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《沢田菓子屋にて》
沢田菓子屋には、駐車場と言う空間がないんや。
だから路上駐車が当たり前でな……
とは言っても、クルマは一台も止まっていざ。
理由は簡単……店が開いとらんって
玄関先には、簡単な書き置きが貼られとる。
今まで御贔屓に、ありがとうごさいました。
コレだけやったんや。
なんや?
……そうなんやな
訳わからん理解を、一人しとるざ。
沢田さんの周りは、昔の福井市そのままやった。
歴史の流れから、外れて残った町並みなんや。
よく市とか、県、場所によっては国の文化財指定みたいに、保護されて残った町並みとは違う場所での、言ってしまえば古臭い所や。
本当に時間の流れがここだけ可笑しいと、疑いたくなるくらいやざ。
忘れられた空間に沢田菓子屋だけは、忘れられない存在やった。
本当に……閉めたんやな
店は鍵がかかってる。
手を掛けて、戸を引いてみたから間違いない。
ガタガタ音をたてとるだけや。
年期の入った木製の枠が、田の字になっとって、その間にガラスがはめ込まれているんや。
右下のガラスは、少しひび割れしとる。
ガラスから中を見ると、小さな空間に、小さいテーブルがあったんや。
お一人様限定で、店の中で食べられる……そんな感じや
けど、品物は空やって。
いつもなら、ガラスケースには、何個かのお餅があるはずやのに……
帰るざ。
誰も……ん?
なんやろ……あっ!
「おっ、早苗ちゃん」
沢田さんやわ。
沢田のじいちゃんや! 家の中から登場してきたって。
じいちゃんが、鍵を開けてるってネジ式の鍵でや。
鍵がネジ状の棒になっとるモンで、先に渦巻きがあるや。
開いとる時は、戸にぶら下がってるんやざ。
じいちゃんが戸を開ける。
「どうしたんや?」
そう言われたわ。
まあ、ふつうはそうやな。
「近くまで配達やったんや、だからクルマで様子を見に来たんやって……本当に閉まったんや」
私は言うた。
「御時世やで、よう今まで古臭い所でぶら下がってたわ。でも、ぶら下がる体力がなくなったんや」
悲しげに、じいちゃんは言うたざ。
御時世……か
都合のええ言葉や。
けど、どうにもならん言葉やな。
「早苗ちゃん、中入りや。少し大福食べてってや」
「え?」
私は驚いたわ。
「餅が少しだけあるんやって。本当はみんなに配るつもりやったんやけど、この雪やで……食べきれんかったら、持って帰ってや。まあ、さくらいには余計なモンやと思うけど」
「ありがとうや、余計やないざ」
わーい!
じいちゃんの大福、食べられるざ。
さてと、店中に入るざ。
《沢田菓子 店内 テーブル席》
小さなテーブルの上には、年季の入ったヤカンと湯のみ、そして大福が三つあるんやって!
一つは、大福や。
白いお餅に、片栗粉が散らばったいつもの定番やって。
もう一つは、白いお餅に黒い豆が見えるっての。
つまり豆大福やの。
この二つは、沢田菓子屋の定番や!
定番なんやけど……最後の三つ目のお餅は、別皿になっとるんや
見た目は大福とかわらんのや
「この餅は、最後に食べてや。遊び心で久しぶりにこせたんやって」
じいちゃんが笑てるわ。
相変わらずの、個性的な笑顔やわ。
……あっ、そうそう、「こせる」「こさえる」は「つくる」の意味やで。
つまり方言やでの。
「いただきます!」
まずは大福や……アハハハハ、笑ってまうくらいに美味しいざ
餡はまず甘いんや。
凄く甘くて、しっかりした味や。
よく甘さ控えめってあるけど、思いきりソレを否定しとるんや。
粒餡で小豆の光沢が艶っぽいって。
餅は少し硬めで、餅の部分がとても厚いんやわ。
「大福は、餡を食べるんやない、餅を食べなあかんのや。今の大福は餅は疎かにして、餡だけ食わすんや。だがら中途半端な甘さになるんやって」
じいちゃんが語るわ。
なるほどや、大福は餡が主役ちゃう。
あくまでも、餅が主役や。
私は賛成やわ。
餅が不味かったら、餡も意味ない……
私は大福を頬張りながら、お茶を飲んだざ。
うわあ……やけに濃いお茶やなあ
「しっかりした大福には、しっかりしたお茶が合うやろ」
はい!
私は顔で示すわ。
さてと、次な豆大福!
……うわあ、やこい黒豆や
塩の効いた黒豆が、口の中でほぐれて餅と一つになったざ。
豆大福の餅は、比較的に柔らかいんや。
そして餡は、漉餡になっとるざ。
甘味は、大福より薄いんや。
とは言ってもや、塩味効いた黒豆が甘さを引き出しとるざ。
塩味から甘味を引き出すから、甘さ控えめにせんと甘過ぎてまうからや。
「餅は少し主役から、降板させたんや。そうでないと、餅と豆が囗中でケンカするんや」
なるほど、なるほど……美味しいざあ
幸せやあ。
私は二つの大福をやっつけたわ。
今は胃袋で、私の栄養になっとるんや。
さてと……別皿の三つ目や
「早苗ちゃん」
私が三つ目食べようとした時に、じいちゃんが言うたざ。
「コレはな、戦争が終わって、日本が負けて、物資ままならん時にウラのじいさんが作った大福や。戦争の復興で日本中が沸き立つ時に、福井はな一歩遅れをとったんや。始めに都会からやから仕方ないんやけどな……田舎やったから、食うにはたえられはしたけどな」
戦後……つらい時期かあ
私は正直、わからんざ。
わからんけど、わかる。
ごめんの、変な日本語で。
「早苗ちゃん、これは過去の、味や。けどこの先も使える信じとるんや?」
「え?」
「コレは、早苗ちゃんに食わすためにこしらえた、大福や。ここに早苗ちゃんが来んかったら、こっちから持ってくつもりやったんやって!」
え!
嘘やろ?
「困っとるんやろ、羊羹づくり! コレはウラの財産や。さあ食うてみ」
じいちゃんが、力強く言うたわ。
私は大福を、頬張った。
…………!
「じいちゃん、コレは!」
びっくりしたざ。
「昔はよう叩き売りしとってな……」
そこまで言うと、店中にじいちゃんが、入っていくんや。
そして黒いグロテスクな、ソレを持って来たんって。
えー!
ここまで、するんかあ。
「早苗ちゃん、コレな、腐っとらんのや。食べられるんやざ」
そう言うと、じいちゃんがソレを剥いてくれたんや。
中から発酵しとる甘さのフルーティーな匂いがするやって。
まず一口、じいちゃんが食べる。
毒味を兼ねてやろうな、そして私にくれたわ。
私はソレを食べた。
……!
「なんた、甘いんや!」
「そやろ! 甘いやろ! コレは癖があるかも知れん。けどな、このバナナの甘さは砂糖にも黒砂糖にもひけをとらんざ」
じいちゃんが、言うたざ。
わかったかあ!
じいちゃん、私にバナナの甘さを使った、大福を食べさせてくれたんや。
その大福が、別皿の三つ目やったんや。
「使えんか?」
じいちゃんが言うた。
私は即答した。
「ありがとうや、コレを使うざ。一つの羊羹の礎にするでの」
嬉しいざ。
涙が出そうや。
白羊羹の、甘さの礎が見つかったざ。
それはバナナや!
正直、クセはある。
けど、それを抑えながら、こぎ着けたるって!
「ええか、バナナは真っ黒になったモンを使うんやざ。それがこの甘さの基本やぞ!」
じいちゃんが、笑てるざ。
相変わらずの、変顔や。
けど頼もしい、変顔やった。
……よし、オカンに報告や
二つ目、決まったざ。




