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はい、お菓子やざぁ  作者: クレヨン
肌寒い夏 八月
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 《お盆 夕暮れ時》


 私は部屋に一人籠もってる。

 下ではみんなが……関係ないわ。

 悔しいざ。

 みんな、家族のみんなは、知っとったんや。

 知っときながら……

 

 キライや!


 階段を上がる音がする。

 沙織やな。

 ……だから何や。

 来るな!


 「ねえちゃん、入るざ」

 ……勝手に、沙織が入って来たわ。

 「……」

 私、喋りたくない。 

 「下に来てや」

 「……」

 「今年は、家族だけや……」

 「出てけ!」

 沙織を突き飛ばしたわ。

 沙織が引っ付いてくる?

 「いやや! いやや!」

 纏わりつく沙織が、ここまでウザイ思たのは初めてや。

 コイツ!

 いや、沙織だけやない、この家のみんなが、知っとったんや!

 そしてあざ笑ってるんや。

 ……よし、私が家をでればええんや!

 私なんか!

 「ちょっ、ねえちゃん? 何しとるん?」

 ……

 「ちょっ、ねえちゃん! 母ちゃん! ねえちゃん荷物まとめてるざ」

 「うるさいわ!」

 大声を私は沙織に浴びせると、玄関まで一気に行った。

 店のクルマのキーを掴むと、クルマに乗り込んで走り出したんや。

 行き先は……

 行き先は……

 とにかく、家に居とないんや。

 同じ空気を吸いたくない!



 「ばあちゃん! 姉ちゃんが」

 「沙織、心配すな」

 「そやけど、お母さん……」

 「早苗のスマホ、あれが生きとるやろ。それで、行動は筒抜けや……よし、ワテに考えがあるざ。少し前にお客さんできたあの人に連絡や」

 「あの人?」

 「祥子、あの人やって! 早苗に梅進めた」

 「え?」

 「ワテに考えがあるんや」


 《夜 優衣さんアパート》


 「すっ、すみません」

 私は優衣さんのダンナさんに、頭を下げてるんや。

 涙拭いた顔に、赤く腫れ上がった目、ダンナさんは「気にせんでな」と言い、お茶を置いてくれたんや。

 「また、お菓子欲しいから電話かけたら……何したん? 涙声やったやろ」

 優衣さんが言うた。

 優衣さんが、リンゴを剥いている。

 私の為やな。

 優衣さんのアパートに来たのは、家を飛び出してしばらくしてや。

 いきなり、明日、従兄弟がくるとかで、お菓子の注文をしてきたんや。

 優衣さんの結婚に、良く思てない従兄弟やから「試されてるんや」と厳しい声で一気に喋ってた。

 その後、私の異変に気付いて、とにかくアパートに来てや……そうなったんや。

 因みに、春にはダンナさんの家に入るらしいわ。

 買ったんやて。

 スマホで言っとったわ。

 「家、高いわあ」

 ダンナさんが言うたわ。

 実家にいくわけではないんやな……あっ!

 「この前、梅ありがとうございます。うまくいきましたって」

 私は頭を下げたざ。

 「あんなんでええの?」

 ダンナさんは頭をポリポリ掻きながら、笑顔で言うてくれたって。

 本当にありがとうや。

 「はい、リンゴや」

 優衣さんがリンゴを置いてくれた。

 ……お世辞にも、綺麗でないんや。

 ぎこちないのが、なんかおもろいわ。

 「あっ、笑わんといてって、料理は苦手なんや」

 優衣さんが言うたざ。

 リンゴ剥くのは、料理ちゃうざ……なんては、言えんなぁ。

 ……ありがとうやな。

 少し、ほぐれたみたいや。

 「どうしたんや?」

 優衣さんが聞いた。

 少し顔が強張る。  

 「優衣さんは、知っとっとったんやろ? 孝典さんが長生きできんことを」

 強張る顔に、強張る声で言うた。

 「……まあな。それが、仕事やし」

 優衣さんは、言うたわ。

 「優衣さん……私、どう思う?」

 「どうって?」

 「……私、家族に裏切られたんや」

 お茶を一口戴く。

 冷たいお茶やわ。

 喉の渇きは、治まったわ。

 「裏切られた? どうしてや」

 「風の噂……その風が、桜井家にも吹いたんや。内容は松浦商事の三男、松浦孝典さんは大病を患い余命の宣告がある……そんな風や」

 「……」

 優衣さんの顔に、やるせなさがある。

 「優衣さんは、違うざ! 優衣さんは仕事のため、そして孝典さんが自分の余命を明かして欲しくないから、黙っていた……そう、やろ?」

 私は伺うように、優衣さんに聞いたわ。

 「……そうや、だからノリは頑張っていたわ。早苗さん見たときに、衝撃が走った言うてた」

 「衝撃?」

 何にや。

 「早苗ちゃん、アンタにやざ! 一目惚れや」

 えっ、ウソや!

 「それまでのノリな、何か生きる屍やったんや。五月の鯉のぼりをボーっと、見とったやろ? 早苗ちゃんに出会うあん時までは、あんな感じやった……」

 !!!

 「……その日を境に、ノリの顔が変わった。生きる……そう、家族に告げたらしいよ」

 自分で剥いた不格好なリンゴを、優衣さんは食べている。

 その姿を、私はただ見ていたんや。

 「あっ、このリンゴ、スカスカやわ」

 眉をひそめて、苦笑いさしとるわ。

 「なあ、早苗ちゃん。つらいかあ?」

 「……うん」

 私は目を反らしながら、小さく声を出したんや。

 「……泊まってき! 康生、今日はええやろ?」

 「え?」

 「優衣、任せるざ」

 ダンナさんが、仕方ないな……そんは表情で言うたわ。

 「決まりや! 帰る気ないやろ」

 ……

 「後で、誰でもええから、電話しとき。明日にはみんなんとこ帰るんやざ。みんなが心配しとるざ」

 優衣さん、ありがとうや。

 心に優衣さんの言葉が、情けないくらい嬉しかった。

 情けないわ。

 私、もう大人やん。

 けれど、やっとることは、子供といっしょ……

 「明日、お菓子を持ってきてな! せっかくのお盆休みがあ」

 優衣さんがため息まじりで、言うたわ。

 ……明日には、何もないようにか。

 「……なあ、早苗ちゃん。ノリは一番辛いんやざ。大病で身体の辛さ、心の辛さ……正直、アンタよりも辛いのは歴然や。折れたらアカンざ」

 !!!

 そうやった。

 一番の大変なんは、孝典さんや。

 私、一番の被害者で辛いのは、自分やと思ってた。

 違う……大きな間違いや。

 今、気付いたわ。

 そう、一番の辛いんは、孝典さんや。

 私……



 《夜 睡眠中》


 「康生、襲ったらアカンざ!」

 「はいはい……優衣もな」

 「ダメ?」

 「本気か!」

 「うそ! けど綺麗な娘やざ」



 ピリピリ

 ピリピリ


 「あっ、桜井さんから、もしもし……」

 「……」

 「ダメですよ! いくら、娘のスマホでも! 履歴見ちゃ!」

 「……」

 「いえいえ、早苗さん、ええ娘やざ。明日には、帰りますよ」

 「……」

 「いずれは、わかることですから……それが、今回だっただけです。不器用なんも、早苗さんの魅力やと思いますよ」

 「……」

 「はい、それではおやすみなさい……明日、どう言い訳するやろ。じゃあ、失礼します」

 「言い訳?」

 「どこへ、行っとったかの言い訳や……さて、寝ようや。お腹の子供のためにも! おやすみ」

 「ところで、あの松浦 孝典に衝撃走らすとは」

 「少し盛ったんや、ノリはいずれ……」

 「知らぬが仏やな」

 「おやすみ」



                    

 


 





 

 


 

 

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