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《あの日から二日後 さくらい 店番》
今日で一月も最後の週や、残りは二十日あまりやっての。
とは言え、あの日から、さくらい と高塚屋には壁が出来た。
私は……どうしょうもない奴やと思うわ
いつもこうや、詰めが甘いんやって。
私が浮かれて、楽をしたからこうなった。
「早苗、ちょっと」
ばあちゃんの声が、家中から聞こえてきたって。
私は店にお客さんの気配がないのを確認して、中へ入っていったんや。
《台所にて》
ばあちゃんは煮物を作ってたざ。
ちなみにオカンは、おらんざ。
駅前に憂さ晴らしらしいわ。
……全く!
「早苗、今日は何日か知っとるか?」
「えっ? 一月二十五日やざ」
「天神講やって」
「あっ!」
そうやったの。
天神講やって。
福井では一月二十五日に、学問の神様、菅原道真様にカレイをお供えしてそのお下がりを、みんなで食べる風習があるんや。
確か福井藩の殿様で、誰かが始めたらしいんやけど、私はあんま詳しくないざ。
ごめんの。
「と、言うわけで、スーパーてカレイ三匹ほど買うてきてくれんか?」
そう言って、レジバックと生活費の財布をくれたざ。
ばあちゃん、ハイカラな人やけど、こういうこともしっかり守ってるって。
「早苗が帰るまで、スマホで動画みとるでな」
「は?」
「小太郎様のライブ配信しとるんやわ」
ばあちゃん、煮物作ってるざ。
私が煮物を指差しすると、いきなり火を止めてスマホを開いたわ。
あらあら……はあ
「ほな、行ってきてな」
はいはい……
《台所 ばあちゃん》
「もしもし、早苗、スーパーに行ったでの」
「……」
「ほやなあ、祥子も由美子ちゃんも、あんな性格やで」
「……」
「ほや、二人共ええ子やざ。祥子も由美子ちゃんも、早苗が泣きつくやろから、後は頼んだざ」
「……」
「そや、ワテほまだ閉めんざ。小さくても、生き延びるわ」
「……」
「おおきにやざ! さてと……小太郎様や」
「……」
「あら、呆れて切ったわ! 小太郎様には勝てませんざあ……まかいたざ」
《スーパー 買物中》
今日はカレイの特売日やな、
いっぱい、焼いたカレイが並んどる。
三匹のカレイを摘む……うわあ、あったかあい!
このまますぐに食べたいわあ。
とくに沙織や。
一番、天神様にお祈り必要やしな。
「あら、早苗ちゃん」
ん? あっ!
「北倉のおばちゃん」
またまた会ったわ、北倉のおばちゃんからこのスーパーは結構あるのにや。
不思議や。
この前は、挨拶がてらやったらしいんや。
沢田のじいちゃんの後に、家に来たらしいんや。
私は……泣いとった
今回は……今回は……
「どうしたん?」
北倉のおばちゃんが、私の顔を覗くざ。
私は泣いとった。
理由はオカンと女将さんのことやった。
なんでやろ?
おばちゃんの顔見たら、いきなり込み上げて来たんやって。
「早苗ちゃん、ワテ、何かしたか?」
「ううん、おばちゃん悪ないざ」
私は泣きながら、首を横に振ったんや。
涙が飛んで、カレイの焼きモンについてもた。
「話してくれんか? 涙の訳んや」
優しく言われたって。
人気はあまりない。
まだタイムサービスには早い時間や。
それでも目が気になるから、涙を拭いたんや。
だって恥ずかしいし、おばちゃんに迷惑やもん。
「オカンと高塚屋の女将さんが、喧嘩になったんや。理由は羊羹のことやった。私は店には店の羊羹があることを知りながら、さくらい の羊羹を高塚屋に出したんやの。そしたら、女将さんが怒ったんや。けど、オカンはこれでいく何やって!」
また涙が零れ落ちた。
私は涙脆いんやっての。
変やの。
北倉のおばちゃんは、静かに頷いている。
「早苗ちゃんええ子やな、まるで……祥子ちゃんと由美子ちゃんみたいに」
おばちゃんが言うたわ。
……え?
私は涙の顔を、おばちゃんに向ける。
「早苗ちゃん、明日、お母さんを北倉の駄菓子屋に連れてきてや」
「え?」
「お母さん、ええ人や。心配しないでええざ」
優しいおばちゃんの笑顔が、なんか暖かいわ。
何やろ?
「早苗ちゃん、頼むざ」
「は、はい」
「アハハ……さてと、うどんの玉買わなあかんざ。四人分! アハハハハハ」
そう言っておばちゃんが背を向けたんや。
私はただ、呆然としとったんやって。
おばちゃん、何を始めるんや?




