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2章 届かぬ声

“記憶の欠片”を追い求めて行動します。

 私は先程開いた奥から2番目の扉にもう一度入る。

 色が鮮明に写し出されたことで何か変化が起こって無いかを見るために。


「暖かい色…炎一つでもこんなに色があったなんて…」


 失っていた色を取り戻してから、普段何気なく見ていた色が改めて鮮やかに、そして美しく感じるようになった。


「でも…なんでだろう。赤を見てると…心が絞められるように苦しく、悲しくなるのは…」


 後ろから温かい手で頭を撫でられる。

 シエルだ。温度は感じない、でもその愛ある撫で方が懐かしく…まるで優しかった母親のような安心感があり、温度を感じずとも温かく思えた。


「…大丈夫だよ?慰めてくれなくてもさ」


 悲しい思いに心を襲われることは事実だが、涙が出るほどでは無い。

 なぜなら知らないからだ。その悲しみの意味を。

 私はシエルに苦笑いで大丈夫と言うと、炎へと目を戻す


「あ…何か…ある?」


 炎の赤く染まった心臓、薪の丁度真ん中に黒い破片のような物が落ちていた。

 それは今まで集めていた物と形が同じだった。

 さっきまでの視界は白と黒だけの世界だったから見えなかったのだろう。

 私はそれに向かってそっと差し伸べるようにゆっくりと手を近付ける


「いたっ!」


 その手よりも素早く体が後ろへと飛ばされ、尻餅をつく。

 前を見るとシエルが焦ったようにこちらを見ていた。

 そうだった、温度は感じずとも炎は炎だ。手が燃えるだろう。

 ちょっと前にシエルがそれで熱がっていたのだからその仮説は正しいはずだ。


「ご、ごめんね?心配かけて…」


 シエルはホッと一息ついたように肩を落とし、首を横に振った。

 だが、黒い破片が気になる。どうにかして炎を消せないだろうか


「シエル?この火、どうにかして消せないかな?」


 シエルは顎に手を当て、少し悩んだように首を下げると次に手を叩いていた。

 シエルが空中に文字を書く

バ ケ ツ

 バケツ…あるとすれば水を汲んでかければ消すことができる。

 黒い破片はまだ他には見ていない、よって他の欠片とバケツを探すことを優先しよう。

 私とシエルはその場を後にし、部屋を出た。


「あ、一番奥の…開いてる」


 私はシエルの腕を引っ張りその部屋の扉を開ける。眼中に広まる光景は

 ただひたすらに広がる闇だった。


「暗いなぁ…それとも、この黒が部屋の色?」


 暗闇のようにも見えるそれは部屋の壁だった。

 そう理解したのは前に続く淡く、消えそうな白い一本道があってのことだった。


「シエルは待ってて」


 私はシエルに待機しておくよう言ったが、シエルはどこか不安そうに私を見ていた。

 私はさすがに壁だから、落ちたりしない。大丈夫と半ば強引に言って歩み出す。

 その道は距離的にはとても短いものだったが、人一人やっと通れる程の狭さだった。

 奥につくと壁に石のプレートと窪みがあった


「何だろう…何か書いてる」


 私はシエルにも聞こえているのか解らないが、今までの行動上聞こえているようなので、聞こえるように声を出してそれを読む。


「光全て飲み込む漆黒の闇をここへ。一つは紅蓮に染まりし木の上に、一つは遥かなる空に、一つは落ちる刃の先に…だってさ。ナニコレ?俗にいう中二病?」


 振り替えってシエルを遠目に見ると、手を使ってさっぱりだと言わんばかりにジェスチャーしていた。

 漆黒と言うのがあの黒い破片だとしたら、紅蓮に染まりし木の上と言うのは解る。暖炉内の薪の上にあった物だろう。

 だが、残り二つは皆目検討もつかない。これも探しつつ探索を続けるとしよう


「シエル、多分だけど一つはあの暖炉内にあったやつだと思う…まあ、これもボチボチ探しながら行こっか」


 シエルはその判断が懸命だと言わんばかりに即答で頷く。


「わっ!…」


 私は細い道でつまずき、シエルへもたれ掛かってしまう。

 シエルの服から香る匂いが…なぜだかとても安心するものだった


「ご、ごめん!迷惑…だったよね」


 シエルはフルフルと首を横に振り、優しく私の頭を撫でる。

 その手は小さい頃に撫でてもらった父の掌のように大きく感じ、ついつい甘えたくなってしまう。

 それにしても、随分と手慣れた手つきであった。まるで…私を安心させるやり方を心得ているように。


「すぐそうやって頭撫でるんだから…全く……でも、ありがとうね」


 そう言った瞬間、シエルは驚いたように目を大きくさせた。


「ん?どうかしたの?」


 シエルは手と首を横に振る。怪しいのだが、ここは深入りしないようにしよう


「…じゃあ、他の部屋探そっか」


 私たちは部屋を出ると開いてなかった二部屋の扉を調べる

 だが、開くことは無かった


「んー…。ねぇ、最初の所行ってみない?」


 シエルは快く承諾したので、私が寝ていた最初の空間へ戻る

 そこは少し幻想的に赤や青の蝶が舞い、草木が生い茂っている。周りを囲うように水も音なく流れていた。

 いや、音は流れているだろう、だが私はやはり聴覚が失われているようだ。

 ならばなぜ自分の声だけは聞こえるのかが不思議ではあるが…。


「なんだか…綺麗な部屋…」


 飛び交う蛍が水の反射で蒼く染められた鍾乳洞のようなその空間を余計に幻想的に彩っていた。

 出てくる言葉は綺麗だの幻想的だのばかりで、それほどその空間に心を奪われていた。

 およそ私が寝ていた部屋とは思えないそれに少し違和感を覚える。色が見えるだけで変わるものだと改めて実感する

 なぜ私はこんなにも美しい色と言う記憶を忘れていたのか、甚だ疑問に思った


「………あっ!!」


 その空間の淵を円状に循環して流れる水流に一欠片の緑が見えた。


「手で掬うのは骨が折れそう…ん?」


 トントンと肩を叩かれ、振り向くとシエルがこれ見よがしにバケツのような物を私の顔に近づけた


「バケツ見つかったの!?うわぁ…サクサクし過ぎて逆に怖いなぁ」


 シエルはかがみ、バケツを水面に入れていき、水で中を浸していく。

 満タンまで溜まってもそれを退けず、先ほどの欠片が流れてくるのをじっと待っていた。

 数秒経って巡回してきた欠片が入る。シエルは溢れないよう慎重にバケツを上げるとすぐさまその欠片を取り、私へと渡す。


「ありがと。…ってどうしたの?」


 シエルは欠片を渡したまま、私の手を握る。濡れていることは解るが、なぜそんなことをするのか解らなかった。

 ふと冷たい手で触って反応を楽しもうとでもしているのかと考え、質問してみるとシエルはドキッと肩を震わせた。

 私は苦笑いで「どうともないよ?」とだけ言ってシエルに手を離して貰う。

 やはり私には温度を感じる機能が、その温度と言う記憶を失っているようだ。これも治るのかな

 

 * * *

 

 私たちはバケツに掬った水を流さずに暖炉の部屋まで持っていった。


「せー…のっ」


 二人でバケツを持ち、掛け声に合わせて私の聞こえる世界からは音もなく未だ煌々と燃えていた炎へと水をかけた。

 水も炎も音がなく、少し寂しい思いになる。色はあるのに音はない、普段なんとなく聞いていたであろう物が今では恋しくなる。

 残っていたのは少し炭化して黒くなった薪と濡れた黒い欠片。その黒が炭と同化し、燃えているときより発見が少しだけ困難だった。

 私はなんとか欠片を見つけ、それに触れる。先程まで燃えていた炎の中にあったにも関わらず、私は相変わらず温度を感じなかった。


「…っ!」


 頭、それもなぜだか後頭部に痛みが走る。その痛みはまるでそれが私を、私がそれを拒んで拒絶反応を起こしているようだった。警報にも思える。

 私は少し千鳥足になり、フラフラと歩くとシエルの腕に倒れ込む。

 痛くて…痛くて、とても痛い。例えるなら、何か固い物で頭を殴られたかのような激痛。思わず涙が出そうになる。


「…ぅ…ぁ……」


 不意に襲ってきたその痛みに、私はただ悶えるしか無かった。


「…?」


 呂律が回らない、言葉が出ない、考えるのさえ苦しむほど痛かったそれは何の余韻も無く、元々無かったのかと思えるほどに忽然として消えうせた。

 頭が追い付かない。先程まで痛かったはずなのに、今では触る前と同じだ。いや、そもそも痛みなんてあったのだろうか


「もう大丈夫だよ」


 そう言うとシエルは少し不安げに抱き抱えてくれていた腕を離す。

 少し危ない気がするが、向き合わないといけない。これは私の記憶だと言うことは確かだ。辛い過去かもしれない、けど向き合うことは義務だと思った。

 故に、逃げることは自分を捨てると同義と言って過言では無いだろう。

 よって私はこの欠片も集める、そう伝えるとシエルの顔が少しだけ笑っていた気がした。

 

 * * *

 

 木の部屋に戻り、手にした緑の欠片を合わせる。どうやら二枚で完成するようで、それは淡く輝くと光となり、未だ小さな木に注がれる

 木は更に成長し、私やシエルを見下ろしていた。葉などは無いし、さながら葉が散った冬の木のようだと言える

ピッ…ピッ…

 それは私の声以外で始めて聴いた音だった。取り戻したのは聴覚のようだ。


「何だろう?何かの電子音?…とても一定のリズムで刻まれてる」


 聴こえていたその電子音は次第に薄れ、代わりに声のような物が聞こえる。

 それは男性、それは女性、それは老人…様々な声が必死に何か叫んでいるようだった。私は少し不気味に思う。

 この美しい世界にとても合わない、まるでノイズだ


「…かね!…か…!」

「この声は…誰?」


 聞いたことあるような女性の声、だがそれも次第に薄くなり、次から聞こえたのは小鳥のさえずりだの水の流れる音だのであった。


「さっきのは…何だったんだろう」


 まあ、いっか。私はそうやってさっきまでの音を詮索することは無かった。

 そんなことよりも


「…やっぱり、貴方はそのままなんだね」


 目の前に佇む黒い影、一切変化のないそれは話し掛けているようだったが、声なんてものは無かった。

 どうしてだろう、変わらないんじゃないかと薄々感じていたのに、絶望を押し付けられたように胸が苦しくなるのは。


「貴方の声、聞こえない。それは単純に貴方に声が無いから?それとも…」


 言い出しそうになった言葉を飲み込む。

 まだ私が足りていないだけ、きっとそうだ。

 何もパズルとは一部分のピースが揃ったとしても完成じゃない、私というパズルを完成させるにはまだ欠落が多い。


「まだ欠片はあるよね。少なくともあと二種類…青と黒、探そっか」


 悩んでいてもらちがあかない、残りのピースを埋めて私というパズルを完成させよう。そうすればきっと私は失われた記憶から、救われるだろう

果たして本当に救われるのでしょうか?

ハッピーエンドにしてるからと言って本当に救われるのかはご想像にお任せしつつ次の話へ続きます。

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