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《高塚屋 支店 午後 亮と共同作業》
……はあ
「どうしたんですか?」
亮さんが、心配しとるざ。
「なんでもないざ」
私は笑ってごまかしたざ。
寝不足や……
昨日オカンが、咲裕美に変なことふっ込んだんや。
だがら……寝かせてくれんかった
バカオカン、なんで咲裕美に、知らせたん
心の歌やざ
……はあ、眠い
「どうしたんてすか?」
亮さんが、見とるざ。
「亮さん、咲裕美が迷惑かけとらんかぁ」
「咲裕ちゃんかぁ?」
「もう、ええざ」
これは聞いてはアカンやろな。
咲裕ちゃん……
順調やざ。
「どうしたんです?」
「べつにや、ところで始めんか?」
私はいきなり、本題に入ったんや。
「はい」
亮さんも顔が、いきなり引き締まったざ。
ええわあ。
咲裕美、許したるざ。
高塚屋の支店にも、菓子の製造室があるんや。
大きさは本店の半分で、二人くらいのスペースしかない。
さくらい は、三人入れるから、そこより狭いざ。
「本来は、俺が、それ以外の職人で作業しとるんで、一人用みたいな場所です。生菓子用で、店で食べるモンこさえてますで」
なるほどや、本来から保管出来る菓子が来て、無理なんは現地調達やっての。
因みに羊羹は、現地調達の部類やな。
「亮さん、創作すっざ」
私は気合い入れて、頭巾を被ったざ。
亮さんも頷いて、調理用マスクをしたざ。
《調理中》
今、二人で羊羹を創ってる。
とは言っても、試験的中やから一人でも出来るんや。
つまり、ここは亮さんにお任せしとる。
さっきまでは、甘さのやり取りをしとった。
さくらい の甘さ、高塚屋の甘さ、やはり隔たりがあったんや。
さくらい は、味がしっかりしとる。
黒砂糖の量が多いからや。
だがら甘さが後をひくんや。
それに対して、高塚屋の甘さは控え目や。
黒砂糖は一切使わんのや、使う甘さはグラニュー糖らしい。
納得やっての。
グラニュー糖は癖のない甘さでの、黒砂糖を多めに入れる さくらいとはやはり味が違うざ。
そしてアレを取り出した。
瓶の中にある、大量の水飴や。
蓋を開けて、私と亮さんが舐めたのは、羊羹製作する少し前やった。
「それにしても、甘い粘り気の強い水飴ななあ」
亮さんが言ったざ。
確かにやのう。
私もびっくりしたんや。
北倉のおばちゃんの話では、ご飯を練ったモンでの。
甘味料は一切ない。
つまり米の甘さそのものやざ。
本当に、びっくりやったざ。
「どうや?」
私は、聞いたざ。
「小豆にあう配合は、黒砂糖は二、グラニュー糖は四、水飴は四です。黒砂糖は入れすぎは、癖があり、グラニュー糖は反対に癖がありませんざ。二つの配合は、こんなもんやのと思います。それに水飴の癖のない甘さを加えたら、こうなりましたざ」
亮さんが、説明をしてくれたざ。
「水飴は甘く癖がありませんけど、粘り気が強いのが難点ですから四割以上は、水羊羹が固くなる可能性大ですざ」
そん通りやざ。
これはかなり、難しい作業やな。
見た目は、地味やけど……
《数時間後》
高塚屋支店、テーブル席にオカンと女将さんがいるざ。
私と亮さんは、冷やし固まったアレを見せとるざ。
試作品の、羊羹やって。
「できたか! どうやった? 簡単やったか?」
オカンが聞いたざ。
気楽なもんやな。
「難しい作業やったざ、けど亮さん腕ええざ」
「そんなことありませんって、早苗さんも凄いんや」
私らの会話に、オカンも女将さんも笑い顔やって。
なんや?
変なんかあ?
「歴史やざ」
オカンが言うた。
「確かにやの、北倉……ううん、辞めてった店の歴史、私らの歴史、そして若いあんたらの時代……順番が来たんや」
女将さんが笑てる。
時代……かあ
私と亮さんは、顔を見合わせ照れ笑いしたっての。
いきなり、時代や言われてもやざ。
「とにかく、味見やな」
オカンが、真顔で言うたざ。
私は顔が、引き締まったんや。
私が羊羹を切り分けて皿に盛り、匙を置いて一つづつ置いた。
水や、お茶は、ここでは置かない。
あくまでも、試食やで。
オカンと女将さんが、同時に羊羹を口に運んだ。
……
……
「おい、早苗!」
オカンが言うた。
「なんや?」
「お茶がないやろ! 美味しい羊羹にはお茶やろ!」
ニタリと笑い、下手な片目つむりやって。
「亮、あんた、気が効かんの! お茶の葉くらい、用意しとかなあかんやろ!」
女将さん、すっごい笑顔やざ。
やったあ!
出来たざ!
私と亮さん、大喜びやって。
これで揃った!
三種類揃ったざ。
私は気合いれた顔で、窓の景色を見とる。
今日から暫く、雪が降る。
今もかなり、吹雪いていたんや。
けど、なんとか前に進んだって。
さて……これからが、本当の勝負やざ!
おわり
《その頃 さくらい》
「こんにちわ、確か……妹さん?」
「あっ、松浦さんや、いらっしゃい! いちご大福なんかあ?」
「そや、そや」
「それだけかあ?」
「実は、忘れられてんか心配やで」
「はっ? でも、わかるざ。実は私もなんやあ」
「やれやれ、動いてやってるのも……」
「こっちも頑張ってんやけど……はい、いちご大福」
「ありがとうさん、まあ、影から」
「はい、松浦さん、支えなあかんざ、お互いに!」




