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《市役所 じいちゃんと、用事に》
午前中の店番が終わり、じいちゃんと市役所に来ているんや。
外は雪が舞っとるわ。
今年の冬は、早いって。
いつもはじいちゃん一人で来るんやけど、生憎クルマが車検しとるんやわ。
そして運悪く、代車もなかったんやって。
だからお供しとるんや。
「簡単に用事してくるでな」
そう言って、じいちゃんを待つこと数十分……
なにしとるんやぁ?
一人ロビーに座っているんやって。
福井市役所のロビーは、そうは大きくないんや。
でも人は多いんや。
建て替えしたいらしいけど、お金が出んらしいってじいちゃんが言っとったわ。
貧乏なんやなぁ……って、言うたら、「御時世なんや」って言われたざ。
意味不明や。
あーあー、待つのはつまらんなあ。
じいちゃんはよ来てや。
「おう、桜井」
ん? 私を呼ぶ声がするんや。
そこを見ると……篠原がいたって!
篠原……大名閣のアイツやざ。
それでいて、孝典さんの通夜であったアイツでもあるんや。
「あんたなぁ……」
「わかっとるわ」
篠原が視線を逸らして言うたんや。
とは言っても、なんかチラチラと視線は感じるけどな。
「家のオトンな、この前のイベントの借りを返したい! の一点張りなんや」
「は? 借り? 私ら西地区に負けたんが、気に入らんのはわかるけど、借りを作ったことはないざ」
私は突っかかったわ。
だって、そうやろ?
篠原は何も言わず、静かに聞いているんや。
……コイツ、専門学校から変わらんやっちゃ
筋のあるいいヤツやけど、今回だけは許さんわ。
「貴史、早よ来いや!」
ん? なんや向こうから、声がしたわ。
あっ、じいちゃんや。
それに、篠原を呼んだオッサンや。
二人がどこか、和気あいあいとしとる。
けどどこか……? やわ
上手く説明つかんけど、なんやろ?
「桜井、じゃあな! オジんとこ行くわ。一応やけど偉いポストにいるんや」
そう言うと、そそくさと走り出したざ。
なんか自慢しとったような……えっ!
まさか! 副議長さん
そや、思い出したざ。
……じいちゃん、そんな副議長と話してたみたいやなぁ
何を話しとったんや?
《夕方 桜井家 茶の間》
「本当なんかぁ」
私はビックリしたわ。
実はじいちゃんの家は、大名閣に従兄弟がいるらしいんやって。
「ちょっと遠いんや。とは言ってもアイツとはよう話しとる。今回のこと、アレはアレでコレはコレらしいんや」
「は?」
口を出したんは、オカンや。
茶の間には、家族みんながいた。
みんなで、お茶飲みながらお菓子食べとるんや。
因みにお茶菓子は、煎餅やって。
沙織がボリバリと、煎餅を噛み砕いてるわ。
「つまり、勝負に手は抜かんらしいんや」
じいちゃんが言うたわ。
「つまり、副議長さんも対決姿勢なんやな」
「まあ、アイツは勝負ごと好きやからなあ」
じいちゃん、ため息付きながら、お茶を飲んどった。
外は荒れとる。
さっきから、裏口や窓に冷たい風がバンバンと叩いてる。
家族はみんな、その音を聞きながら、話をしとったんや。
「祥子、この勝負、勝てや!」
いきなりじいちゃんが言うたわ。
珍しいなあ、じいちゃんは硬い人やのに。
「わかってますざ!」
オカンも深く頷いたわ。
つまり……もう後に退けんのや
そこまで、私らは行ってもたんやなぁ。
けど……どこか冷めた視線の、私がいるんや
お菓子に闘いなんて……
外の冷たい風は、容赦なく家の窓を叩いるわ。
なんだが……私……
ううん、ちゃうわ!
ここは勝たないとアカンのや。
だって、売られたんや!
そして、買ったんやで!
後戻りは、出来んのや。
《夜 布団の中》
明日も寒いやろな。
製造室はこの時期、一番冷えてくる。
今日も冷たかったわ。
けど、楽しかった。
お菓子づくりは、楽しいんや。
楽しいから、辛くない。
そう、辛くないんや。
……止めや、止めや
考えずに寝るわ。
今は眠って、明日を考えよう。
そう、羊羹対決のことは!




