想いと見えない傷
「見事に、浄化されたな」
「望んでいた本人のくせによく言う」
「本人だから口にしている」
ラフィースとセラフィエルはそんな事を異界に漂いながら口にした。
ラフィースにはもう穢れはついていない。
清々しい好青年とすら言えた。
「で、ここはどこだ?」
「知らない」
セラフィエルの言葉にラフィースはあっさりと答えた。
二人とも今先ほど意識が戻った所だった。
てっきり元の世界に戻されるかと思ったがそんな事もなく、異界だとは思うが、それにしては今まであったフィールドを見るためのモニターがない。
それにどことなく何かが違うと思う。
「ここは、小夏さん用の異界だよ」
やってきたのは相変わらずの神。今回は至ってまともな格好である。
彼らから見れば、であり、知らない人間が見ればコスプレ? と思っただろうが。
神が神の衣装を着ているのだが、ここではコスプレになってしまう。
「小夏さんが別エンドを達成したからね。これから一定回数参加・ラスティスを麻痺・特定の会話を条件にもう一つのエンディングを発生させるよ」
「好きにしろ。それよりも気になるんだが、私の力を使って彼女に何かしたか?」
「お、流石わかってるねぇ。お姉さんから預かってた君の力を使って彼女に君の加護を与えたよ」
「…………非常識だな、あんた」
「いやだなぁ。ここは俺の世界だよ? 無理矢理が嫌ならきちんと自分で加護を与えなさいな。あ、でも取るなよ? あんだけ頑張ったのに、なんのご褒美もないなんて可哀想でしょ?」
「……取る気はない、何をしたか分かればいい。……加護なんだろ?」
「気になるのならきちんと自分で確認して与え直せばいいじゃないか」
まるで大人が子供に言い聞かせるような感じで、チッ。とラフィースが舌打ちし、顔をそむける。
非常識な事があっさりと出来てしまうくらいには、自分と彼には差があるのだろう。
ラスティスは兄弟の中では最強だったが、彼からすればまだまだなのだろう。そう思うと、なんとなく拗ねたくもなる。それもやはり末っ子だからなのだろうな、とどこか冷静な自分が考える。
「せっかくだから、君たちが浄化されて意識を失った後の事を教えようか?」
「別にいらない」
「そう? 英雄君も知らなくて良い?」
「別にいいですよ。目的が達成されたのですし、彼女も喜んだでしょうし」
「……達成? 君たちは分かってないねぇ」
どこか安心した表情で答えたセラフィエルに、神は呆れて、落胆の様子を見せる。
「泣いていたよ。こんなの見たかったエンディングじゃないって大泣きでしたよ」
「「!?」」
「可哀想だったので、預かっていた君たちの魂魄を彼女にあげちゃいました」
「ちょっと待て!」
「待ちませんし、君らの意見は聞く気はないね」
「……」
「まぁ、それが理由ってのは冗談だよ。もともと渡すつもりだったんだよ。浄化させるだけの熱意があるのなら君たちの魂魄を預けても問題ないだろうと」
「いや、そもそもなんで預ける」
「この世界はね、もうすぐ終わるんだ」
「このゲームがか?」
「違う。世界。彼女達がリアルと呼ぶ、現実だよ。今、私達は魂の選別をしている所なんだよ。俺にとってはその選考手段の一つがVRMMOだっただけ」
「選考?」
「そう。選ばれた人間は新しい世界が出来るまでの間、君たちの世界に移って貰う。ゲームで培ったスキルとかアイテムとか全部引き継いでね。チートだっていってきっと子供達は喜んでくれるだろうしね」
「……選ばれなかった人間は?」
「新しい世界を作るためのエネルギーになる」
「そんな事をしたら……」
「うん。魂は消滅するね。純粋にエネルギーになるわけだから」
「……私よりも酷いな。お前達の方がよっぽど邪神だぞ」
「そうだね。否定はしないよ。でもそういうのが嫌な神も多い。でも世界が壊される事は決定事項なんだ。元々ね」
「……まさか……実験場?」
「そう、この世界は神の実験場。色々良い結果も悪い結果も出た。それを踏まえて新しい世界を作る。それは世界を作る前から決まっていた。だから覆らない。俺達に出来るのは気に入った魂を一時的に別の場所に移す事だけ」
「…………」
ラフィースは口を閉ざした。
異論をあげる権利はラフィースにはない。
「……君を助けようと頑張った面々は全員そちらの世界に送るつもりだ。特に、小夏・カタストロフ・レッドマンの三名に関しては、身内や親しい者はその家族毎全員転移させる。少なくとも、彼らが親しい人を亡くして泣くことはないから、そこは安心してほしいかな」
別に心配していない。とはラフィースもセラフィエルも言えなかった。
「……さっきの話に戻るけど、どのみち小夏は死んだら君たちの世界に移動する。君たちが聖剣で祓われる瞬間に合わせてね。だからそれまで持ってて欲しいって事で渡したんだ」
「泣いていたんだろ?」
「泣いていたよ」
「それなのに、その瞬間に立ち会わせるのか?」
「ゲームでのエンディングはあれで終わりだったけど、実際にはどうなんだろうね」
明言をさけた神をラフィースはしばし見つめていたが、やがて目をそらした。
「どうするかは、君の、君たちの自由じゃないかな? じゃあ、後は彼女が死ぬまでのんびりと過ごしてよ」
そう言って神は消える。
「……実に酷い言いぐさだな」
「本当にな」
水月が死ぬのを待ちわびているという言いぐさに二人は呆れたが、だからといって何かが出来るわけではなかった。
前の様にアバターを使って戦えるわけでもない。ただ、それぞれの魂魄というアイテムに閉じ込められているような状態だ。
何も無い異界に時間が過ぎていくのを待つしか無かった。
セラフィエルも時間感覚なんてとっくになくなっていたので、それは苦ではなかった。
どれくらい時間が経ったのか分からなくなったある日、魂魄が取り出されたらしく世界が見え、音が聞こえてきた。
そこには当然、水月が居た。
『魂魄って事は……魂って事だよね。声とか届くのかな?』
宿屋かどっかなのだろうか。ベッドに出された二つの魂魄を、うつぶせの姿で水月は眺めていた。
セラフィエルもラフィースも久しぶりの違う風景にぼんやりと周りと水月を眺めている感じだった。
時間つぶしにはなるかな。と思う程度だったが、水月の目から涙が零れ落ちてきた時には二人も驚いた。
座り直し、魂をぎゅっと抱きしめる。
『……生きてる……エンディングが欲しかったよ……』
ぽとぽとと止めどなく流れる涙。
大泣きだったという言葉を思い出す。謝れたら、と思うが何も出来ない。声も届かないし、触れる事も出来ない。
ただ、彼女が落ち着くのを待つしかなかった。
それから度々彼女は魂魄を出しては話しかけてきた。
触れて、撫でて、嬉しそうに話す。時折悲しげな顔で抱きしめる事もあった。
自分達に出来るのは、会話をするように、魂魄の光を強めたり弱めたりする事だけ。
やがて、彼女は『ホーム』というゲーム内の家を買って、そこに二人を大事に飾る。
『見てみて~、サブキャラ作ってみたんだ~』
小夏とは違い、サブキャラ『陸』は子供だった。一番低い身長でツルペタで、瞳は勝ち気な目をしていた。こんな見かけしていて、実はパワータイプの設定である。
『これで、似合わなかったいくつかのセット服を着られる!』
水月は嬉しそうだ。小夏は美少女でメリハリがしっかりした体である。せっかくだからとそんなスタイルにしてみた。ついでに現実では出来ない露出の高い服も着てみた。作った後でこれ、結構恥ずかしいわー。とフィールドではもっぱら露出の少ない服を着ている。
そしてそんな小夏だからこそ合わなかった服もある。
魔女系ならともかく魔女っ子系は似合わなかった。特に今回のキャンペーン。『魔法少女』は無理だ。痛い! と思ったのである。これを機に作る事にした。
いままでタンスの肥やしになっていたフリフリ系もこれなら大丈夫だと水月は思う。
楽しげに着替える水月。
「……彼女は私達に見られているという感覚はあるのだろうか?」
「無いと思うぞ」
ラフィースの言葉にセラフィエルは答える。二人は自主的に視線を別の場所に向ける。
アバターの着替えは一瞬だが、A服姿→下着姿→B服姿となっているため、一瞬だろうとなんだろうと、下着姿は魂魄の前にさらされる事になる。
「色々話しかけるのに、その辺は考えないんだな」
「言われてみたらそうだな」
苦笑を一つ返す。
一人ファッションショーが終わった水月はイスに座ると魂魄を撫でる。それが彼女の日課だった。
ほんのりと暖かいと感じる。それがたまらなく嬉しくて、何も無くても触ってしまう。
そんな水月をセラフィエルはじっと見ていた。
手で触れるように、熱を与える。
誰でも良かったのだ。いい加減彼らを解放させてあげたいと思った。彼らの中であれば誰でも良かった。ラフィースからすれば、水月よりも他の二人の方が良かっただろう。
たまたま水月が最初に条件を達成させただけ。
その彼女に魂魄が渡されたのも、たまたまだったはずだ。
しかし本当にたまたまだったのか、とラフィースは疑問に思う事が最近増えた。隣を見て問う。
「好きなのか?」
「……分からない。好きとはそもそもどんな感情なんだ?」
セラフィエルに変化が出始めたのがいつ頃なのかラフィースにもよく分からない。気づけばそうだったというしかない。
「触れたいという思いは、好きなのか?」
「さて、邪な考えが入っていないのならそうなんじゃないか?」
「邪な考えねぇ。キスしたいという想いは邪だから、違うか」
「ぶっ。はは!」
セラフィエルの言葉にラフィースは笑った。
生まれた時から一緒だったから分かる。セラフィエルはこれまで誰かに恋心を抱いた事はない。幼い頃の実の親の仕打ちのせいでセラフィエルの感情は歪な形で育っていっている。
婚約者に対してもあったのは、義務や誠意だけであった。
救国の英雄と呼ばれていた頃、いろいろな女が言い寄って来たが、誰にもセラフィエルはこんな表情を見せなかった。
愛しくて切ないような顔など、見せたことはない。
最初はたぶん、温もりが気持ちよかったのだろう。セラフィエルの心にはいつも、『寂しい』という思いがあったから。
魔王となる直前、払われた父親の手をセラフィエルはずっと探していた。
だから小夏が与えてきた温もりは、最初父親の代わりでしか無かったのだろう。
それが徐々に変わってきたのは、彼女の『熱量』のせいだ。
ただの物でしかないはずの自分達を彼女はどんな風に見ているのか。どんな風に見えているのか。
来る度に触れて、話しかけて、愛しそうに見つめる。
誰でも良かった。
最初は本当に誰でも良かったのに、今は彼女ではなくては嫌だとラフィースも思っている。
セラフィエルと同じようにラフィースも熱を与えると彼女は嬉しそうに笑う。
彼女の中で一番なのは、セラフィエルなのだろう。ラフィースはそれでもいいと思っている。
彼女が呼ぶ『セラス』はセラフィエルとラフィースの事なのだから。二人合わせての事なのだから。
穏やかに時が過ぎていく。最後の日までこうやって穏やかに時間が過ぎればいいと二人は思っていた。
いっそゲーム中か就寝中に何も知らないうちに終わればいいと願っていた。
次は9日18時かな?




