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はい、お菓子やざぁ  作者: クレヨン
十月下旬から十一月
57/120

57

 《夕方 葬儀会館》


 会場は葬儀会館やった。

 あれだけ、大きな屋敷でも会館を使うんなあ。

 秋の夕方は、すぐに真っ暗になる。

 朝がいきなり夜になっとる感じやって。

 近い駐車場は、一杯やった。

 だから少し離れた仮設駐車場に、私はクルマを止めたんや。

 クルマはオトンのを借りたわ。

 店のクルマは、こんな時は使えんやろ。

 喪服も久々やなぁ。

 喪服は着ないに限るんや。

 この服が活躍するのは、不幸だからもん。

 「あっ、久しぶりです」

 ん? 声の方向に振り向くと、あっ! 和田さんや!

 黒の背広姿が決まっとるわ。

 とは言え、あまり嬉しくはないやろな。

 「決まってますね! 格好ええわ」

 私が言うた。

 「お悔やみに似合ってもです」

 少し恐縮しとるわ。

 当たり前やな。

 物騒な世の中やから、和田さんと二人で歩いたざ。会館から、距離的に少し遠いわ。

 「孝典さんでしたね。逝かれたのは」

 何人かの、参列者が同じように歩いとる。

 電柱の灯りに、その人らを見ていた時に和田さんが言うたんわ。

 「はい、実は……付き合ってました」

 私は言うたわ。

 隠さずにや、隠しても仕方ないし……

 「そう、ですか……」

 ん? 和田さんの歯切れが悪いんや。

 顔を見ると、なんとも言えん顔しとるざ。

 「あの、和田さん、孝典さんのことなんか知ってますか?」

 単刀直入に聞いたざ。

 「はい、私の知っていることは、松浦 孝典は女好きで仕事もロクにしなかった穀潰しらしいです」

 和田さん、言うたわ。

 ……え?

 「それが病気になってからは、付き合っていた女らと縁は切ったらしいです。治したらまた、遊ぶとか言ってたようですよ」

 ……はい?

 え、え? 

 う、嘘や!

 つまり……宮本さんの別れた奥さんが言うてたことも、満更当たっていたんか?

 私は宮本さんが、嘘を言わしとる! と思ったんや。

 幸隆に振り向かせるためにや!

 「双子の弟さんが、良い人なのに!」

 和田が続けて、言うた。

 ……あっ

 不思議や孝典さんのことが、どうでも良くなったざ。

 なんでや?

 私……薄情な女やろか?

 まあ……止めとくわ。

 だって、孝典さんはもうおらんのや。

 人が大分増えて来たわ。

 「さて、着いたようです」

 和田さんが、言うたわ。

 会館は大きい建物やった。

 福井では一番大きい建物やろ!

 さてと、中に入るざ。

 中も広いわ。

 広いロビーに、たくさんの弔問する人で溢れかえっておるわ。

 通夜が行われとる会場前には受付があったわ。

 受付には会社の人がたくさん、受付のお仕事しとるわ。

 近所の人は、仕事してなさそうや。

 「隣三件両隣」は、今回はないんやろか?

 え? 何やソレって?

 今回は説明せんでな。

 コレは常識や!

 「おう、桜井のねーちゃん!」

 荒井さんの声やざ。

 私にブルーベリーくれた人や、孝典さんのガード役やった人でもあるんや。

 ちなみに、優衣はおらん。

 お腹の子供のこと考えてや。

 「御焼香と、手を合わせに来ました」

 そう言うと、香典を渡したんや。

 「お疲れ様」

 そう言うと、返しを貰った。

 会場は大きく開かれていて、中でお焼香をしている人で一杯やわ。

 坊さんがお経を上げとる。

 綺麗な声で、お経を読んどるって。

 そんな中、家族がみんな立ち上がり、弔問する人に一人づつ頭を下げているんや。

 長男さん、お母さん、次男さん、幸隆、これくらいやな知っとる顔は、次男さんは声をかけてもろたことないからギリギリやけど……

 その他、たくさんの家族と親族がいる。

 これだけでも、大きいってわかるわぁ。

 「はよ、入って御焼香願います」

 荒井さんが言うたわ。

 確かにや、行こう。

 

 並んどる家族に一礼する。

 みんなが、無言で頭を下げてくれたわ。

 幸隆が気づいてくれた。

 しかし、顔は節目がちや。

 当然やけど、見たくない顔やざ。

 場所が悪過ぎや。

 御焼香をして、手を合せ目を閉じる。

 目を開けて視線を上げると、そこには孝典さんが無言で私を見ていたんや。

 初めて出会った時の顔にどこか似とるんや、その無言の孝典さんを見て……急に涙が落ちたんや。

 病院でも泣かんかった私が、無愛想な顔写真一枚にどこか胸にこみ上げて来たんや。

 私は涙を見せないように下を向き、もう一度家族に一礼して早足で会場を出たんや。

 このあと若い女性が何人かいたけど、どうでも良かった。

 昔のクラスメートやろ!

 そう思うことにしよ。


 会場を後にする。

 和田さんと、はぐれたみたいや。  

 まあ、帰りまでは言っとらんから、仕方ないわ。

 それに人も多いし、寂しくはないやろ。

 「おい!」

 ん? 

 「おい! 桜井!」

 え? 誰や! 

 私は振り向いたわ。

 そこには優男が礼服着ていたわ。

 ん? ん? 

 ……あっ!

 「あんた、篠原やん」

 私は大きな声を出したわ。

 篠原の家は私の家とはある意味、商売敵なんやって。

 どうしてって?

 こいつとは、小学校と金沢の専門学校でいっしょやった。

 確か菓子職人として、家を継ぐらしいざ。

 篠原の家は、代々福井の殿様から可愛いがられていたらしいんや。

 福井では一番大きい和菓子屋なんや。

 一度、七月に少し言うたはずやな。

 「大名閣」を!

 確かそこの次男やざ。

 「久しぶりやなあ。どうし……」

 「すまん! 家のどうしょうもない親父が、お前らにアホしてもて!」

 「え……」

 篠原が深く、頭を下げてるんや。

 会館に行く人、帰る人、みんなが篠原と私を見ていたんや。

 この時や……

 桜井の和菓子屋に、とんでもない危機が迫っていたことをや。

 それを知らん私は、この時はただ、コイツを見ていただけやった。


                

 

 


 


 



 

 


 


 

 

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