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《帰宅》
「遅かったなぁ、何をしてたんや?」
オカンが眉をひそめてるって。
「……たまには、ええやん! 鯉のぼり見てたんや」
半分、本当を言うたわ。
半分は……めんどくなるから、黙っとこ。
「全く! 職場放棄やで」
「ごめんや」
ここは素直にや。
「……」
「どうしたん?」
「はよ、店番しいや」
オカン、いきなり静かになったわ。
まあ、変に詮索されるよりはましやで、ヨシとしとこう。
《夕方 ご飯時》
いつものように、スーパーの惣菜やって。
メニューは、筍の煮付け、白身魚のフライ、トンカツや。
テーブルには、いつもの顔ぶれ。
一人は県外にいるは、説明済みやな。
今日はいつもより、言葉数が少ないわ。
なんやろ?
牽制しとる感じやって。
そして沙織は、チラチラと私を見とるし。
オカズ狙とる……ことは無さそうやけど。
「早苗、男出来たんか?」
ばあちゃんのいきなりの一言に、飲みかけの味噌汁を吹いてもたって!
「あー汚いって、ねーちゃん」
沙織が眉をひそめて、オカズを両手でブロックしてるやん。
コイツ、失礼な。
「早苗、相手の勤め先は?」
オカンが目を光らせて、聞いてるって。
「どうしたん? 私、知らんざ」
みんなに、大きな声を出してもたって。
変なこと言うんやから、当たり前やな。
「早苗、あんたが素直に謝る時は、なんかあるんやって。今日、素直に謝ったやろ」
オカンが言うたわ。
なんかある……あるな。
鯉のぼりの男や。
確か……松浦 孝典さんやったっけ?
心臓が、激しく鼓動を打ち始めたわ。
顔が熱うなって来たって!
「何にもないわ! 変なこと考えんといてーや」
私はご飯を胃袋にかき込むと、部屋に戻ったわ。
もう!
「なんかあったなぁ、香奈や」
「はい、陽一郎さん」
「ねーちゃん、嘘つけんなぁ」
「早苗の良いところや、なあ祥子」
「相手は……ええとこの男やろうな!」
《部屋の中》
私の部屋は、いえの一番隅の日当たりが良くない部屋なんや。
少し前までは三姉妹がいっしょに、違う部屋やったんやけどオカン達がケジメと言う理由で、隅に追いやらたんやって。
一人の部屋を最初は喜んだけど、しばらくしたらどこか物足らんのに気付いたんや。
だから事あることに、沙織の部屋におじゃましているんやけど……今日は大人しく一人でいるわ。
沙織は結構なスピーカー娘やで、広まるのが怖いんやって。
「ねーちゃん、入っていいか?」
沙織の声や。
断る……止めた。
変に断ると、ますます変になりそうやわ。
「なんや、入ってええざ」
私は了解をしたわ。
沙織は、すげすげ入ってくる。
ニヤニヤしいなや!
しいなや! は、するな! のことやざ。
「ねーちゃん、居るんやろ?」
沙織、いきなりの言葉やって。
タレた目が、ますます下がっるわ。
「沙織、目がタレてなくなってまうざ」
私、真顔で言うたわ。
「あっ、失礼な! ネーチャン、目が大きく見開いてるざ。ネーチャンの目が開く時はいつも隠し事があるんやってのぅ」
……あのオカンに、この沙織や。
よう似とるわ。
私はこんなんではないざ!
「はいはい、部屋に帰った帰った!」
「ちょ、ネーチャン!」
言いたげな、沙織を追い出したわ。
今の沙織は、疲れるんや。
「早苗、風呂はいらんか?」
オトンの声や。
……ここは素直に、入っておこっと。
「わかった、入るわ。沙織、先に入るで」
私、部屋を出たって。
「早苗、風呂入っとるな」
「陽一郎さん、娘の風呂やで!」
「わかっとるわ」
「……沙織や、うまくいったか?」
「うん! ばあちゃん、早苗ねーちゃんのスマホ」
「ヨシ、ちょっと貸してな」
「お母さん、どうするんや」
「……よし、戻しといて、沙織、はい小遣い」
「ありがとう、返しとくでの」
《風呂上がり》
うーん、いいお風呂やったわ。
お風呂の実況はないざ!
疾しいことを考えたらあかんでな。
さて部屋に入って、髪を乾かすとしますわ。
……あれ?
スマホの位置が、少し違うような……
うーん、違和感があるんやけど……
まあ、気にせんとこか。
明日、松浦さんいるかな?
……行ってみよ。
また、変な詮索はイヤやけど、松浦さんが頭から離れられんのや。
あの優しい笑顔、哀愁感漂うオーラ……
アカンアカン、また顔が熱うなって来たって。
早よ、髪乾かさな。
明日が待ち遠しいって。