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《店中 おばちゃん 女将 オカン》
「ごめんやの、由美子ちゃん、祥子ちゃん」
「別に謝ることないざ」
「ほや、全てタヌキが悪いんや」
「なんやってか! このバカ由美」
「バカあんたや、祥子」
「あらら……あははは」
「なんやのおばちゃん」
「由美子ちゃん」
「なんやの」
「祥子ちゃん」
「なんや?」
「ごめんやの……」
「えっ、北倉さん……ううんおばちゃん」
「おばちゃん、なんやの」
「ワテが一抜けしたことや」
「一抜けって、仕方ないやろ」
「祥子ちゃん、あんたみたいに頑張れんかった」
「私らは男が外で働いてるからや」
「それも、生き残る一つの方法……由美子ちゃん」
「なんや?」
「高塚屋の、名前に恥じない、嫁さんになったなあ」
「何言っとるんですか、毎日が勝負しとるんやざ」
「勝負?」
「店の勝負、私の店は、大名閣みたいに威厳はない、だからと言って負けられん。家の中かって、ダンナとぶつかる、舅とぶつかる、子供にしてもやざ」
「ほやほや、頑張ってる。一抜けは、北倉のワテや」
「……」
「……」
「この店中、時間が止まったみたいやろ? ここを、菓子食える喫茶店にしたいらしいわ」
「懐かしい……本当に、時間が止まった所やの。さくらい からは遠い場所……でも、よう食べに来たの」
「……その鉄板のテーブルまだあるんか?」
「ほや、由美子ちゃん……二人共、座んね。久々の焼きうどん、奢らせてや」
「奢るなんて」
「祥子ちゃん、気にせんといて……はよ、座んね」
《焼きうどん ワテ 祥子 由美子》
「近頃のうどんは美味いのぅ」
「そうかあ?」
「はっ、由美子、女将になって楽しとるから、わからんだけや」
「なんやってか! 私は今でも、台所立っとるざ! 近頃のうどんが美味いの知っとんのは、タヌキは黙れや」
「タヌキ、タヌキって、私の方が先に男出来たし、結婚も早いんやぞ」
「はいそうかあ」
「バカやでなあ、由美子は」
「なんやってか!」
「うるさい」
「はいはい……さてと、玉ねぎええの、キャベツ入れた、うどん入れっざ」
「……」
「……」
「相変わらずの、肉なし焼きうどんやざ」
「……」
「……」
「二人共、安心したざ」
「なにがや?」
「……」
「変わっとらんの、昔といっしょや。そのまま、歳を重ねただけやざ」
「私もええ、おばちゃんになったわ」
「何、言うとんや、由美子はまだまだ鼻たれ! ワテくらいになったら、おばちゃんや。さっ、焼きうどん食べてや」
「ええの?」
「ええざ、祥子ちゃん」
「いただきます」
「はい、由美子ちゃん」
…………
「どうや?」
「あん時は、おいしかった。今は、なんか変や」
「そうやな、祥子ちゃん、時代の流れや。昔の材料が揃わんかったんや。うどん、醤油、売っとった店が全部消えた。代用のスーパーから調達したけど、どこか違うんや」
「おいしいざ、タヌキの舌が可笑しいんやざ」
「なんやってか!」
「アハハ……二人共、男勝りやったなあ。ここは男の子のたまり場やった。そん中で、二人はいつもお山の大将、それはそれはお見事やったわ」
「ちょっと、おばちゃん、それは昔や」
「うん、昔かもや、由美子ちゃん、毎日、毎日、焼きうどん食べにきたなあ」
「昔やざ」
「そうや、昔や、由美子ちゃん……それが中学生になり回数が減り、いつしか来んようになった。悲しかったけど、嬉しかったわ」
「はっ?」
「嬉しかったざ、漸く女になったんやって、祥子ちゃん」
「そんな……」
「アハハ……月日は流れた。おそらく、高校生くらいやな。いきなり二人が現れたことを今でも覚えてるざ」
「あっ!」
「そっ、それ」
「祥子ちゃんも、由美子ちゃんも、泣いてたのう。泣いていながら、焼きうどん食べに来たのぅ」
「あれは……私が振られて……」
「由美子ちゃんが振られて、祥子ちゃんが慰めに来たつもりやったんやなあ」
「……私は何もしとらん」
「祥子ちゃん、由美子ちゃんはなんも言っとらんざ」
「でも、でもや」
「青春やった、これは今も変わらんざ」
「……」
「……」
「いきなり二人で、焼きうどんを食べて、いきなり二人が、泣き出して、理由を聞いて、もらい泣きやったわ」
「……私と由美子は、小さい頃からいっしょやった。小中高や」
「……」
「あん時、連れて来たんは、私が悪かったからや」
「ちゃう、祥子悪うないって」
「年頃の娘やったんやなぁ、ガキ大将やったあんたらが、女になった……理由聞いて嬉しかったんやざ」
「いきなり、焼きうどん、食べたい……なんでかそん時は、思ったんや。だから由美子連れてきたんや」
「今でも……覚えとる」
「祥子ちゃんも、由美子ちゃんも、一人の同級生の男を好きになった。勉強出来て、運動神経抜群で、顔もええ……テレビの世界みたいやなあ」
「……祥子のうどん、上手そうや、もらうでの!」
「こら、由美子! 人のとんな!」
「アハハ、まだまだあるから、ええざ、ええざ……ええ時代やった。みんなが笑い、みんなが泣いた。便利でもなかった……けどええ時代やったって……ごめんのう、ワテは残れんかった。歯を食いしばれんかったんや」
「おばちゃん、違う!」
「ほや、祥子ちゃんの言うとおりやざ、おばちゃんいたから、今の私らあるんやざ」
「ほや、由美……子が、由美子ちゃんの言うとおりやざ」
「……ありがとうなあ、変わったわ町は変わってもた。けど、あんたらは……ううん、人間はかわらんことがあわかったざ」
「私は祥子ちゃんに、勝てんのや」
「何を言うとるんや!」
「早苗ちゃんとか、ええ子ばっか」
「亮ちゃんええ子やろ、それに他のも……」
「良かった、二人は何も変わってない。うれしいざ」
「おばちゃん……」
「さあ、二人共、はよ焼きうどん食べての、その後にお願いがあるんや」
「お願い?」
「ほや、由美子ちゃん、まずは完食しての。その後、お願いするでの」
《さくらい 店番》
「ありがとうごさいましたぁ」
なんやろ?
今日に限って、たくさんお客さん来るざ。
外は晴れやけど、まだまだ寒いって。
……オカン大丈夫やろか?
「早苗、北倉さんからや、迎えに来いやって! ついでに高塚さんの女将さんも乗せてけ! やって」
ばあちゃんが店に来たわ。
上手くいったんやろか?
「ただいま」
沙織の声やざ。
「ここは沙織にさせるで、はよ行け」
ばあちゃん……店番は沙織にさせるんか?
……まあ、ええわ
とにかく、どうなったか様子見せな。
行ってみっざ。




