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《早苗 北倉屋で》
いつしか、和気あいあいになっている。
……ううん、まだ少し蟠りはアルみたいかな?
とにかく良くなっているざ。
「早苗ちゃん、お待たせやの。少しだけ焼きうどん食べてっての」
鉄板のテーブルには、焼きうどんが少しだけ残っとるざ。
私の分と言うよりは……
「アンタの分やざ、食べんのなら貰うぞ」
オカンの言葉やって。
そうやな、こんな食欲魔神が残すはずないっての。
まあ、いただこう。
……うん、美味しいざ
なんやろ? 普通に美味しいざ。
うーん……
「普通の味やろ、この味で北倉は来たんや」
おばちゃん、言うた。
普通の味かあ
でもここの味で、私が好きなんは、焼きうどんと違うんやなぁ。
「早苗、やめたわ。肩肘張るんは疲れっざ」
「オカン!」
「そや、やめた、やめた」
「高塚屋さん」
「アハハ」
おばちゃん、何したんや?
「早苗ちゃんは綺麗やなぁ、やっぱりお母さんの子や?」
おばちゃんがいきなり言うたざ。
へ?
「ちょっと、昔の話を……」
「おばちゃんアカンその話せんとって」
オカンが真っ赤に、なっとるざ。
「由美子ちゃんも……」
「私はええざ、終わったことやで」
女将さんは涼しげやざ。
「早苗ちゃん、お母さんが高校生ん時の……」
「わっ、わっ」
「祥子ちゃん、何やの! 私は負けたんや」
女将さんが、笑っとる。
ん? 負けた?
「話続けるざ、お母さんと高塚屋は、昔から仲ええ友達やった。小さい頃は、男勝りなガキ大将やったんやの」
へえ……
「まあ、二人が歳を重ねるにつれ、ここには来んようになっての、まあ喜び半分、寂しさ半分やったんや」
へえ、へえ……
「二人が高校生ん時やった、何年も見とらんかった二人がの、いきなり涙流して現れたんや。理由は同級生の男の子の事やった。その男の子、運動神経抜群で、頭もええ子やったらしいざ」
へえ、へえ、へえ……
「高塚屋さん……ううん、由美子ちゃんなその男の子に呼び出しされた。そん時、由美子ちゃんな会いにいったんやって」
へえ……はいはい
「男の子は、女の子の憧れで、モテたようやざ。その男の子から由美子ちゃんが呼び出しやざ。浮かれて浮かれて……それが悲劇の始まりやったとは」
はい?
「おばちゃん、こっからは私が言うざ」
「はい、まかいたざ」
「……やめてぇ」
はい? はい?
「その男な、おばちゃんも言うたけど、モテた奴なんや。実は私も、見てくれには自信あってな、まあ自信過剰と言うか若かったと言うか……男と体育館裏であったんやざ」
初恋の馴れ初め話やの。
わかりました。
女将さんの初恋相手は、オカンの初恋相手で、女将に告白してオカンが泣いた……ようある話やざ
「早苗、私なその後な……由美子ちゃんに引きずらて、体育館にいったんや。そん時、由美子ちゃんは号泣しとった」
ハイハイ……
「早苗ちゃん、その男な、『桜井を今度、誘いたいで繋ぎしてくれんか? 俺な桜井、好きなんや』って言われての……」
…………嘘やあ!!!
マニアってやつやあ!
「その後、男に私は罵声をあげたざ。早苗もわかるやろ! 一番やったらアカンやろ。それに寄りによって、私なんか好きなんて……」
オカンが顔真っ赤やざ。
私まだ信じられんって。
とは言え、気を取り直すでの。
「祥子ちゃんに負けた! タヌキに負けた! そう泣きながら教室戻って号泣したざ」
女将さんがもどかしい顔しとるざ。
「その後、引きずるように学校連れ出し、北倉屋で焼きうどん食べていこになったんやざ。なんかあったら、顔を出してと言われたんを覚えてたんやな」
オカンは真っ赤やざ。
「泣いたざ」
「私も、何故か泣いとった。由美子ちゃんにもらい泣きしんやな」
「それから、焼きうどん食べて。理由聞いて、切なくて……ワテも泣いたなあ」
おばちゃんが、鼻を啜りながら笑てるわ。
北倉屋さんには、こんな二人の……ううん、おばちゃん入れて三人の思い出があったんやな。
「さてさて、思い出はおしまいやざ。なあ桜井さん、高塚さん、理由は聞いたざ。お互いの店の味を出そとしたんやろ、それはアカンなあ」
「ごめんの、私の間違いです」
私は即座に言うたざ。
「早苗ちゃん、さくらい の甘さと、高塚屋の甘さ、それに北倉の甘さを合わせてくれんか?」
「え!」
「北倉屋は手作り駄菓子の店やった。焼きうどんはそのオマケやざ。アレをアンタに預けるざ」
おばちゃんが店中に行く。
そして漬け物瓶を持って来たざ。
漬け物瓶の中に、透明な液体があったんや。
キラキラ光があり、粘り気のあるソレは……
「水飴なんか」
私は声を上げたんや。
「ほや! 砂糖ナシ! 手ごねで作った代物やざ。これを使って最後の仕上げやざ」
おばちゃんが力強く、言うたって。
この水飴は、北倉屋の歴史やざ。
終わりを迎える北倉屋さんの、魂でもあるざ。
「わかりました! いただ……」
「おばちゃん、待って! 今回は高塚屋に任せてくれんか?」
女将さんが、言うたわ。
「考えてみ、私は今まで さくらいに甘えとった。ヨモギとバナナは さくらいの品や。ここは高塚屋の品でいきたいんや、もちろん さくらいの味と、おばちゃんの味を引き立たせた新しい羊羹を創るざ。任せてくれんか?」
高塚屋さんが、言うた。
「由美子ちゃん、アカン……でも、一つ条件付きで認める」
「なんやの」
「早苗を高塚屋に行かすことや」
オカンが言うたざ。
ええー!
「……わかったざ、支店を貸すざ」
女将さんが少し考えて、言うたって。
「亮ちゃんとか」
「まあ、そうやな」
あのー……止めた
私、許可してませんとは言えん状態やざ。
「早苗、決まりや」
「早苗ちゃん、明日やざ」
いきなりやな。
こちらのこと考えずに……
「もう、日がない。由美子ちゃんまかいたざ」
「わかっざあ」
二人の友情が戻ったんはええけど、私はなんか振り回されんやって。
まあええわ、少し前進や。
北倉屋のおばちゃん、ありがとうやざ。
オカン、マニアは居るんやなあ。




