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《夕方 ハーモニーホール》
ハーモニーホールは、クラシックコンサート会場みたいな所で、大きな交響楽団が来るんや。
ハーモニーホール自体、全国でも指折りの会場らしいけど……本当なんかは知らん。知っても興味ない。
今日、私は正装しとるんや。
スーツ姿やざ。
理由は、ピアノコンサートがあるからや。
因みに明日は、菓子フェアーの……止めた
その話は今回なし。
孝典さんとデートやし。
「久しぶりに、ハーモニーホール来たわ」
孝典さんが言うたって。
一応、総務のあの女性おるわ。
私に笑ってくれたわ。
この前の一件から、少し距離が縮んだ感じやって。
「ゆーい! 山本優衣に興味あるんか?」
孝典さんが言うたわ。
「えっ! 私は孝典さんだけや。でも、なんか近頃、あの人が柔らかくなったような気がしたんや」
私は総務の人を見ながら言うた。
「ゆーいもな、早苗さんが気に入ったって、言うてたの」
そっ、そうかぁ。
なんか、嬉しいざ。
「さて、そろそろ開演やざ。行こうや!」
孝典さんと私の席は、ピアノの演奏者が見える一番良い席やざ。
別命、S席やって。
孝典さんが私と演奏聴きたいと、決めてたらしいんや。
決めてたって言うのは、実は五月に私と孝典さんのメールやりとりした時のことや。
その後にメールの話題で、ピアノコンサートの事を、書いたんやって。
そしたら、孝典さんコンサートをおさえてくれたんやわ。
それも、メール送った次の日やよ。
そして、七月になるまで黙っていて、咲裕美のアレになる少し前に孝典さんからピアノコンサートのお誘いを受けたんやわ。
後々、内容を聞いて、ビックリやったざ。
ビックリやし、嬉しかったって。
今回、ハーモニーホールにくるピアニストは名前の知れた人で、福井は初コンサートらしいわ。
……正直、ピアノコンサートのメールしたけど、あんま興味はないんやわ。
話題がないから、『高校時のピアノコンサートが、感動したから見る機会があったら観たい』かな?
確かそんな内容を書いた覚えはあるんやけど、まさかコンサートを観れるとは思わんかった。
「早苗ちゃん、ピアノコンサートに正直、興味あるんか?」
孝典さんは聞いたわ。
「え? 私……あんまようわからんのです。でも!」
「でも?」
「パヴァーヌ、聴きたいんや」
とっさに私口走ってたって。
「ラヴェルやな」
孝典さんが、即答したわ。
え! 知ってんか?
やっぱり、ええとこの人やなぁ。
「俺、ピアノには興味ない。だけど、『なき王女のためのパヴァーヌは好きやざ」
笑顔で孝典さんは言うた。
……うん、ええ曲や。
《夜 演奏会終了》
コンサートのプログラム演奏は全て終わった。
プログラムに、ショパンの文字がある。
ピアノの詩人、ショパンの演奏会やった。
歴史書や音楽の授業で、名前は聞いたことがあるけど、ショパンの書いた曲は起伏激しく、難しい曲が多いと思った。
正直、曲のタイトルはプログラムで見たけど、曲は耳で初めて聴いたんやって。
起伏の激しい曲が耳に離れん……感動したざ
「よかったわ」
拍手か鳴り止まない中、孝典さんが顔を耳に近づけて私に言うたみたいや。
声に気が付き、振り向くと間近くに孝典さんいたわ!
私と孝典さんはビックリして、顔を離したって。
鳴り止まない拍手は、アンコールを意味している。
演奏者が何回も何回も顔を出したり引っ込んだりする。これも、アンコールの為の、儀式みたいなもんや。
演奏者が、再びピアノに座ると、「ラヴェルのあの曲を弾きます」そう言い、なき王女のためのパヴァーヌが始まったんや。
ぞく!
背筋になんか電気みたいな衝撃が走ったわ。
いつもこの曲が流れると、こうなるんや。
初めて聴いた時から、この曲は今でも忘れられん。
視線に気付いて、横を見る。
孝典さんが、私を見ているわ。
恥ずかしい……私は俯きながら、曲を聴いた。
綺麗なメロディーに反して、切ない曲……やっぱり胸が熱くなるんやっての。
ええ曲や。
ピアノ演奏が終わり、会場を出てホールの待機場に私と孝典さんはいたわ!
近くに、総務の……
「優衣って呼んでくれんか?」
……はい。
優衣さんがいるわ。
優衣さん、知らん顔して、大きなガラス張りの建物の外を見てるわ。
近くに大きな道路があり、クルマのライトが流れているんやけど、気付かんフリして無言で見とるんや。
「どうやった?」
孝典さんは言うた。
「ええ演奏やったって。始めは緊張したけど、最後は楽しめたざ」
私は言うた。
「よかったわ、本当に!」
孝典さんが笑たわ。
良かった。
笑ってくれたわ。
この顔が見たかったんや!
演奏会良かった、やけど孝典さんの笑顔には勝てんて。
帰り道 クルマで孝典さんが送ってくれるわ。
……とは言っても、運転は優衣さんや。
私と孝典さんは、後ろに静かに座ってる。
「明日は、菓子フェアーの打ち合わせかぁ」
孝典さんが言うたわ。
メールで詳細を伝えたるから、この話題には私は驚きはないわ。
「ほや、明日や。次女付きや」
「そうか、二人でかぁ?」
「なんか、高塚屋の息子が妹と関係あるらしいんやわ」
「?」
孝典さんの顔に、なんやそれ? が書いてあるわ。
「真ん中の妹、咲裕美って言うんやけど、高塚屋さんの息子見てから変でな、ポーッとするわ耳まで赤くなるわ、変なんやざ。ひょっとして、病院なんかぁ!」
そや!
これは、病気や!
咲裕美のあの変なんは、病気に間違いないって!
「桜井さん」
ん? 優衣さんが半笑いしながら、声をかけてきたわ。
「病気はアナタや! 病名 鈍いでしょうや」
そう言うと、大笑いしたざ!
「孝典さん、私鈍いんか」
「鈍いわ。早苗さん、俺のこと好きかあ」
孝典さんが聞いてきたわ。
えっ! そんなん決まっとるやん。
す……す……
アカン、顔が熱いわあ。
ややわ、耳まで熱いって、真っ赤になっとるに違いないわ!
……
……
……
「ええ! 咲裕美、アンタまさかぁ」
いきなりの大声に、孝典さんと優衣さんビックリしてるわ。
ごめんや、やけど、咲裕美がぁ好きな男ができたんかぁ!
「……気付いたようやな」
優衣さんが言うたわ。
「はい、わかりましたわ。でも、私の孝典さんを……孝典さんを……」
「俺を? なんや」
「孝典さんを好きな気持ちには、勝てんざあ」
……
……
……言ってもたぁ。
私、言ってもたあ。
「早苗さん……」
孝典さん?
「早苗さん……いや、早苗」
孝典さんが私を引き寄せたって!
距離はううん、距離はない。
孝典さんの心臓の音が……
「桜井さん、ここまでやざ。着いたわ、残りは後のお楽しみやざ」
そう言うと、孝典さんは私を離した。
「早苗、サヨナラや。また、今度な」
私、呼び捨てにされとるわ。
これは、近づいたんやろうか?
うん、近づいた……そう、思いたいし思ってええやろ。
「じゃあ。またな!」
孝典さんの言葉を残し、クルマは走り去る。
やったー!
また近づいたざ。
私、偉い!
偉いざあ!
「ゆーい、俺、彼女にまた近づいたわ」
「あいつは八月からまた入院やざ、でも……や」
「わかっている。けど……」
「早苗ちゃんのためなら、別れないとな」
「俺のために、早苗さんを手元に起きたいんや。いい娘や! 勝てる気がしてな」
「そうやの、た・か・の・り・さん!」
「……」




