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《クリスマスイブ 午前中》
十二月二十四日、クリスマスイブ……それがどうしたんや?
和菓子には関係ない日やざ。
あんたら、いくつ宗教持っとんやて!
「早苗、日本人の年末年始は、キリストから始まって、お寺さんになって、年が明けたら神道になるんやぞ」
じいちゃん、口を挟むなや!
私は、睨んだった。
ただでさえ、羊羹用小豆を止められたんや。
かれこれ、一週間やって。
一週間、羊羹が作れんのや。
これは福井の和菓子屋には、致命傷やって。
「不幸中の幸いは、羊羹だけの小豆を止められたことや。朝方に他を作ったやろ」
オカンがお茶飲みながら言うたわ。
……なんや?
この余裕綽々なんは。
ばあちゃんも、スマホいじっとるし……
リーン
リーン
ん?
スマホ鳴っとるわ。
あっ、幸隆や……もう
「はい、もしもし……え? 午後二時に松浦商事本社駐車場にイチゴ大福を配達してくれ? あんたなぁ」
「……」
「ちょっ、おい! 切ってもたって!」
何なんやって!
「早苗、幸隆君に配達やぞ」
オカンが、アラレ食べながら言とるざ。
……はいはい
はあー
《お昼過ぎ 沙織とオカン》
「姉ちゃん、幸隆さんとこ行ったんか?」
「沙織、行ったざ」
「オカン……連クン使わんといて」
「あら、あんたが連クンに、言ってくれたんやろ? 桜井が泣いて困ってますう、とか言ってな」
「策士やなあ、オカン、そして連クンのお父さんに……」
「そや! 礼二様」
「……ツッコミ所満載や、オカン」
「まあ、見ものやな。確か大名閣の、店主がぁ……」
「本当に、オカンの策士!」
《松浦商事本社駐車場 午後二時時》
外は曇り空や。
鉛色の重そうな雲が、私の頭の上にいる……そんな感じや
年末は雪が降らんとは言っとるけど、本当なんやろか?
私はクルマから降りると、イチゴ大福を手にした。
数はたくさんあるけど、オカンからお代は、貰うなって言われたんや。
なんでや? そう聞いたら、「幸隆が好い奴やでや」なんて言うとったんやて。
どういう意味や?
「おーい、早苗!」
幸隆のアホ声や。
相変わらずのアホ声やなあ。
目尻下がりながら、私は言うとる。
たれ目の沙織になるから、シャキッとしよう。
「なんや? いきなり、今日は仕事でクリスマスイブはないんやろ」
私は、言うたざ。
まあクリスマスイブは宗教が……やめとこ、説得力がないやん
「早苗、クリスマスのプレゼント欲しくなったんや」
「は? プレゼント?」
「そや、今は人はおらんぞ」
は? 人がおらん?
すると幸隆が強引に私を引っ張ったんや。
ビックリして私、幸隆の胸に飛び込むようになったわ。
「ちょっ、幸……」
いきなり幸隆が、私の唇をふさいだ。
つまり……駐車場で……クリスマスイブのプレゼントは……
しばらく幸隆の舌を楽しんだ。
幸隆の唇が、私の唇から放れると、私はイチゴ大福を渡したんや。
「ごめんな、もっといいプレゼントなくて」
「ううん……バカやざ。誰も見とらんかったやろな」
「もちろん、駐車場には俺と早苗だけや」
駐車場には数台のクルマがあった。
ほぼ満車やわ。
来客用駐車場には……高そうな黒光りの外車があるわ!
取引先やろか?
ナンバープレートは、福井ナンバーなんやけどなあ。
「ほな、さいならやざ。クリスマスイブの埋め合わせは、後日やざ」
幸隆がそう言って会社に戻るんや。
私はしばらく立ちすくんでるけど……帰ろっと!
《会社に戻った幸隆が一言》
「兄さん同行出来んかったけど、後は頼んざ」
《応接室にて》
「社長、ありがとうございます」
「いえいえ、篠原さん」
「クリスマスイブでも、私らは関係ないですねぇ……とは言っても、大名閣は洋菓子も始めましたけど」
「売れてますか?」
「なかなかですざ、四十九日の菓子は大名閣に!任せてください」
「わかりましたざ……おや、篠原さん、駐車場を見てください」
「はい? ……あっ、キスしたわ! ……ん! あの女は!」
「知ってるんですか?」
「下品な奴やって、こんな場所で! 男もバカに違いないざ、第一こんな目立つ場所でアホやろ」
「そのアホやけど、松浦家の末っ子やざ」
「へ? まさか!」
「篠原さん、そやざ。幸隆や、桜井さんの長女とええ仲でな。ゆくゆくは、結婚したいと言うとったわ」
「え! けっ……結婚!」
「あの二人は、正々堂々とぶつかり認め合った仲やざ」
「正々堂々……ですか……」
「そや、篠原さん、大名閣も何事にも正々堂々やざ! 変なことはなしやざ……と、しときましょう。篠原さんがそんなことするなんてないやろから」
「……」
「それにしても、こんな場所でキスとは……若いってええですざ」
「……」
《夕方》
「早苗、明日、小豆くるざ」
「へ?」
オカンがいきなり言うたわ。
「さっきの電話なあ、小豆屋が都合ついたとかで、かけてきおったんやわ」
オカンが上機嫌や。
「早苗、最高のクリスマスプレゼントやざ……ありがとうや」
オカンが優しく言うたわ。
???
私、何かしたんか?




