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《明け方 製造室》
製造室内は私と、オカンとばあちゃんがいる。
他の菓子は幾つか造り、後は店先に並べるだけや。
お菓子言うても、これは何回か言うてるけど、少しの量やって。さくらいが小さな菓子屋やもん。
私はいま水羊羹を作ってるんや。
水羊羹の材料は、餡、寒天、砂糖、黒砂糖、水、コレだけなんや。
添加物、防腐剤は一切使わんざ。
これは冬造る、福井の風土の賜物やな。
寒い日の羊羹は、日持ちするからや。
「小豆はよう潰しとかなアカンぞ」
ばあちゃんの、一言や。
わかっとるざ。
餡造さんが、さっきから大きな歌声あげとるわ。
ブーンブーンんや。
今日も順調やわ。
ガスコンロには、大きな鍋が静かに茹だっとるんや。
火の強さは、中火や。
鍋の中には、テングサ……つまり寒天が入った水が沸いとるんやっての。
ヘラを入れる。
程よい粘りや。
餡造さんがこねる茹で小豆は、完全に漉されたざ。
漉された餡を、鍋に入れる。
そして煮る。
いやちゃうわ、溶かすんや。
そう溶かすんや。
「ここ大事やぞ」
オカンが言うたわ。
私は頷いたわ。
オカン……いや、今は師匠や
餡を鍋に完全に溶かすと、砂糖と黒砂糖を入れる。
ここは店によって、色々配分がちゃうんや。
つまりこの配分が、その店の個性でもある。
さくらい の個性は、黒砂糖のコクを強めに出すんや。
口当たりが少しだけ、ワイルド? やと思うわ。
とは言え、味は福井の水羊羹や。
口当たりはええざ。
鍋の火を止める。
「オカン、お願いします」
オ……師匠に、鍋の片方を持って貰いコンロから離す、そして平台に鍋を置き近くにある羊羹型に羊羹の原形を流したって。
「暫く固まり待ちやな。さて、朝ご飯の支度してきいや」
師匠が言うた。
私はコクンと頷き、製造室から出て行ったんや。
《朝ご飯》
私の作った朝のメニュー、昨日の残りに味噌汁と、炊くだけ御飯や。
「ヤケに手抜きやな」
沙織が味噌汁飲みながら、言うたわ。
「沙織、あんたに今度は、作って貰うざ」
私は口を尖らせたわ。
コイツ、さっきまで「お布団、あったかーい」とか言いおってからに!
「私、作るんか?」
沙織が変な目の輝きや。
……止めとこ、なんか危険に思うわ
「早苗、お前の羊羹、少し持って来たざ」
ばあちゃんの声や。
オカンは家族分の、羊羹を持っとるわ。
お盆に羊羹の一口サイズがあるんやって。
さっきのやざ。
そや、一言いわなアカンの。
少し前に、羊羹の作り方をざーっと言ったやろ。
大雑把にな。
正直、心配になったんやって。
私は作り方、知らんと思われとるかも……ってや
だから解説やしながら、作ったんや。
まあこれでも、解説にならん言われたら、正直私の力量不足やざ。
「早苗、コクがあって美味いざ」
オトンが言った。
「うん」
沙織も目が垂れとるざ。
「合格やな」
オカンからも!
どうやら、羊羹はいいようやざ。
さてと……
「なあ、オカン」
私はこの前の話を振ったざ。
この前とは、和田さんとの話や。
「早苗、エキストラの心配はせんでええざ」
ばあちゃんがいうたざ。
「ほや、まずは羊羹やぞ。三種類やぞ。一つは前のがあるから、後二つやな。そっちの製作に早苗は集中やざ」
オカンが、続いて言ったわ。
……うん
確かにや、そっちのことはオカンに任せよう。
私は羊羹の製作やざ。
……ん?
「高塚屋さんは?」
「早苗に任すやって、亮くんは俺もと言ったらしいけど、今回は……ちゃうな、今回もアンタに託すらしいざ」
オカンが言うた。
また、丸投げなんか。
……まあ、ええわ
私、やってみたるって。
三種類の水羊羹、私はどう選ぶ?
カレンダーは一月の半ば辺りや、後約一カ月まできたわ。
時間はあるようで、ない。
さて、どうするんや私!
おわり




