一日目 魔法少女と通販と寿司
今では1000年の歴史を誇る王国だが、壊滅しかけた時代がある。魔王と名乗る女が世界征服を企み、瞬く間に世界の半分を支配してしまったのだ。
だが勇者と呼ばれる男が魔王城に乗り込み、魔王と相打ちになったとされている。
それから数百年はそれなりに平和だったのだが、最近になって魔王が復活しているという噂が城下町を不安にさせていた。
魔王の配下、その幹部である四天王が一人。叡智の神ソフィアの膨大な知識を結集して蘇生させた……と。
勿論、国王はそんな与太話を信じていなかった。
確かに魔王が倒されただけで四天王打倒とまではいかなかったが、それでも魔王側からすれば十分な痛手だったはずなのである。いくら蘇生の方法があったとしても、そう簡単に生き返らせられるはずはない。
しかし、実際に魔王は復活していた。
城下町に溶け込んで――
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「おーいソフィア。茶ぁ」
「あの……魔王様?」
「はよ。茶ぁはよ」
「はぁ……わかりました」
――別に溶け込んでなかった。
ぐでぇっとソファに横たわり、お茶を自身の部下に淹れさせる。
ニチアサ見ながらパンを齧り、アニメの批評を始める。
完全にオタニートだ。
「魔王様。そろそろ働いて――」
「今いいとこだから静かに!」
本当に数百年を生きた魔王なのか疑わしいほど、挙動は幼い。というか外見はただの幼女だ。
黒髪に黒目で、容姿が整ったただの美少女だ。
だが魔王だ。
ようやく次回予告まで見終えると、大きく伸びをして息を吐いた。
「今日のマジカル☆バアルゼブブは神回だったな。まさかライバルキャラ登場とは……」
「前々から思っていたんですが、なんなんですか? そのアニメ」
「主人公であるバアルゼブブが、蠅の王『マジカル☆バアルゼブブ』に変身して悪を倒していくアニメだ」
「それ主人公の方が悪なのでは……? しかも蠅ってテーマおかしいですね」
「そんなことは知らん。面白ければいいんだ面白ければ」
リモコンでテレビを切ると、魔王は立ち上がった。
向かう先は二階の自室だ。
「ちょっと、どこ行くんですか。魔王としての業務をしてください」
「ソフィア、お前は頭が固い。数百年分も溜まった仕事をすぐにこなせるわけがないだろう。俺は息抜きとして掲示板でバアルゼブブちゃんの感想を語り合ってくる」
「無駄に魔王っぽく言ってカッコつけないでください。魔王様の外見だと痛い子です。あと眼帯なんてどこで買ってきたんですか。またお小遣いを無駄遣いしたんです…………か?」
そう言っている間に、魔王はいなくなっていた。
部屋に行ってしまったのだろう。前のようにソフィアには破れない結界も張られているはずだ。
ソフィアは溜息をつくと、リビングに戻り本来は魔王と共用であるはずのパソコンを開いてメールがきていないか確認する。
通知は一件。
ソフィアと同じく四天王である、天候の神イヤパからだった。
内容は、これからどのように王国を侵略するかといったものだった。
「どうしてこうなったのでしょうか」
ぽつりと呟くソフィアの背中には哀愁が漂っていた。
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昼頃、家のインターホンが押された。
ソフィアが出ようとすると突然、魔王が部屋から飛び出してきた。
「どうしたんですか?」
「最近は訪問販売で押し売りする行為が流行っているらしいし、払わなくてもいいのにテレビの放送局が受信料を払えと言ってくることもあるそうだ。ソフィアだと心配だ、まずは俺が出る」
一見怪しい行動だが、ソフィアは自分の事を思ってくれた魔王に感激してついつい任せてしまった。
数分後、戻ってきた魔王は小包を手にしていた。
宅急便に運ばれてきたような箱だ。
「どうしたんですか、それ?」
「い、いやぁ。思った通り訪問販売の人でな? まずは使用感を試したいと言ってサンプルを貰った」
「ちょっと開けさせてください」
「いや! これはそんな大したものじゃないらしいし俺が貰う。ソフィアに渡すことはない」
怪しい。怪しすぎる。
ソフィアは強引に小包を取り上げると、手刀で包みだけを正確に切り取った。
曲がりなりにも世界を征服しかけた魔王の部下。その力は魔王に及ばないにしろ強力なものだ。
小包の中身が現れると、魔王は逃げ出すように抜き足で後ずさる。
「なになに……『魔法少女 マジカル☆ベルゼブブ変身セット』?」
「いや、あの、それは」
「よく見たら領収書がありますね」
「ソフィア、怖い。顔怖いぞ」
「……こんな服に、二万円って」
「ごめん! ごめんなさい! 許して!」
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「今後、通販は禁止です」
「はい」
「魔王業務を全てこなすまで、この服は没収です」
「……はい」
渋々といった様子で魔王は頷くと、不意に腹が鳴った。
窓の外を見れば、電灯が暗い闇を照らしている。
「もうこんな時間ですか。作る時間がありませんね」
「外食か⁉」
「仕方ないですね。何が食べたいですか?」
「ハンバーグ!」
「昨日食べたでしょう」
「なら寿司!」
「高いです。ただでさえ家計が火の車なのに」
「いや、高くないぞ。回る寿司だ」
魔王はニヤリと笑うと、腰溜めに構えた拳をきつく握った。
「回る……寿司?」
「ふぁ~。本当に回ってますね」
「注文はこのタッチパネルでするんだ。別に回ってるやつを取っても問題ない。あっ、お湯がこの蛇口から出てくるから注意な」
「この動くテーブル。どういう仕組みなんでしょう? あとなんでこんなに安いんですか?」
「それは企業努力なんじゃないかな。海鮮物って他国から輸入してるはずだから、ここまで安いと虚偽販売しててもおかしくないけど」
「……国がよく運営を許可してますね」
「言うな。グレーゾーンなんだよ多分」
一皿、二皿。
次々と魔王は口に入れていくが、ソフィアはあまり箸が進んでいない。
「どうした?」
「いえ、私が普通の食事に慣れていないのは魔王様も知っているでしょう?」
「環境に適応しないと生きていけないぞ」
「数百年も生きた人に言われると説得力ありますね」
「…………しかし、ここの寿司不味いな」
「私が言わずにおいていた事をさらっと言わないでください! あとバクバク食べてましたよね?」
「腹減ってたら大抵のもんは美味い。お会計行くぞ」
お会計を済ませて外に出ると、先に出ていた魔王が空を見ていた。
満天の星だ。月も見える。
「帰ってカップ麺食おう。こってり系のやつ」
「まだ食べるんですか⁉」
魔王の王国生活は始まったばかりだ。