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《大晦日 年越しそばを食べながら》
茶の間には、年越しそばがあるんや。
時間は夜の、ええ時間や。
ええ時間は、想像してな。
夕飯は控えめやった。
全ては、このためやざ。
「亮さん、そば食べてるんかなあ」
咲裕美が言うた。
二日前に、県外の大学から帰ってきたんや。
「咲裕美姉ちゃん、亮さんばっかりやな」
沙織がそばを啜りながら、言うた。
「そや、亮さん、早苗姉ちゃん諦めたんやで」
……はい?
「早苗姉ちゃん、ありがとうや」
咲裕美が頭を下げるわ。
???
訳わからんざ。
「早苗、はよ、そば食べや」
オカンがそばを進めるざ。
そばは、かけそばあり、月見そばあり、天ぷらそばあり……
私はエビ天が入っているそばやざ。
まあ、私、咲裕美、沙織がコレやわ。
月見そばはオカンで、後はかけそばやざ。
福井はそばが、盛んに食べられるんや。
日本の都道府県を、「そば」と「うどん」と「ラーメン」でどれを一番食べてるかを統計とったとして、福井は間違いなく「そば」なんやざ。
それもかなり食べられてるんや。
確か福井はそばの食べる量や、店舗数はかなり上位やったはずやけど……忘れたわ
それにしても、そば美味しいわぁ。
みんなも茶の間に集まって、舌鼓やざ。
ええ時間やなあ。
《除夜の鐘の少し前》
男達は、紅白歌合戦見とるわ。
つまらないな……と、言いつつテレビに釘付けやって。
女達は……これからを話しているんや
つまり、羊羹対決のことや。
「早苗、大名閣は少し大人しくなったわ」
オカンが言うた。
確かにや……
けど、何でや?
……ん? 沙織が私見て、笑てるわ。
「早苗姉ちゃん、怖い女」
沙織が言うた。
するとドッと、オカンとばあちゃんが笑たざ。
咲裕美は私と同じく、目をまん丸くしているわ。
「とにかくや、早苗、お前の発想力には、脱帽や」
オカンが言うたわ。
「そやそや」
咲裕美がそう言って、頷いてるわ。
「咲裕美なあ、アンタは見栄張る、泣きつく、私がどれだけ、ひどい目に会うかわかるんか? 夏菓子フェアーの時も、出来もせんのに大口叩いて!」
私は激しく言うたわ。
咲裕美は頭を下げながら舌出して、苦笑いしとるわ。
とは言っても、反省はしとるようには見えん。
全く……
「早苗、あれはあれや」
ばあちゃんが言うた。
「けど、あれから大名閣に目付けられたざ」
「早苗、それはちゃうざ」
オカンが言うた。
「確かにあれで目は付けられた。けど、違う方法で大名閣に勝ったとしたら、目を付けられるのはおんなじや。正直、今の大名閣は落ち目やって。先代の遺産を今の店主は食いつぶしとる。早苗はその大名閣に、ある意味、一石を投じたんや」
オカンが言うた。
少しひっかかる……
「オカン、私が大名閣に負けることを、考えてないんか? 今の言い方は、どちらにせよ勝った言い方やって」
「早苗、私はどうあがいても、大名閣が早苗に勝つなんて、思えんのや。確かに大名閣は手ごわいざ! けど、アイツらには発想力って言うか……先を見通せんのや」
オカンが力強く言うたんや。
オカン、私を買い被り過ぎやざ。
私は手前にある厄介事を片付けるだけで、大変やったんやざ。
そんな私に、先を見通せる目があるなんて、買い被りもいいとこや。
「オカン、とにかくや……正月明けたら羊羹を試作やざ」
私は言うた。
オカンと、ばあちゃんは、頷いて笑てる。
確か一月上旬には、対決方法がわかる。
それに向けて、少し手を打っとかなあかんでの。
ゴーン
ゴーン
近くの寺が、除夜の鐘を突いとる。
私は部屋の時計を見たわ。
零時は過ぎた。
新しい年や!
新年が始まったざ。
「みんな、あけましたざ! おめでとうございます。今年も良い年でありますように!」
オカンが言うたわ。
何気に、仕切りながら……
「おめでとさん」
「おめでと」
「オカン、おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
みんなが、口々に言うとる。
あら、出遅れたわ。
「みんな、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします……やって」
私も言うた。
みんなが、ニコニコと頷いて笑てる。
アハハハ……
また、一年が始まったざ。
私、頑張るざ。
前編おわり




