俺はただ、信じてる
俺はなんのために生まれてきたのだろう。
俺は、皆に疎まれて、憎まれる為に生まれてきたのか……。
俺は、死ぬためだけの運命のために生まれてきたのか。
俺は……。ただ………………。
誰かに必要とされたかった。たったそれだけを望んだ。しかしもうそれも叶わない。
魔王となった。もはや、人には戻れず、自分が聖剣によって消滅する事を神々が望んでいる。
邪神を星神に戻すために。
兄神と姉神がそれ以外の道を塞ぎ、運命を紡ぐ。
羨ましいと思う。
そんな風に愛されているのが、正直に羨ましいと思う。
……魔王として役目を果たせば……。
魔王という役目は、神々に必要とされている。
俺でなくても良かったけど。
でも俺が魔王だから。他に必要とされる方法がないから。
役目を果たせば……。
【戦わないのか?】
(戦っている)
【勇者に討たれれば、お前は消滅するぞ?】
(どのみち、他に方法はない。この勇者を倒したとしても、次の勇者が来るだけだ)
【……聖剣に討たれれば、お前は次の輪廻に回れない。文字通り完全に消える】
(どのみち、来世などと言われてもな)
【……戦え】
(戦っている)
【体の自由をよこせ】
(断るよ。これは俺の役目だ)
【死ぬ気か】
(死ぬことが必要とされているのだろう? それ以外にないのなら、役目を果たすさ)
「こ、の! これで終わりだ! 魔王セラフィース!!」
泥やすす、埃にまみれた顔で、それでも意志をその目にギラギラと乗せて、突っ込んでくる。
まだまだだな。
ぼんやりとそんな事をセラフィースは思いながらも、それを避けるわけでも防ぐわけでもなく、その身で受ける。
痛みは感じなかった。
口から逆流した血が溢れたが、これで終われるという安堵感があった。
セラフィースは必死に剣を突き立てている勇者ラスティスを見る。
歯を食いしばり、早く終われと願うように。
セラフィースが一矢報いようと思えば、ラスティスを巻き添えに出来るだろう。
それぐらいラスティスはまだ未熟だった。けれどセラフィースはそんな事を望んでおらず、目を閉じた。
聖剣から光がほとばしり、魔王セラフィースの体がまるで弾け飛ぶように消え去る。
「……やってくれる……」
苦々しく富の神が呟いた。
「あいつお気に入りを取られるの嫌いだったからなぁ……」
水の神も弱り切ったように呟いた。
「ねぇねぇ、これ、どうなるの?」
風の神が尋ねる。
「どうしようもないわね。人の魂をがっちりとラフィースが包み込んでるから、……ヘタに分離させると、あの子にまで影響でちゃうわ……」
大地の女神が深いため息をついた。
「……人の子の魂も無事だったみたい」
生命の女神が魂の状態を告げる。
「どうでもよい。人の子の魂など。問題なのは、あの子の邪気を祓うのがより難しくなったという事だ」
死の神が苛立ちながら吐き捨てる。
「そうなの~?」
炎の女神が聞き返す。
「……このままでは聖剣による浄化は無理ね。つまりあの子は、あの魂を犠牲にしない方法でしか穢れを落とさせる気がないのよ……」
美の女神が答えた。
「……他の方法を探しましょう。最悪は他の神の力を借りるしかないわね……」
運命の女神がため息と共に弱々しく口にした。
「邪神になった魂の浄化? しかも人の魂を抱え込んでるって、どういう状況なの」
笑いながら男は言う。
現物を見て、男はさらに笑った。
「あんたら、わりとあくどい方法使ったろ? 邪神の魂がこんな風に人の子の魂を守るなんて見たことないよ? しかもこの魂に封じてたんだろ? それを守るってよっぽどだぞ?」
「……そうね。あの子がそこまで人の子を気に入るとは思わなかったわ」
「あー……。あんたらはそういうタイプなのね。まぁ、そうじゃなきゃ、こんな事にはなってないか」
「どういう意味?」
「遠くから見るだけで、実際に人と関わってないんだろうなって思っただけだよ」
「それが普通じゃないかしら?」
「でも、この弟君は違うんだろ?」
「……ええ、……そうね。だから邪神になってしまったのだけど」
「な~るほどね。……ふーん、なら、出来るかな」
「え!? 浄化出来るの!?」
「環境は整えるよ。もちろん、報酬は貰う」
「ええ、分かっているわ」
運命の女神の言葉に男は笑いながら頷いて、魂を指さし、すっと動かすと魂が連動して割れた。
「ちょっと!?」
「分け御霊。大丈夫。傷はついていない。どちらも正しく君の弟だ」
「……なに、これ」
「俺にとってはどうってことない技なんだけどねぇ。そういう考え方の所少ないから最初見せるとびっくりするんだよねぇ」
「分身……とも違うわよね」
「あははは。どちらも正しく本物だからね。俺はこっちを預かるよ。そっちの魂は持って帰って。こっちの魂が浄化出来たのなら、そっちも勝手に浄化してくから」
「……本当なの?」
「信じられないのなら辞めるけど?」
「……いえ、お願いするわ。それで報酬は?」
「うちの子を何名かそっちで引き取って欲しいんだ。もちろんそれなりに優遇してね」
「どういう事?」
「今すぐじゃない。でもそう時間も無い。でも、まずは、君たちの世界をコピーしようか」
「コピーしてどうするの?」
「ゲームのフィールドにする」
「げーむ?」
「そう。俺の仮の姿はゲーム会社の社長だからね」
楽しげに笑って、彼は手を叩き開く。
CGで造られたような世界が広がる。しかしそこに生きる者も理も女神達の世界と同一である。
この時点で、この男が自分よりも格上である事を否応にも感じてしまう。
「人によって傷つけられた魂ってのは、ね。残念ながら、人にしか癒やせないんだよ」
男は悲しそうに言って自分が創った異界へと魂をそっと沈めていく。
ふと気づいたら、光る檻の中に居た。
「ここは?」
【異世界のさらなる異界】
独り言に返事が有るとは思っていなかった。むしろ独り言を口に出来るとは思っていなかった。セラフィエルは声のあった方を見る。
絵姿で見る星神とよく似た顔があった。
「ラフィース?」
【ああ】
「……俺は……消滅したのではないのか?」
【兄上や姉上の思い通りになるのがしゃくで助けた】
「……まだ邪神のままか?」
【ああ】
「……俺を助けたのか……」
【不服だっただけだ】
「……ありがとうと言うべきか……」
【礼は不要。分かっているだろ。お前はどの道輪廻には戻れん】
セラフィエルは改めてお互いの姿を見た。
足を覆い隠すローブの先が絡み合っているように見えた。
ローブではなく魂の一部である事は分かった。それがラフィースの影響で行われていることも。
「そうか……」
【……どうでも良さそうだな】
「……ああ、もうどうでもいい」
【そうか】
「ああ」
そこで会話が途切れた。
光りの檻の中には動く絵があった。そして先ほどの事を思い出す。
「……異世界の異界?」
【他の世界の神に預けられた】
「……そんな事もあるんだな」
【あまりないがな】
「そうだねぇ。無理やり押し付けるとかはあるかもしれないけど、懇切丁寧に邪神をお願いしてくるところは珍しいかな」
第三者の声にセラフィエルは顔を向ける。
そこにいたのは、何故か学ランに身を包み眼鏡をかけた男だった。
「どうも初めまして、この世界の神の一人だよ。無事、人の方の意識も戻ってよかったよ」
【……俺達は今どういう状況なんだ】
「御霊をわけたのが不快な感覚なのかな?」
【……ああ、姉上の分割とも違う。私が複数いる感じだ】
「それで正解だよー。分けた方も君だし、今ここにいる君も君だし。どちらも綱がっている。君を邪神から戻すために必要な処置だったからね」
【……それで、私の意識の一部を何度も聖剣で祓わせるなんて事をしているのか?】
「はっはっは。そうとってくれてもいいよ。それによる成功率は低いと思ってるけどね。一応勇者の魂も借りてきたとはいえ、本物程の威力は全然ないし」
そこで男は歌劇の様に楽しげに両腕を広げた。
「俺はね、君のような神をどうにか出来るなんて思ってないよ。面倒だし。人間によって起こった事なら人間に任せるべきだと思うしね。アバターの一つに意識を乗せて、ストレス発散に暴れてもいいしね。君の好きにするといい」
【……何を企んでいる】
「何も。俺は何もする気はないよ。環境を整えただけだ。俺はただ、ウチの子達のアホさ加減とバカさ加減と情熱のかけ方の間違いっプリを信じてる!!」
そう言い切る男に二人は呆気に取られていると、男は笑いながら立ち去って行った。
「……なんだったんだ、彼は」
【知らん】
それからそう経たないうちにセラフィエルにもラフィースが不快だと言った理由を知る。
魔王と勇者の人生を一部とは言え、見せて何になるのだろうとセラフィエルは思う。
複数の意識と繋がっている感覚はセラフィエルにはとても奇妙な感覚だった。
同時に夢を見ているようにも思えるが、やがて魔法の術式の組み方にも似ている気がして、段々と慣れて来るのが分かる。
【む! こいつまた来たのか!】
ラフィースの不機嫌な声にラフィースが視ているものに意識を合わせる。
スキンヘッドの無駄に筋肉をつけたような男。
「よく来るやつだな」
みんな複数回戦いにくるが、特に多いと思われるやつだ。
二人ともあまり顔など覚えていないが、それでもこのキャラは覚えていた。
キャラが濃く、暑苦しいからである。
よくよく視れば、そのパーティーはわりと見覚えのある顔が多い。
そう思うくらいには何度もこの戦いに参加しているのだろう。
【そんなに……、そんなに、憎いか……】
ラフィースは言って、彼の意識がアバターに宿る。
『よし、作戦スタート!』
アバターのセラフィースはラフィースに取られたので、セラフィエルはモニターで彼らの様子をぼんやりと眺めていると、戦闘開始の合図と共にそんなかけ声がかけられて、一部の人間がラスティスに向かい、もう一部がセラフィースに向かう。
先にラスティスの周りに到着したプレイヤー達が、ラスティスを地面へと押し倒している。
どんな作戦だ?
セラフィエルが首を傾げたところで、魔王のアバターを乗っ取ったラフィースの情け容赦のない、一方的な魔法攻撃が始まった。流石にそれは……。と、セラフィエルですら気の毒に思う極悪な魔法のオンパレード。しかも、呪文詠唱破棄の連続魔法だ。
『うわぁ!? なんだこんなパターン!』
『ひゃっほい! 初めて見た!』
『ついに分岐が!!』
『これ、作戦どうするのー!? 倒すの!? そのままタイムオーバー!?』
『待て! とりあえず、防御のかま……』
声はそこで途切れた。ラフィースの情け容赦のない魔法攻撃により、彼らは死んだ。そして消えていく。
ゲームという遊びらしく、死んでも神殿で生き返るらしい。
先ほどまで彼らがいた場所にはいくつかアイテムが散らばっていて、死んで戻るとランダムで消耗品の何かを落としていくらしい。あと神殿に戻るとレベルに合わせたお金を奪われると聞いた。
【すっきりした!!】
戻ってきたラフィースは嬉しそうで、セラフィエルは小さく笑って返した。
ラフィースの手には彼らが落としたアイテムがあって、いかにも戦利品といった感じだ。
【……これ、まだ存在していない魔法薬だな】
「ん?」
【技術が進めば、そのうち誰かが作るであろう魔法薬だ。こっちのアイテムもそうだな。あとは……こっちの神が手を入れて新しく作った術っぽいな。ふむ……。なるほど、……こうやって身代わりを作るのか……面白いな】
ラフィースは真剣な様子で『ゲームアイテム』を見ていた。それらは自分達が居た世界で作製が可能らしい。中にはあの当時、こんなのがあればもっと戦いが楽だろうとか死者の数が減っただろうと思う物も多い。
【セラフィエルも戦ってきたらどうだ? 中々すっきりしたぞ】
「いや、俺は良い」
【まだ、死にたいのか?】
「……死にたいと言うよりも、生きる意味が見つからない」
【愚かだな、お前は】
呆れた様子を隠す事なく言って、ラフィースは戦利品にまた夢中になる。そんな様子をセラフィエルは眺めて、変わったなとぼんやりと思う。
最初、ラフィースが目覚めた時、憎しみしかなかった。魔王として存在している間、ずっと話していたからか、妙な信頼関係のようなものが出来ている。
いや、これは友情のようなものなのだろうか。
セラフィエルはそんな事を思いながらまたモニターを見る。
勇者もかわいそうだな。と思いながら。
ラフィースが自分を見捨てればこんな異世界でこんな事に巻き込まれる事もなかっただろうと申し訳なく思う。
こちらの世界の神の思惑は分からない。ただあれから味を占めたようにラフィースがアバターを使い魔法をぶっ放し溜まった苛立ちを消化させているためか穢れが少しだけ減った気がする。
(どれだけぶっ放しても誰も死なないから、それが穢れになるわけじゃないというわけか。なるほどこれが環境を整えるという事か)
セラフィエルはそんな事を思いながらふと、モニターを見る。
一人の少女が崖下からこちらを見上げていた。
(へぇ、あのモンスターを一人で倒したのか)
熊がモンスター化した敵を勇者達にけしかけるイベントだ。
わりと強いモンスターなので、勇者とプレイヤー一人となるとそこそこきついだろうとセラフィエルは思わずそちらに意識を向ける。
アバターに意識が乗るというのはこういう感覚か、とぼんやり思いながら改めて少女を見る。
ゲームには鑑定という能力がある。プレイヤー達は使えるが、セラフィエルは使えない。それでも、実際に見たらその強さが分かるのではないだろうか。そう思ったが、どうにもゲームの強さと実際の強さというのは違うらしい。
ため息を零し、アバターから意識をはずそうと思った時、声がかかった。
「待ってて! 絶対見つけるから」
そう決意を乗せてその少女は言った。
見つける? 何を?
セラフィエルはその時には分からなかった。
物語通りセラフィースがそのフィールドから消えたのだろう。その少女の姿をもう視る事は出来なかった。
それっきりその少女の事をセラフィエルは忘れた。特に目立つ何かがあったわけでもない。スキンヘッドの熱血筋肉だるまほどの個性があれば覚えていたのだろうが、少女にはそれがなかったので、綺麗に忘れてしまった。
次は7日の0時くらいかな?