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私にどうしろと、言うんや?
孝典さんは私の……
幸隆は私がいないと……
……あれ?
私、目を開けたんや。
つまり寝とったんやざ。
「おはよう」
ん?
孝典さんが笑てる。
「おはようや、寝過ぎたか? 私」
「いや、こんなもんや」
時計は午後近くを差しているわ。
入院三日目、ようやく体が楽になったわ。
やはり肺炎を起こしていたようなんや。
雨に打たれただけなのに……体弱いなあ。
診察の時間が過ぎた。
私やないざ、孝典さんやざ。
たくさんの先生が、孝典さんになんかしてたわ。
なんだが孝典さんが可哀想やった。
「ヤレヤレやわ」
孝典さんがため息をついとる。
「大変ですね」
私が言うた。
「ああ慣れんわ!」
弱々しい笑い顔や。
なんやろ?
また痩せた?
ちゃうざ、窶れたや。
すごい窶れてるわ。
幸隆と顔が違う。
パーツは同じや、けど……
「スマンな、早苗さん」
いきなり孝典さんが謝ったんや。
「どうしたんや? 私、何もしてんざ」
「俺の母さんが、変なこと言ったんやろ?」
孝典さんが言うた。
「違うざ、お母さんには感謝や。ええ人やざ」
「試してるとしてもか?」
「うん、そうやざ」
私はハッキリ言うたんや。
だって嘘やないざ。
お母さんに会って、いろいろ話して……試されて……なんやろ? 不思議な感じや。
「そうか」
孝典さんが言うたわ。
点滴が痛々しいざ。
痛々しいソレの針先は、孝典さんの左手に刺さっているんやろうな。
ゆっくり落ちてるクスリは、ツライ薬とは違うようや。
けど……あきらめたんか?
「なあ、早苗さん」
孝典さんが言うた。
「なんや?」
私が笑顔をみせたわ。
笑わんといてや。
「ええ笑顔やわ……お願いがあるんや」
「なんやの」
私は優しく言うた。
「二日後、ユキが母さんと見舞いに来るんや」
「へえ……それで」
「早苗さん……ユキと俺と、どちらがええか決めて欲しいんや!」
孝典さんが、真顔で言うた。
私は……ビックリやった。
「正直、俺は……時間がないんや」
「そんな……」
「だから白黒をハッキリしたいんや。俺かユキか……教えてや。俺とユキの前で、どちらが好いたんかを言って欲しいんや」
孝典さんが大きな声を出したんや。
その後、むせてすごい咳こんだ。
「孝典さん……え!」
布団に、血や!
ブザーを鳴らして、血を吐いたことを告げたわ。
向こうも、慌ててる。
「孝典さん、辛抱や!」
私が孝典さんに、声をかけると……再び孝典さんが言うたんや。
「俺には時間がな……い、だから……どっちがええかを教えて……く……頼む、二日後……」
部屋のドアが開き、医者と看護師が雪崩こんだできたんや。
私は爪弾きにされて一人離れた場所から、孝典さんを見とるんや。
……ついに、ついに来たんやな。
私の心の内を、言わなあかん時が……
私の心は、実は決まっているんや。
けど……
けど……
ケジメはつけなアカン!
そう私のケジメを!
《桜井家 和菓子「さくらい」では》
「オカン、姉ちゃん、どうなるんや」
「早苗しだいや、沙織」
「ふうん……」
「桜井さーん、書留です」
「え? はい、ご苦労様です」
「書留? 沙織、誰からや?」
「え? だれ……え! え! 大名閣!」
「え、大名閣!」
私がケジメをつけなあかん時、和菓子屋「さくらい」は最大の危機が迫っているんやけど……




