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《食事 和食屋》
ショッピングモールの中の、和食屋に私はおるんや。
なんやろ、変な感じやって。
セレブがこんな安い店に居てええんか?
「奈緒子はここ好きやな」
「ここの天ぷらそば、美味しいからや」
へえー
ヤギがすましているざ。
なんか私らを、ジーッと見とるわ。
「ヤギがここで、ご飯を食べることを教えてくれたんや」
「恐れ入ります」
だから、すましとったんか。
セレブに何てことを
「奈緒子は、苦労してるから……」
「愛子」
お母さんが、首を横に振っとるざ。
なんか私に見せとうない、そんな振りやざ。
「ごめんな」
中村さんが、真顔で謝るざ。
お母さんにも、いろいろあったんやな。
あまり踏み込めんざ。
そうこうしとる内に、天ぷらそば四つが来たんや。
お母さんの奢りやざ。
「ヤギは引いとくな」
「……」
「奢ったる、嘘や」
「ありがとうございます」
私と中村さんは、アハハ……って笑たわ
《食事中》
なかなか、美味しいそばやざ。
天ぷらも海老と、野菜のかき揚げが入ってかなり豪勢やし。
そして皿が付いとるんやけど、どうやら天ぷらを置く皿みたいなんや。
天ぷらが萎びないようの、配慮らしいざ。
始めから、出汁に入っとるのにや。
そんなんやったら、別々に出せばええのに。
「ところで、早苗さん、聞きたいんやろ」
お母さんがいきなり私に振ってきたざ。
私はかき揚げかぶりつきながら、中村さんを見たんやって。
「アハハ……こんな姿も、綺麗やな」
中村さんが笑てるって。
私はかき揚げを、皿に置くと深呼吸をしたんや。
お母さん、いきなりは止めての。
心に叫んだわ。
「さて、教えて下さい。私も教えられることは言います」
「桜井さん、私は教えていらんざ」
「へ?」
「私はそこまで、大名閣に入れ込んでないざ。バイトやし」
中村さんが、笑いながら言うたざ。
「桜井さん、今回のことな、大名閣の中でも白い目で見られとるんやざ。社長の大人気ない姿に、ほとんどがヤレヤレなんやって。私はモールの店働きやけど、本店やいくつかの支店も冷めとるんやよ」
中村さんがため息まじりに、苦笑しとる。
「あこの社長、どんなんですか」
「ハッキリ言って、バカやざ。お菓子のことは何も知らん。大学は経済学を学んだんやて」
「へっ?」
「何か社長の社長、つまり先代社長やの。そして社長のお父さんとは考え方が違うたようやざ」
あっ、これは篠原から聞いたことが、頭をよぎったざ。
あいつは、じいちゃん大好き人間やったけど……
「先代社長は聞いた話では、お菓子職人で義理堅く、人情深い人やったんやって。それでいて、遊び好きらしくてな」
遊び好きは、何となくわかるざ。
あんな別荘を買ったんやでの。
「でも人望があり、活気もあったらしいざ。まあ、聞いた話やけどな」
「今の社長は?」
「大名閣の店が拡大、拡散したんは今の代やざ。売上は上がり一応株式会社なんや。けど少しセコいと言うか、和菓子のいろはも知らんのに、あーだ、こーだ、言うからみんなが頭にきとるらしいわ。それでいて、好き嫌いが激しいらしいざ」
うーん……
何やろ?
「一つええですか? 好き嫌いの激しい人が、どうして売上アップしとるんですか。それに知識もないんやろ」
「まずは経営者としては、秀でとるからやな。嫌いなもんでも、クスリやったら使うし少々のことは目を瞑るんや。それに子どもらが優秀らしいざ」
「アハハ……」
いきなりお母さんが笑たざ。
「あっ、ごめんの」
「ハイハイ、桜井さん、社長の子供は四人いるんや。一人は経営者としての跡継ぎ、一人は和菓子職人、一人は洋菓子」
「三国の洋菓子店」
私は言うたんや。
「知っとるんか」
「金沢で同じ学校に居ました。課は違いましたけど」
「なるほど……ふーん」
中村さんがどこか品定めしとる見たいな、感じやざ。
「わかるなあ。逃した魚は、大きいざあ」
「はあ?」
「気にせんといてや……一つ言っとくざ。大名閣は一つになっとらんざ。つまり温度差がありや」
中村さんが、力強く言うたわ。
つまりは身内からも、突かれるかもしるんのやな。
「皆様、そばが伸びます。早くめしあがりましょう」
ヤギがそばに、七味唐辛子いれながら言うたざ。
あんたなあ。
まあ、それもそうやな。
私はしばらく無口になって、そばを食べたざ。
うーん、美味しいわあ。
《会計 奈緒子 愛子》
「愛子、早苗さんはヤギと先に行ったざ」
「すぐ追いかけな」
「ハイハイ、別れたんやな。中村に戻ったの見て、少し悲しかった」
「慰謝料はバッチリもろたざ。それにモールの店と」
「私は松浦しかないざ」
「松浦、ええやろ? それに、桜井さんええ子やの」
「幸隆が浮かれとるんやざ」
「わかるざ」
「あの社長に、嫌気指した聞いた時は、どうなるかと思ったけど」
「うまくやっとるざ。さて、一番下の高校生に電話やざ。なんか迎えに来てほしいらしいんや。店あんのに!」
「アハハ……まあ、頑張りや」
「わかった。私は、昔は身内やったけど、今は公平にするでの」




