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《夕方 松浦商事》
松浦商事のいつものロビー、私はいるんや。
ここは和田さんとの、お話した場所でもあった。
全くおんなじ場所で、私は幸隆を待っていたんや。
たくさんの人が、ロビーを後に玄関を出て行く。
帰宅時間を教えているって。
うーん……
肩が凝るって。
気持ちの緊張は解けてはいるんやけど、体は解けてないんや。
もうちょっと、力を抜いてんと。
疲れてまうざ、私!
「よう、早苗!」
バカ声が聞こえてきたざ。
幸隆やって。
エレベーターから降りてきた姿は、どこかのお兄ちゃんみたいやざ。
まあ顔は、ええけどな。
心もええし……おどけとる場合でないざ
「早苗、明日やな」
「うん、チョコはないざ。こう見えても、和菓子屋やで」
「そうじゃくて!」
幸隆が、笑てるざ。
「わかってるんや、対決やろ」
「ああ、これ……やる」
そう言うと、御守りを見せてくれたざ。
「これもろたから、やるわ。明日の御守りやでな」
「はあ」
私は変な声を上げたざ。
御守りはどこにでもある、普通の御守りで紐が長くなっとる。
おそらく、首にかけるんやろな。
ん? 何やって……恋愛成就?
そんなんが、御守りに書かれてあるざ。
「幸隆、これ以上恋愛成就するんかあ」
私は不思議な顔をした。
「ええやろ!」
顔を真っ赤にして、幸隆が言うた。
あんたは、乙女か。
私でも、そんなんせんざ。
おそらくやけど……
「とにかく、首にかけてくれ。中には……」
「中には? 御守りの中になんかあるんか?」
私は中を見ようとしたんや。
すると、幸隆が慌ててるざ。
「中は見んといて……後や後!」
……変な奴
中に何か書いてあるもんいれるなんて、本当にあんたは乙女なんかあ。
ヤレヤレ……
「早苗、俺も応援しとるで」
幸隆が言うた。
応援するだけなんか?
……まあええか
応援してくれるだけでも、嬉しいから。
私は御守りを首にかけたって。
あれ?
何やろ?
やけにしっくりくる。
どこか落ち着くんや。
まさか……愛の?
やめやめ……
「早苗、がんばれ!」
そう言うと、頭を撫でるんやって。
小さい子供やないざ……って、受付の人とか通行人が笑てる!
私は顔が熱くなったざ。
いつもよりも、早く熱くなったみたいなんや。
もう! 嬉しいけど……
「幸隆、ありがとう。今日はもう寝るざ」
「ああ、明日のために早よ休まんと」
幸隆が優しく言うた。
いい男やわあ。
やっぱり……私、何か染まったみたいやざ
「幸隆、ありがとう。対決終わったら、また誘っての」
そう言うと、私はビルから出て行ったんや。
幸隆は小さくバイバイしながら、私を見送ってくれる。
始まった。
明日の羊羹対決は、もうとっくに始まっている。
そんな気持ちに、私はなったって。
ちゃうわ、始まってるんや。
間違いなく、明日は来るんやで。




