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《夕方 葬儀会館》
会場は葬儀会館やった。
あれだけ、大きな屋敷でも会館を使うんなあ。
秋の夕方は、すぐに真っ暗になる。
朝がいきなり夜になっとる感じやって。
近い駐車場は、一杯やった。
だから少し離れた仮設駐車場に、私はクルマを止めたんや。
クルマはオトンのを借りたわ。
店のクルマは、こんな時は使えんやろ。
喪服も久々やなぁ。
喪服は着ないに限るんや。
この服が活躍するのは、不幸だからもん。
「あっ、久しぶりです」
ん? 声の方向に振り向くと、あっ! 和田さんや!
黒の背広姿が決まっとるわ。
とは言え、あまり嬉しくはないやろな。
「決まってますね! 格好ええわ」
私が言うた。
「お悔やみに似合ってもです」
少し恐縮しとるわ。
当たり前やな。
物騒な世の中やから、和田さんと二人で歩いたざ。会館から、距離的に少し遠いわ。
「孝典さんでしたね。逝かれたのは」
何人かの、参列者が同じように歩いとる。
電柱の灯りに、その人らを見ていた時に和田さんが言うたんわ。
「はい、実は……付き合ってました」
私は言うたわ。
隠さずにや、隠しても仕方ないし……
「そう、ですか……」
ん? 和田さんの歯切れが悪いんや。
顔を見ると、なんとも言えん顔しとるざ。
「あの、和田さん、孝典さんのことなんか知ってますか?」
単刀直入に聞いたざ。
「はい、私の知っていることは、松浦 孝典は女好きで仕事もロクにしなかった穀潰しらしいです」
和田さん、言うたわ。
……え?
「それが病気になってからは、付き合っていた女らと縁は切ったらしいです。治したらまた、遊ぶとか言ってたようですよ」
……はい?
え、え?
う、嘘や!
つまり……宮本さんの別れた奥さんが言うてたことも、満更当たっていたんか?
私は宮本さんが、嘘を言わしとる! と思ったんや。
幸隆に振り向かせるためにや!
「双子の弟さんが、良い人なのに!」
和田が続けて、言うた。
……あっ
不思議や孝典さんのことが、どうでも良くなったざ。
なんでや?
私……薄情な女やろか?
まあ……止めとくわ。
だって、孝典さんはもうおらんのや。
人が大分増えて来たわ。
「さて、着いたようです」
和田さんが、言うたわ。
会館は大きい建物やった。
福井では一番大きい建物やろ!
さてと、中に入るざ。
中も広いわ。
広いロビーに、たくさんの弔問する人で溢れかえっておるわ。
通夜が行われとる会場前には受付があったわ。
受付には会社の人がたくさん、受付のお仕事しとるわ。
近所の人は、仕事してなさそうや。
「隣三件両隣」は、今回はないんやろか?
え? 何やソレって?
今回は説明せんでな。
コレは常識や!
「おう、桜井のねーちゃん!」
荒井さんの声やざ。
私にブルーベリーくれた人や、孝典さんのガード役やった人でもあるんや。
ちなみに、優衣はおらん。
お腹の子供のこと考えてや。
「御焼香と、手を合わせに来ました」
そう言うと、香典を渡したんや。
「お疲れ様」
そう言うと、返しを貰った。
会場は大きく開かれていて、中でお焼香をしている人で一杯やわ。
坊さんがお経を上げとる。
綺麗な声で、お経を読んどるって。
そんな中、家族がみんな立ち上がり、弔問する人に一人づつ頭を下げているんや。
長男さん、お母さん、次男さん、幸隆、これくらいやな知っとる顔は、次男さんは声をかけてもろたことないからギリギリやけど……
その他、たくさんの家族と親族がいる。
これだけでも、大きいってわかるわぁ。
「はよ、入って御焼香願います」
荒井さんが言うたわ。
確かにや、行こう。
並んどる家族に一礼する。
みんなが、無言で頭を下げてくれたわ。
幸隆が気づいてくれた。
しかし、顔は節目がちや。
当然やけど、見たくない顔やざ。
場所が悪過ぎや。
御焼香をして、手を合せ目を閉じる。
目を開けて視線を上げると、そこには孝典さんが無言で私を見ていたんや。
初めて出会った時の顔にどこか似とるんや、その無言の孝典さんを見て……急に涙が落ちたんや。
病院でも泣かんかった私が、無愛想な顔写真一枚にどこか胸にこみ上げて来たんや。
私は涙を見せないように下を向き、もう一度家族に一礼して早足で会場を出たんや。
このあと若い女性が何人かいたけど、どうでも良かった。
昔のクラスメートやろ!
そう思うことにしよ。
会場を後にする。
和田さんと、はぐれたみたいや。
まあ、帰りまでは言っとらんから、仕方ないわ。
それに人も多いし、寂しくはないやろ。
「おい!」
ん?
「おい! 桜井!」
え? 誰や!
私は振り向いたわ。
そこには優男が礼服着ていたわ。
ん? ん?
……あっ!
「あんた、篠原やん」
私は大きな声を出したわ。
篠原の家は私の家とはある意味、商売敵なんやって。
どうしてって?
こいつとは、小学校と金沢の専門学校でいっしょやった。
確か菓子職人として、家を継ぐらしいざ。
篠原の家は、代々福井の殿様から可愛いがられていたらしいんや。
福井では一番大きい和菓子屋なんや。
一度、七月に少し言うたはずやな。
「大名閣」を!
確かそこの次男やざ。
「久しぶりやなあ。どうし……」
「すまん! 家のどうしょうもない親父が、お前らにアホしてもて!」
「え……」
篠原が深く、頭を下げてるんや。
会館に行く人、帰る人、みんなが篠原と私を見ていたんや。
この時や……
桜井の和菓子屋に、とんでもない危機が迫っていたことをや。
それを知らん私は、この時はただ、コイツを見ていただけやった。




