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セラフィエル

魔王を助けるために勇者を麻痺させました。の魔王側のお話。


 赦せない。赦せるわけがない。

 愛していたのに。

 利用していたというのか。

 ……気づかない私が悪いと嗤うのか。

 ……ならば、ならばっ。




「うーん、うちの末っ子にも困ったもんだな。たかが女一人に振られたくらい」

 水の神が呟く。


「あら、あの子は誰かさんのように、薄っぺらな想いじゃないのよ」

 美の女神が笑う。


「しかし、もう俺達にも力はそう残ってないぞ? あの子は俺達の中で一番強いんだ。これ以上はしばらく無理だ」

 富の神が疲れ果てたように口にする。


「力をいくつかにわけて、神核を人の魂と混ぜ封印としましょう。その間に怒りもとけているかもしれないし」

 運命の女神が方針を決める。


「なら、それを魔王として、復活したら勇者に倒させようよ。人と一緒にされているのなら聖剣の浄化の力も効くかも」

 風の女神が冷酷に言う。


「あら~。その子魂ごと、消滅しなーい~?」

 炎の女神が確認を取る。


「人間一人の消滅など、どうでもよい。ラフィースが元に戻るのが重要だ」

 死の神が言う。


「ではそうしましょう」

 命の女神が輪廻の中から魂を一つ取り出してラフィースの魂と混ぜると、輪廻に戻す。


 輪廻が回り巡る。

 それはやがて男児として命を得る。

 その死を望まれる存在として---。



 頑丈な作りをした部屋。壁や床に魔封じの陣が刻まれ、ちょっとした魔法すら許されない。

 そんな中にセラフィエルは居た。

 ぼんやりとベッドで横たわっている。そんなセラフィエルの耳に扉につけられている鍵が開く音が入ってくる。

 一つ、二つ、三つ。

 ようやく扉が開く。


 セラフィエルは顔を上げる。

 少女のような顔。そこには感情らしい感情も見あたらず、入ってきた男のいいつけ通り部屋から出て、別の部屋へと移る。

 そこにも大きな魔封じの陣が施されていて、木刀を持った男性が立っていた。

 セラフィエルは木刀を持ち、その男と対峙する。


 男との毎日の鍛錬は、セラフィエルにたった一つ課せられたものだった。しかし力量の差は明らかで、幼い体に容赦なく叩き付けられる木刀。

 それでもセラフィエルは怯えもなく前へと踏み出す。動けなくなるその時まで。


 彼らから与えられる慈悲はたった一本のポーション。

 それを飲ませる間だけ、セラフィエルは他人の体温を感じられた。


 何故、自分がここに閉じ込められているのかセラフィエルは知らない。

 何故、剣術を教えられているのかも知らない。

 自分の名前もセラフィエルは知らない。


 いつのもように閉ざされた扉が、いつもと違って騒がしく開く。


「お前、鍵三つってやり過ぎだろ?」

「勝手に逃げ出されるよりはずっと良い。生まれた時からずっと魔力を暴走させてたんだぞ」

「だからって……オイオイオイオイ……。やり過ぎだろ」

「何がだ」

「ここまで押さえ込まれてたらなおさら暴走するって。抑制・制御出来る環境ですらない」

「ここは武家だ。魔道など知らん」

「……もうちょっと早くに相談しろよ、お前な……」


 男達の会話の意味は分からなかった。

 いつもと違う言葉を話されてもセラフィエルには分からない。

 男はセラフィエルの手を握る。


「今日からは私が君の父親だ。これからよろしく頼むよ、セラフィエル」


 セラフィエルは男の言葉に反応せず、自分の手を握っている手をじっと見つめている。

 その視線に気づき、父親となった男は苦笑する。


「すまないね。こうしてないと暴走する予兆を感じられないからね。嫌かもしれないけど我慢してくれ」


 父親はそう言ってセラフィエルを連れて部屋を出た。鍛錬場も抜け、外へと連れ出す。

 初めて見た景色にセラフィエルは棒立ちとなった。今まで見たことのない色彩。匂い。風。温度。光。何もかも新しく何もかも分からずセラフィエルは震えた。

 恐怖に魔力が揺れ動く。父親はそれに気づき、漏れ出した力を包み込むように制御した。

 セラフィエルはそれを感じて父親を見た。

 父親は笑う。大丈夫だと言って。

 セラフィエルは何を言っているか分からなかったが、それでも頷いた。

 手を引かれるままにセラフィエルは歩き出し、この日、自分に家族が出来たのだとずっと後になって気づいた。



 新しい家族は父と母と兄二人。

 一日の多くは魔力制御と抑制の訓練と剣術の鍛錬。そして家族の団らんに当てられた。

 今まで知らなかった温もりを求めてセラフィエルはすぐに言葉を覚えた。文字を覚え、両親のために知識を蓄えていく。

 麒麟児と呼ばれるまで一年と必要としなかった。

 年頃になるとその姿は美姫と間違われる程で、しかし一度戦場に身を置くと鬼人と化す。

 誰もがついて行けないほどの実力を持っていた。

 それでもセラフィエルの内面は変わらなかった。家族のために。ただそれだけだった。

 家のためにと決められた婚約者も否はなかった。

 ただ、こんな自分と結婚させられるのは可哀想だなと思った。

 セラフィエルの心には幼き頃に居たあの頑丈な部屋がいつまでもあった。だから今の暮らしが、温もりがどれほど大事であるか分かっていた。

 歪まずまっすぐ育ったと言えた。

 セラフィエルは英雄と呼ばれるようになった。

 多くのモンスターを倒し、国を守った。と。

 ドラゴンすら倒したと。

 もちろん自分一人の力では無いとセラフィエルは知っていた。みんなのおかげだと仲間達にも心から感謝していた。


 ドラゴン討伐のパレード。

 多くの人間が通りに出て歓声を上げている。

 彼らに手を振り、眺める。


「セラフィエルさま。私、貴方と夫婦になれる事がとても誇らしいですわ」

「そう言って貰えると俺としても嬉しいです」


 婚約者の言葉にセラフィエルは心の底から安堵した。

 女心はよく分からない。何が良くて何が駄目なのかも。だから今のままの自分でそう言って貰える事は本当に安心した。


「愛していますわ」


【嘘をつけ】


 微笑みと共に言われた言葉にどこからともなく恨みの籠もった声が耳に入った。

 いや、頭に直接響くようだった。


 ドクン。


 心臓が一度大きくなり、視界が暗くなった。

 セラフィエルにとってたったそれだけだったのに、周囲は一変していた。

 歓声は消え、苦しそうな呻き声。怯えて命乞いをする声。周囲の建物は吹き飛ばされて、血液と思われるものが残った壁にべったりとついている。


 何が起こったのか分からなかった。

 婚約者の女性は恐怖に怯え離れていく。

 振り返り、父や母、兄達を見ると、父が母をかばい、兄二人も険しい顔で自分に杖を向けていた。


「……ッ!?」


 セラフィエルが口を開いた瞬間、兄二人は攻撃魔法を放ってきて、セラフィエルはとっさに避けた。


 悲鳴が上がる。自分が移動した事により、多くの者が悲鳴を上げて、我先にと逃げだそうとしている。

 仲間達から剣を向けられる。

 恐怖と敵意を向けられる。


「……何が、英雄だよ……」


 セラフィエルを否定する声がどこからともなく聞こえてきた。

 一つ、二つ、三つ。

 昔、数えた鍵の数の様に。

 三つ目の言葉が聞こえた時、セラフィエルはとっさにその場から飛び去った。半壊した家を飛び、屋根へ飛び、外へと向けて走る。


 何が起こったのかセラフィエルには分からなかった。

 分からなかったが自分が原因である事は分かった。

 

 カチカチカチ。


 小さな音が聞こえて振り返る。

 誰の気配もない。それでも聞こえる音。

 自分の歯がかみ合わず鳴っているのだと、気づいたのは街を出て、誰も居ない森に入ってからだった。


 セラフィエルは木に凭れて胸元を握りしめる。

 何時もとは違う早さで脈打つ心臓。ドクドクと流れる血液。

 何が起こったのか分からない。でも、心臓が大きく鳴ったのは分かった。

 魔力の暴走---。ではない。

 魔力の暴走なら自分自身にも傷はあるはずだ。

 内から外に暴れるのだから。自分はどこにも怪我もない。服が破れているという事もない。


「……に、が……、おこ……た?」


 整わない呼吸。落ち着くことのない心臓。

 恐怖。

 指から水が零れ落ちていくように、何かが流れ落ちていく感覚がする。

 今まで築き上げた何かがぐしゃりと踏みつぶされた感覚がする。

 恐怖。

 自分自身に対する恐怖。

 自分を見つめる大切だった人達の、目。

 まるで、モンスターでも見るような目。


 嫌だ。嫌だ。


 言葉にならない声で、セラフィエルは何度も口にする。震える唇で否定する。

 大事な人達が去って行く未来を、予感を否定し続ける。


 その願いは裏切られる。


 一月経って、セラフィエルは闇夜に紛れて屋敷へと戻ってきた。

 他の人達は良い。婚約者も、悲しいが自分を否定しても良い。

 もともと「化け物」と色んな人に陰口をたたかれていたのは知っていたから。

 でも、家族にだけは否定されたくなかった。

 

「ひ、ひいいぃい! な、なんでここに!? アナタ! アナタ! 助けてぇ!!」

「戻ってきたのか! 今まで育ててきた恩も忘れたってのかよ!」


 母や兄の言葉にセラフィエルは何かにヒビが入る音を聞いた。


「戻ってくるとはな。お前を殺せば俺達も英雄か? お前のおかげで家は没落寸前だぜ」

「セラフィエル。戻ってきたのか。すまない。私達のために死んでくれ」


 誰もセラフィエルを迎入れる事はなかった。

 それでも、セラフィエルは手を伸ばした。あの部屋から出してくれた手を求めた。しかし差しのばされた手は叩き落とされ氷柱がセラフィエルへと降ってくる。


 もろい何かが落ちて、ひび割れるような音が響いた。


 セラフィエルの意識は暗転し、気づいた時には全てが終わっていた。


 街は壊され、辺りには血の臭いが充満し、穢れがモンスターを生み、人を襲い、またさらなる穢れを生む。


 穢れはセラフィエルの体からも出ていた。


「……魔王……」


 その存在そのものが穢れ。モンスターを生み出す存在。

 納得した。自分は魔王だったのだと。だからみんなと一緒に居られないのだと。

 セラフィエルは刀を抜き、その首を掻き切った。

 血が飛び散る事もなく、セラフィエルは震える手で喉に触れる。

 刃が通り過ぎた感触はあったが、どこにも切り傷はなかった。


【無駄だ。お前は神から魔王になるように運命づけられている。聖剣でしか殺される事はない】

「……なぜ、俺なんだ……?」


 頭に響いた声にセラフィエルは尋ねる。


【たまたま選ばれただけだ】

「……は……、はは……。何か罪を犯したわけでもなく、たまたま神に選ばれて、俺は魔王になったと?」

【そうだ。お前は私の邪気を祓うための器として選ばれ、聖剣によって死ぬことを運命づけられている】

「……お前は誰だ?」

【ラフィース】

「……邪神ラフィースか……」

【そうだ。さぁ立て。お前を裏切った者達は他にもいっぱいいる。殺そう。壊そう。少しでも早く】

「……なら、神々にもだな」

【お前では勝てない】

「だろうな……」


 セラフィエルは立ち上がり、変わり果てた街を見る。

 重い足取りで、歩き出す。

 一歩進む毎に地面は急速に枯れていく。草が萎れて地面に落ちる。


「……殺してくれ……」


 泣きながらセラフィエルは天に願う。


 魔王が復活したその日から世界は暗黒へと包まれる。




完結まで書いてますので、予約掲載予定です。

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