98
《二月十三日 夕方》
運命の決戦までは、あと一日……ううん、もう何十時間になったんや。
朝からたくさんの事で、女将さんとやりとりしとったって。
まず、三種類の羊羹のチェック、ここまで来たらチェックと言うよりも、どうやってよく見せるかになったんや。
味は全てええ。
これは高塚屋さんに、全てお任せやった。
さくらい はオカンがアウトやから、どうしようもないから任せてもた。
「構わんざ、さくらい との仲やし」
女将さんが、こころよく受け入れてくれたって。
ここで三つの羊羹の味見になったんや。
まずは、バナナ羊羹や。
見た目は白色で、正直いきなりの虚を突いた一品やざ。
バナナのフルーティーな甘さに、豆の甘さが交わってるんやけど、意外に甘さ控えめになっているんや。
バナナの黒ずみが深くならない、それでいて青臭くない時期を高塚屋さんのスタッフが探して、洗練したもんで高塚屋の技を見せられたんや。
「これくらいで、ええやろ。発信源の早苗さん」
女将さんが笑てる。
「ありがとうございます」
私は頭を下げたざ。
次はヨモギ羊羹やざ。
ヨモギ羊羹も、高塚屋さんに大量に作ってもらったんやって。
これもオカンが……ちゃう、私がまだ半人前やからやざ
半人前やから数の用意が出来んかった。
「早苗さん、心配いらんざ。このヨモギ羊羹のこさえ方は、高塚屋は使わないで!」
ありがとうございますやざ。
さて少し食べよう……やっぱ、ヨモギやから少し勇気いるんやわ。
……うん、ヨモギの匂いが、ええ具合に広がってきたざ
この広がりは、嫌みっぽくない。
小豆の甘さに、よく合っとるんやって。
「これ、私は一番好きなんや。ヨモギの味を損なわない本当に、上品な甘さやざ」
上品な甘さかあ。
そう言ってもらったら、私も嬉しいざ。
最後に三つ目の、私らの昔、今、未来を託すこの羊羹や。
見た目で言えば、普通なんや。
けど、これには北倉さんや、沢田さんのように、時代に流されることが出来なくなった店の想いと、厳しい時代に流されて生きていく私らのメッセージのこもった羊羹なんや。
その人らの想いを受けて、未来に託す羊羹はこの大甘羊羹なんやって。
「うん、これは凄い甘いわ! でも嫌みがない。黒砂糖のアクの強さを水飴が抑えて、水飴の甘さにグラニュー糖が乗っかってるみたいやざ」
女将さんがはしゃぐ、はしゃぐ、まるでグルメリポーターみたいやって。
「早苗さん、あんたも食べね」
女将さんが言うた。
女将さんが言わんでも、私はしっかり食べますざ。
さて、私の未来の味は!
…………あれ?
なんや? 味が……ない
「早苗さん、どうしたん?」
女将さんが、私を見て不思議がるざ。
「なんでもないです」
そう言って、もう一口……あっまーい!
凄い甘いわ!
これはある意味、常識離れやざ。
福井の甘さの薄い羊羹からは、想像つかんざ。
けどその時代その時代に、甘さは交代するんやの。
福井の甘さの薄い羊羹は、どんどん甘くなってるんや。
だからこれくらいの甘さなら、受け入れてくれるはずやざ。
うん、信じる。
もう一口、やっぱりあまーい!
よし! これで勝負や!
ピロ
ピロ
ん?
電話やスマホが鳴いとるざ。
幸隆やざ。
なんやって。
「早苗さん、誰からや」
「えー……」
「今日はここまでや、早よ帰んね」
女将さんが言うた。
「え!」
「誰からかはわからんけど、顔出してきね」
女将さんが優しく言うた。
……うん
ここは女将さんに、甘えよう。
少し緊張してきたみたいや、肩が凝ったざ。
私にしては、珍しいんやって。
さて、幸隆に会いに行ってくるざ。




