならって落ち着いたことでもう一度注意深く周りを観察する。

 どうやらこの部屋は全体的に青い、と言うのも壁は多きな水槽となっており部屋全体を青く染め上げていたのだ。今となってはもう驚かない。

 だが困った。その水槽の水から漏れる光が宝石のようにキラキラと輝き、中々に目を奪われてしまう。

 それのどこが綺麗かなどと改めて訊かれると答えるのは難解だろう。だが私は色を失っていたのだ、始めて見るにも等しい。

 何かが泳いできた。オレンジの体が黒、白で縞々に彩られている魚(クマノミだろうか)が泳いできた。

 それにつられてか後続が多く居た。

 よく見ると下には珊瑚がいて、後続にはエンゼルフィッシュやクラゲ、小魚の群れ、etc...

 主に熱帯魚が多くいたが、少し目を他の壁に向けると小さいので見るのに苦労したが、クリオネ等もいた。

 多種の海の生物がいて、その部屋はさながら水族館と言えるものだった。

 

「あ…イルカだ!…あっちには、サメ!?」

 

 私は当初の目的を完全に忘れて、年甲斐も無くはしゃいでいた。

 少し移動すると、砂の陸地のある場所へ着く。そこには数匹のペンギンがトコトコと小刻みに歩いていた。

 私はその可愛さに心を完全に奪われた。

 しがみつくかのようにガラスの壁に顔を目一杯近付けてその行進をまじまじと見る。

 すると、気付いたのか一匹のペンギンがこちらに歩いてきて頭を下げ、ガラス越しに私の顔を見てくる

 そしてお辞儀するように顔を上下に一度振って慌てたように、こけそうと思えるほどに慌てて群れへと走り戻っていった。

 非常に愛らしかった。

 私は自然と笑顔を作っていた。その笑顔はなんとも無邪気で、はしゃぐ子どものようである。

 

「ねぇ!今の見た!?あのペンギン、お辞儀を…」

 

 私は笑顔のまま右を見る。まるで誰かと一緒に来て、誰かそこにいたように。

 私の笑顔は次第に薄れていく。続くのはただの無言と喪失感や孤独感。

 私は…誰かと一緒に水族館に居たのだろうか。

 その思い出がとても大切で、幸福でだったのだろうか。このような感覚にさいなまれるのだから、そうだろう。

 確証は無く、だがそれでも不思議と親と来たと思うことは無い。

 背後からトントンと肩を叩かれ、私は振り向く。シエルだった。

 

「あ…いまの…もしかして…見てた?」

 

 シエルは申し訳なさそうに人差し指で頬を掻いてから頷く。

 私は頭が真っ白になった。恥ずかしさで悶えそうで、穴があったら入りたい気分だ。

 声に漏れないよう心の中で、恐らく今生一番の悶えと嘆きを繰り返す。

 とてもでは無いが居た堪れないと。

 

「ひゃぁっ…」

 

 シエルに頬を突っつかれ我に返る。私とは思えぬほどなんとも頓狂な声が出たものだ。

 自分のことで頭が一杯になっているときは周りの事を見ることも聞くこともできず、それが余計に私の触れられる感覚を敏感にしていたのである。

 シエルは笑っているのか、目と思われる白い丸が半月状に曲がり肩を震わせていた。

 

「ちょ、ちょっと!な、何!?」

 

 恥ずかしさで凝視できないためシエルを見てるようでその奥の壁、もとい水槽を見つめながら言う。

 するとシエルは静かに掌を私に向けて開き、悲しみに満ちたように真っ青に輝く青い欠片を見せた。

 

「あ…欠片…ご、ごめんなさい!私、無我夢中で、この空間に染められて…」

 

 シエルはまるで良いよと諭すようにまた二つの白丸を半月状に曲げて私の頭を撫でる。

 その手は温度を感じないはずなのにやけに温かく感じた。これが人の温もりと言うものか。

 

「…ありがと」

 

 私は短く照れ隠しのようにうつむきながら感謝のことばを言うと足早にこの水族館のような部屋を出て木の部屋へ戻る。

 木の部屋はすぐ近くなので時間はかからない。私は戻るとすぐに欠片を合わせる、があと一つほど足りないようだった。


「あと一つかな…?黒い部屋は無いだろうし、暖炉のとこも無かったし…もっと隈無く探すしか無い、かぁ……」

 

 はぁ、と私は溜め息をしてふと考える。

 そもそも、本当に記憶を取り戻す必要はあるのか?別に記憶を取り戻したところでこの空間から脱却できるか確証が無い。言えばただの勘だ。

 そう思い始めてから私はその場にしゃがみ、考えることを放棄していった。

 疲れたよ…。もう、寝ても良いかな。ううん、誰かに訊くまでもなく良いよね、それくらい私の自由だよね。

 

「寝ても覚めても、どうせ彼は居ないんだから………あれ?」

 

 彼って誰の事だろう。ふと口走った自らの言葉に疑問を抱く。

 知ってる誰か?知らない誰か?家族?…解らない。その言葉に対する適当な解にどれも思い当たらない。

 モヤモヤする、この上なくモヤモヤする。

 彼は誰?誰が彼?私は誰?誰が私?もう、自分の事さえ解らなくなってくる。

―もういいや

 そうやって匙を投げ、瞼を閉ざそうとしたとき、あのノイズのような声が聞こえた

 

「まだ諦めるな!まだ、まだ諦めないでくれ!頼む!」

 

 男性の声だった。図太くて、なぜだか少し嫌いと思える声。まるで父親のようだ。

 ただ、その声はまさに心からの悲しみ混じりの叫びだった。痛かった。胸が張り裂けそうになるくらい、なぜか苦しくなった。

 

「うるさいなぁ…寝かせてよ………もう、鬱陶うっとうしい。なのに、なのに何で…こんなにも苦しまなきゃいけないの…」

『茜、授業終わったよ?ほら、起きないと』

「!!」

 

 また知らない誰かの、知らない男性が誰かの名前を呼ぶ声が聞こえた。いや、これは脳に残された記録、記憶の断片。

 聞こえたのではなく、言い表すなればまさしく追憶…これが、このなぜか落ち着くこの声が彼?

 私は目を開けてゆっくりと立ち上がり黒い欠片を握り締める。

 誰かの為ではなく自分のために、私はこの記憶を取り戻すことを義務としよう。知らない過去や疑問なんてこの際どうだっていい!

 

「…ちゃんと、しないと!」


 私は自分の頬を二度、両掌で軽く叩いて目を覚まさせる。…そうだ!これは夢、記憶取り戻すと目が覚めるよ、と自分に言い聞かせながら。

 夢の中で寝る、目を覚ますなど、既に寝ているのに矛盾しているが気にしないでおこう。

 そんなこと気にしていたらいずれ話が大きくなって、またさっきみたいになるかもしれない。

 踵をかえし、廊下へ目をやるとシエルが立っていた。どうも保護者のように見守っているようだった。

 

「あ…えと、さっきは本当にありがとう、そしてごめんね?あの…続き探すの、手伝って…くれる?」 

 

 シエルは勿論と言いたげに二つの白丸を閉ざしてゆっくり頷く。

 悲しみに染まったような青色の最後の一欠片…どこにあるんだろう

次へ続きます

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