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はい、お菓子やざぁ  作者: クレヨン
三月終わり
6/120

6

 《午前中 納品》


 今、私はあのビルの、エレベーターにおる。

 クルマから台車取り出し、お菓子をのせてんね。

 今回は量が結構あるから、台車を今回使ってるんやわ。


 エレベーターを降りる、廊下の突き当たり、つまり階の奥あたりにドアがあり、○○商事福井支店とあったわ。

 思ったよりも、ごじんまりしとるなぁ。

 さてと!

 ここはお節介にや。


 「すみません、和田さんいらっしゃいますか? さくらい菓子店です」  

 ドアを開けるなり、大きな声で言ったわ。

 部屋の中は、思った通りに小さな空間や。

 デスクワークの机が六つサイコロの六みたいに引っ付いてならべてあり、少しはなれた奥の真ん中に少し立派なデスクがあり、その横の日当たりの良いところに来客用の簡単なソファーがってなぁ。

 働いてる人が三人いるわ。

 おばちゃん、おっさん、そして和田さんや。

 ついでに、その奥にドアがあるわ。

 おそらく、一番の偉い人はあん中やろう。

 和田さんは、奥の偉いデスクで書類のチェック中やったみたいやな。

 「えっ、確か今日は休みとなってませんでしたか?」

 和田さんの驚いてる。

 「はい、しかし今日が期限でしたでしょ? それなら期限優先ですわ。仕事が大事です」

 私は言うたわ。

 和田さん、三日後言うたやんけ!

 まさか、休みも入れて三日後やったんか?

 「まあ、課長さん、持って来たんやで素直に貰いましょうやん」

 おばちゃんは、笑いながら言うたって。

 なんか、嗅覚鋭そうや。

 「梅田さん、席座って下さい。わかりました、いただきます。で、お菓子は?」

 私は台車にあるお菓子の箱を、来客用のソファーに置いたよ。

 箱は二つあり、一種類づつ入っているんや。

 まずは、一つ目や。

 風呂敷を解く、白厚紙の大きな箱が見えた。

 その箱を開けると……

 「わあ、桜餅やわ!」

 おばちゃんは、言ったわ。

 そう米の粒がしっかりと残った、桜色の餅に塩漬けされていた桜の葉を巻いた桜餅が現れたんや。

 「おっ、季節がら良いもん選ぶのう、課長さん。ねーちゃん、この米粒はコシヒカリやろ?」

 おっさん、ニタニタしながら言うたわ。

 おそらく、飲み会をお開きにしたのはこのおっさん? やろかな。

 和田さんを見ると、不思議そうにしているわ。

 まあ、和田さんには見慣れない桜餅やでね。

 ……さてと!

 「和田さん、もう一つあります」

 私は、笑顔で言うたって。

 台車のもう一つの風呂敷を解くと、同じような箱が現れて……開けたんや!

 そこには、クレープを一口サイズよりほんの少しだけ大きな桜色の生地を、餡に挟んで二つ折にして桜の葉を引っ付けた……桜餅を見せたんや。

 「あっ、桜餅ですね。私、大好物でして」

 和田さん、笑たわ。

 「は? 何ですかこれ、桜餅の洋風かあ?」

 おっさん、人相悪して言うわ。

 「失礼な、これは列記とした桜餅です! 私の生まれ育った下町にはこの桜餅を売る店がたくさんありました」

 和田さん、ハッキリ言うたわ。

 これ、俗に言う、江戸っ子かあ?

 「そっちこそ、何なんです? その、桜餅みたいな物は!」

 和田さん、否定するなあ。

 さてと……

 「和田さん、福井で食べられてる桜餅と、都会で食べられてる桜餅、種類が違うって知ってますか?」

 私、言うたった。

 和田さん、え? てな顔や。

 ちなみに、勤めてるおばちゃん、おっさんもびっくりして私を見てるって。

 「和田さん、あなたの食べてる桜餅、これは『長命寺』桜餅というんや」

 「長命寺?」

 「はい、それに対し福井で食べられてる桜餅、これは『道明寺』って言うんやで」

 「……つまり、桜餅は二つの種類があるんですね」

 和田さん、言ったわ。

 そして、続けざまに……

 「しかし、何故、自分の知っている桜餅とはまるで違います。どうして、こうなったんですか?」

 和田さんは言うたって。

 「わかりません! ……ですが、桜餅の原点は長命寺なんやざ」

 「本当ですか?」

 和田さん、勝ち誇ったような大声や。

 おばちゃん、おっさん、ほんとかぁ? て顔しているわ。

 「……と、言うか長命寺桜餅の出所がハッキリしているからなんや」

 「でところ……ですか」

 「隅田川の周辺にあったお寺で、長命寺っていうのがありました。

 そのお寺の寺男が、境内に散った落ち葉に勿体ないと思ったんやて。そして、ある日その落ち葉を拾って塩漬けにしたんやざ」

 おばちゃんがお茶を置いてくれたわ。  

 私は、おばちゃんを見る。

 「まっ、飲みねの。話長くなりそうやで!」

 ありがとう、おばちゃん!

 さて、続けますよ。

 「桜の葉を塩漬けにした理由ですが、これは寺男が柏餅みたいにならないか? と考えたみたいなんやわ。つまり、桜餅は柏餅より後に出来たもの何やけど、その話は今回置いておくの。話が逸れすぎるで」

 一口お茶を飲んで……美味しいわ!

 「そして、当時の江戸では上新粉……お米の粉を水で練って今でも言うところの、クレープ状にしたんや。そして、餡を入れて風味付けに桜の葉を巻いたんや。

 家の長命寺桜餅も、それに沿って作りましたんやよ」

 ここまで、私が話すと和田さんは働いてる二人に、長命寺桜餅を薦めてるわ。

 二人は変な顔をしながら、一口口に入れてる。

 不思議そうな、おばちゃんとおっさんの顔に、どこか「へえー」って感じの顔があるわ。

 「歯ごたえは違うの。でも、味は桜餅やの」

 「ウラ、初めてやわ。こんな桜餅」

 二人の反応は、不思議そうや。

 けど、桜餅は実感しているみたいや。

 「……で、こちらの桜餅は?」

 和田さんが言うたわ。

 「道明寺桜餅です。福井で桜餅と言ったら、コレなんや」

 「道明寺……ここが、アレンジしたんですね」

 和田さんが、なんか勝ち誇ってるわ。

 「おい、課長!」

 おっさん、目がつり上がったって。

 この人も、福井人やなあ……でなかったわ。

 「うーん、違うと思います。いや、そうかも知れません。

 つまり、道明寺桜餅の出所は、わからんのです」

 「えっ、わからない!」

 和田さんの顔が変わったわ。

 「道明寺はお寺から由来は来てません。……いいえ来てはいるんです。来てはいるんですが、長命寺よりは直接的ではありません。

 まず、この粒の残っている餅米ですが、この餅米には名前があります」

 「どんな名前ですか?」

 和田さんが、乗り出す様に聞いてきたって。

 興味ありありやな。

 「道明寺粉です。つまり、道明寺粉を桜餅にしたんやって」

 「は?」

 「道明寺粉は元々、干し米やったんや。道明寺というお寺、確か大阪の藤井寺辺りにあるお寺が保存色のために作ったものなんや……

 つまり、始めから桜餅の餅ではなかったんやざ。それがいつか、桜餅の大事な物になったんやわ。

 私らの食べられてる、桜餅は歴史がハッキリしとらんのや」

 「桜餅……なんだか深いですね」

 和田さん、どこかしんみりしとるわ。

 私は和田さんに、道明寺桜餅を薦めたわ。

 和田さん少し顔をしかめたけど、箱から一個出して食べ始めたわ。

 どうや?

 なんか、私が一番気になるって。

 「餡ないおはぎみたいな、それでいて、桜の風味、程よい甘さ……なるほどです」

 どこか顔が、ほころんでる。

 何か、感じたようや!

 「どうして、私が桜餅を二つ、選んだかわかりますか?」

 和田さんの目が少し変わった。

 少し睨んでるわ。

 でも、ええ男やわぁ……じゃないって!

 「和田さん、桜餅は二つあります。長命寺と道明寺や。作り方も違うし、材料も少し違う、だけど味は桜餅なんやって!」

 「つまり、それは……」

 「都会の人やろが、地元民やろが、同じ人間やってことですんや。多少の好き嫌いはありますが、いっしょなんやっての。

 だから、いろいろなギクシャクはあったかもしれん、私は会社の人間関係はよくわからんけど! 同じ人間なんや! 嫌いにならんといてや。悲しいやん! 福井の生活を否定せんといてな」

 和田さんが、「すぐに帰りたい」と言ったその言葉が、まだ私の頭から離れんかったんや。

 和田さんが! 福井の人が! そんなん関係ないんや。

 ただ、帰りたい! 和田さんのこの言葉に、私は改めて欲しかったんや。

 そしてその言葉の根っ子にあるものは、……福井嫌いを否定させたかったんやって。

 このお菓子が、桜餅が、和田さんの考えに一石を投じる……そう思いたいんや。

 「最後に、はい、桜餅やざぁ。和田さん、失礼しますでの」

 そう言うと、私は和田さんに背を向けて部屋を出て行ったんや。


 《夕方 ご飯時》


 夕飯は手料理が並んでるわ。

 一週間に一回の、手料理の日は店が休みの日やって。

 きょうの献立は……カレーライスやって。

 うーん、何なんやこの不思議な感覚は。

 「おっ、辛口で美味い美味い」

 オトンが喜んで食べとるわ。 

 「なかなか、上手いわ」

 じいちゃんも、美味しそうに食べとる。

 視線を感じる……沙織やわ。

 目がなんか言ってる。

 私も、目で返すわ。

 私と沙樹が、同時にため息を吐くって。

 「あら、早苗、沙織、口に合わんかったか?」

 オカンが言うたわ。

 「別に!」

 「うん、気にせんといて!」

 私ら姉妹、変なんかなあ。

 「ところで、菓子どうやった」

 ばあちゃんが言うたって。

 「美味しい、そうは言ってたわ」

 「置いて帰らんかったんか?」

 「二つの桜餅の説明をしたんやって!作った店のもんが説明するのが普通やろ?」

 「お節介やなあ」

 オカン、笑てるって。

 うるさいわ!

 「まあ、上手く行ったんやで、良かったんやざ」 ばあちゃんが言うた。

 確かにや、うまく言った……そう思うわ。

 


 ピンポーン



 あれ?

 玄関のチャイムがなったわ。

 「早苗ねえちゃん、お願いや」

 「沙織 !あん……」

 「早苗、行っていで」

 沙樹とオカン、ハイハイ……


 《玄関》


 「はーい」

 私は玄関を開けると、そこには……

 「すみません」

 「和田さん! 何ですか?」

 びっくりやわ。

 「はい、風呂敷をお返しにきました」

 和田さん、律儀に風呂敷を綺麗に折って返しにきたんやって。

 「別にええのに」

 「いいえ、これは礼儀ですから。それに、お礼忘れましたし……」

 ん?

 何か気配がする。

 「ちょっと待って待ってて」

 私は静かに足跡を消しながら、後ろに下がり、台所に行ってるんやわ。料理作る場所であり、ご飯食べる場所や。

 玄関から台所はほぼ一直線で、ドアが在るんやけど……そのドアを一気に開けたんやって!

 ……やっぱり

 オカン、ばあちゃん、沙織、オトン、じいちゃん、みんなが耳を澄ましていたわ。

 和田さんそれを見て、「アハハハ」と大笑いしとるって!

 みんなが苦笑いしながらテーブルに戻ると、私はドアを警戒のため開けたままにして、玄関に戻ったわ。

 「堪忍やざ、ごめんのぅ」

 「いいえ、私の方こそごめんさない。笑いまして……」

 和田さんまだ目が笑てる。

 この前の目と大違いや。

 なんやろ? 

 「和田さん、都会には帰られますん?」

 「……残留になりました」

 「え?」

 「昨年の夏に、大きな仕事しまして『それがお前でないと動かせない』と本社通達がありました。ですから、今回はいつまで居るかわからんのです」

 和田さん、どこか寂しそうや。

 せっかく帰られると思った矢先に、はいまたお願いなんてな。

 「私も早とちりしました。今までこんなことは無いそうなんで……私もと思ってまして」

 左指の指輪が、目立つなあ。

 しばらく単身赴任なんかなぁ。

 ……よし!

 「奥さんや、子供さんは、どうしますん?」

 きゃー、聞いてもたって!

 ちなみに、福井の方言で「ん?」って感じて疑問符をつける場合があるんやわ。

 「……ここに呼びます。子供はまだ小さいですし、何よりも子育てしやすい町ですから。先ほどスマホで言いました。本人困ってましたけど、最後は信じますと言ってくれて……」

 あーあー、デレデレや。

 なんか、羨ましいわぁ。

 私も早よ良い人探さないと……

 「最後に、良いですか?」

 「はい」

 「郷に入れば郷に従えです。ここも、悪くはないですから」

 そう言うと和田さんは一礼して家を後にしたんや。

 悪くない……か。

 一歩前進やぁ!



 私はカレーライスの続きを食べとるわ。

 「残念やな」

 オカンは変な顔しとる。

 「何がやの?」

 「カモフラージュの指輪でないのが」

 ……やっはりや。

 聞いて損したわ。

 「早苗!」

 ばあちゃんが声をかけたわ。

 「早苗、早よ良い婿さん貰いや、このままやったら姉妹二人に負けてまうで」

 「早苗、花の命は短いんやざ」

 「うるさいわー」

 アハハハ……そんな雑談で今日が終わってく。

 また、明日は明日の物語があるんや。

 桜井 早苗 明日も頑張るでの!

 


                   終わり

 



 

 

 

 

 


 

 

 


 

 

 

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