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《お盆 夕暮れ時》
私は部屋に一人籠もってる。
下ではみんなが……関係ないわ。
悔しいざ。
みんな、家族のみんなは、知っとったんや。
知っときながら……
キライや!
階段を上がる音がする。
沙織やな。
……だから何や。
来るな!
「ねえちゃん、入るざ」
……勝手に、沙織が入って来たわ。
「……」
私、喋りたくない。
「下に来てや」
「……」
「今年は、家族だけや……」
「出てけ!」
沙織を突き飛ばしたわ。
沙織が引っ付いてくる?
「いやや! いやや!」
纏わりつく沙織が、ここまでウザイ思たのは初めてや。
コイツ!
いや、沙織だけやない、この家のみんなが、知っとったんや!
そしてあざ笑ってるんや。
……よし、私が家をでればええんや!
私なんか!
「ちょっ、ねえちゃん? 何しとるん?」
……
「ちょっ、ねえちゃん! 母ちゃん! ねえちゃん荷物まとめてるざ」
「うるさいわ!」
大声を私は沙織に浴びせると、玄関まで一気に行った。
店のクルマのキーを掴むと、クルマに乗り込んで走り出したんや。
行き先は……
行き先は……
とにかく、家に居とないんや。
同じ空気を吸いたくない!
「ばあちゃん! 姉ちゃんが」
「沙織、心配すな」
「そやけど、お母さん……」
「早苗のスマホ、あれが生きとるやろ。それで、行動は筒抜けや……よし、ワテに考えがあるざ。少し前にお客さんできたあの人に連絡や」
「あの人?」
「祥子、あの人やって! 早苗に梅進めた」
「え?」
「ワテに考えがあるんや」
《夜 優衣さんアパート》
「すっ、すみません」
私は優衣さんのダンナさんに、頭を下げてるんや。
涙拭いた顔に、赤く腫れ上がった目、ダンナさんは「気にせんでな」と言い、お茶を置いてくれたんや。
「また、お菓子欲しいから電話かけたら……何したん? 涙声やったやろ」
優衣さんが言うた。
優衣さんが、リンゴを剥いている。
私の為やな。
優衣さんのアパートに来たのは、家を飛び出してしばらくしてや。
いきなり、明日、従兄弟がくるとかで、お菓子の注文をしてきたんや。
優衣さんの結婚に、良く思てない従兄弟やから「試されてるんや」と厳しい声で一気に喋ってた。
その後、私の異変に気付いて、とにかくアパートに来てや……そうなったんや。
因みに、春にはダンナさんの家に入るらしいわ。
買ったんやて。
スマホで言っとったわ。
「家、高いわあ」
ダンナさんが言うたわ。
実家にいくわけではないんやな……あっ!
「この前、梅ありがとうございます。うまくいきましたって」
私は頭を下げたざ。
「あんなんでええの?」
ダンナさんは頭をポリポリ掻きながら、笑顔で言うてくれたって。
本当にありがとうや。
「はい、リンゴや」
優衣さんがリンゴを置いてくれた。
……お世辞にも、綺麗でないんや。
ぎこちないのが、なんかおもろいわ。
「あっ、笑わんといてって、料理は苦手なんや」
優衣さんが言うたざ。
リンゴ剥くのは、料理ちゃうざ……なんては、言えんなぁ。
……ありがとうやな。
少し、ほぐれたみたいや。
「どうしたんや?」
優衣さんが聞いた。
少し顔が強張る。
「優衣さんは、知っとっとったんやろ? 孝典さんが長生きできんことを」
強張る顔に、強張る声で言うた。
「……まあな。それが、仕事やし」
優衣さんは、言うたわ。
「優衣さん……私、どう思う?」
「どうって?」
「……私、家族に裏切られたんや」
お茶を一口戴く。
冷たいお茶やわ。
喉の渇きは、治まったわ。
「裏切られた? どうしてや」
「風の噂……その風が、桜井家にも吹いたんや。内容は松浦商事の三男、松浦孝典さんは大病を患い余命の宣告がある……そんな風や」
「……」
優衣さんの顔に、やるせなさがある。
「優衣さんは、違うざ! 優衣さんは仕事のため、そして孝典さんが自分の余命を明かして欲しくないから、黙っていた……そう、やろ?」
私は伺うように、優衣さんに聞いたわ。
「……そうや、だからノリは頑張っていたわ。早苗さん見たときに、衝撃が走った言うてた」
「衝撃?」
何にや。
「早苗ちゃん、アンタにやざ! 一目惚れや」
えっ、ウソや!
「それまでのノリな、何か生きる屍やったんや。五月の鯉のぼりをボーっと、見とったやろ? 早苗ちゃんに出会うあん時までは、あんな感じやった……」
!!!
「……その日を境に、ノリの顔が変わった。生きる……そう、家族に告げたらしいよ」
自分で剥いた不格好なリンゴを、優衣さんは食べている。
その姿を、私はただ見ていたんや。
「あっ、このリンゴ、スカスカやわ」
眉をひそめて、苦笑いさしとるわ。
「なあ、早苗ちゃん。つらいかあ?」
「……うん」
私は目を反らしながら、小さく声を出したんや。
「……泊まってき! 康生、今日はええやろ?」
「え?」
「優衣、任せるざ」
ダンナさんが、仕方ないな……そんは表情で言うたわ。
「決まりや! 帰る気ないやろ」
……
「後で、誰でもええから、電話しとき。明日にはみんなんとこ帰るんやざ。みんなが心配しとるざ」
優衣さん、ありがとうや。
心に優衣さんの言葉が、情けないくらい嬉しかった。
情けないわ。
私、もう大人やん。
けれど、やっとることは、子供といっしょ……
「明日、お菓子を持ってきてな! せっかくのお盆休みがあ」
優衣さんがため息まじりで、言うたわ。
……明日には、何もないようにか。
「……なあ、早苗ちゃん。ノリは一番辛いんやざ。大病で身体の辛さ、心の辛さ……正直、アンタよりも辛いのは歴然や。折れたらアカンざ」
!!!
そうやった。
一番の大変なんは、孝典さんや。
私、一番の被害者で辛いのは、自分やと思ってた。
違う……大きな間違いや。
今、気付いたわ。
そう、一番の辛いんは、孝典さんや。
私……
《夜 睡眠中》
「康生、襲ったらアカンざ!」
「はいはい……優衣もな」
「ダメ?」
「本気か!」
「うそ! けど綺麗な娘やざ」
ピリピリ
ピリピリ
「あっ、桜井さんから、もしもし……」
「……」
「ダメですよ! いくら、娘のスマホでも! 履歴見ちゃ!」
「……」
「いえいえ、早苗さん、ええ娘やざ。明日には、帰りますよ」
「……」
「いずれは、わかることですから……それが、今回だっただけです。不器用なんも、早苗さんの魅力やと思いますよ」
「……」
「はい、それではおやすみなさい……明日、どう言い訳するやろ。じゃあ、失礼します」
「言い訳?」
「どこへ、行っとったかの言い訳や……さて、寝ようや。お腹の子供のためにも! おやすみ」
「ところで、あの松浦 孝典に衝撃走らすとは」
「少し盛ったんや、ノリはいずれ……」
「知らぬが仏やな」
「おやすみ」




