15
《二階 美術館にあるカフェ》
日当たりのよい……今日は雨やけど、二階の一角に小さなスペースにカフェがあるんや。
カフェの名前はわからん。
気にしとらんかったで。
だけど、オシャレなカフェで、私ら世代ならまた入りたくなる雰囲気があるって。
私と孝典さんはカフェで、コーヒーとブラッドオレンジジュースを飲んどるわ。
因みに、私がコーヒーで、孝典さんがジュースや。
「どうしたんや? 早苗ちゃん、コーヒーあまり飲んどらんやん」
孝典さんが言うたわ。
「そんなことないざ」
私は答えたって。
……まあ、正解や。
私、あまり口が進まんのや。
理由は、孝典さんがジュースを口にしとらんのや。
孝典さん、本当はジュース飲めないやろか?
ガラス越しに見える外の景色は雨やった。
ガラスに水滴が滴っていて、近くにある木の枝が雨に打たれていたわ。
「何見てるんや?」
孝典さんが話かけてきたって。
「外、雨や。鉛色の空を見とる。北陸の代名詞や」
そう、一年を通して北陸は晴れの日が少ない。
それが北陸、そして福井や。
北陸は三県あり、富山、石川、福井とあるんやげ同じ感覚なんなろうな。
「あっ、すいません」
秋本さんの声がしたわ。
私と孝典さんはその方向に、目をやったって。
薄暗いブースやったからわからんかったけど、改めて見ると私と同じくらいや。
まあ、山下の嫁さんやから、歳はこんなをやろな。
ショートヘアに、パッチリ二重が印象的や。
秋本さんは、私らの隣のテーブル席に座ったって、元々二人掛けやったからスペースはないんやけど……
「あそこの、四人席に移動や」
孝典さんが、提案したわ。
カフェに一つだけの四人席テーブル、少し前に婦人と思われるおばちゃんが、雑談してた場所に店員がテーブルを拭いているって。
……よし!
「スミマセン、そこに三名、移っていいですかぁ」
私が声をかけたわ。
この時点で、二人きりは終わりや。
……まあ、ええわ。
孝典さんは逃げてかんで。
逃げて……かんように、私もがんばらんと!
「ごめんなさい」
秋本さんが私と孝典さんに謝りながら、日替わりランチを食べてるざ。
「ごめんなさいや、二人の邪魔して。だけど……」
「だけど?」
私、聞いてみたわ。
「少しお話したくなりました。何でがやな」
秋本さんは、不思議そうに頭を捻っとるって。
おそらく、私やな。
昔から見ず知らずの人に、懐かれやすいんやわ。
なんやろ?
特殊なんやろか?
「気にせんといて!」
私は笑いながら言うたわ。
「ええか、あの秋本さんは、金沢の人ですか?」
孝典さんがいきなり言うたわ。
孝典さんも気づいてたんか!
「えっ、はい、そうです。わかる……が?」
最後の「が」は、わざと付けたのぅ。
金沢はあの金沢市や、兼六園、加賀百万石や。
昔から福井市と金沢市って、どこか因縁があるんやわ。
まあ、町の大きさや、華やかさは、金沢には勝てんのやけど、それでも福井は金沢に臆することはないんやって言ったら変やろか。
別に争ってる訳でもないし、仲が悪い訳でもないんやけど。
歴史的に言うたら、説明は簡単なんやけど……今回は止めますでね。
「山下、金沢の町からどうこんな彼女捕まえたんですかぁ?」
私、ここはズゲズゲ聞いたって。
ゴメン、これは私の性格や。
孝典さんも、クスって笑てる。
「春樹と私の馴れ初めは、金沢大学です。そこで、春樹と出逢いましたがいね」
へえー、頭ええんやね。
確かに山下は、頭良かったなぁ。
私も特進やったけど……
ここも、カットやざ。
話が脱線するから……
なんか、脱線しまくりゃあ。
「……正直、不安なんです」
秋本さんが、いきなり言うた。
私と孝典さんは、秋本さんを見たわ。
彼女、少し俯きながら、冴えない顔しとる。
まるで、今日の天気と一緒や。
「知らない土地に、来ることになりましたが。私が同居すると承諾したんですけど……日に日に怖くて不安なんがいね」
秋本さんが、本心を話してくれる。
こんな私と孝典さんにや、あまり面識のない私らにこんな話をされても正直困るんやけど……
ほっとくことも出来ないなぁ。
私がチラッと孝典さんを見る。
孝典さんもその視線に気付き、わからないくらい小さな頷きをするんや。
目で「任せたよ」と言っていたわ。
確かにや、ここは女同士の話やわ。
とは言え、私なんて言ったらええやろ?
……よし!
「秋本さん、不安は仕方ないです。他の土地に他人の家に来るんやでね
秋本さんは山下が好きなんやろ」
「はい、好きやが。春樹の優しい目と、不細工だけど、ぎごちないけど、春樹なりの優しさが私に合うんです。落ち着くがぁ」
良い笑顔や。
悔しいくらや。
……答えは、簡単や!
山下……見直したざ。
「秋本さん、山下を盛り上げてや。盛り上げてやることが、秋本さんの不安を払ってくれると私は思うんや。
秋本さんの笑顔、素敵や。
素敵な笑顔は、自分では作れんのや。
誰かに作っもらわんと、不安は仕方ないわ。
その笑顔、作ってくれたんは、山下や秋本さんの将来のダンナやって。
ダンナに身を任せてみいや」
これが私の答えや。
秋本さんに取って、この答えは正しいかは分からん。でも、私が今、彼女を応援するならこの言葉しかないわ。
「良い言葉やわ、アンタわりと良いこと言うやん!」
不意に声がしたわ。
私、孝典さん、秋本さんはその所を見たわ。
すると、四人席近くの二人席テーブルに、総務の女が居たんやって。
いつの間にや!
「ノリ、体調は大丈夫かぁ」
「ゆーい……大丈夫や」
孝典さんは、言うたわ。
秋本さんがえ? え? としとる。
当たり前やな、いきなりの総務乱入やで。
「スミマセン、端で遅い昼食しますで。……桜井さん、アンタに一票やで」
そう言うと、ゆーいさんはカウンターの一番手前、レジ近くに座り何かを頼んでいるわ。
「誰なんですか?」
秋本さんは、不思議そうに聞いたわ。
「俺のお目付役ですわ。実は俺、体調を壊してまして、俺の親が勝手に監視を付けましたんや」
「つまり、ま……松浦さんは、良いとこ人で私はその人とお付き合いしてくれてるんや」
私、真っ赤になったわ。
「へえー、玉の輿ですか」
「玉の輿かあ、私ただ、松浦さんの……」
苦笑いやな。
恥ずかしくて、これ以上は笑うだけやわ。
「……笑顔は作ってくれるかあ。そうなんやね。私の笑顔、春樹が作ってくれたんやがね。桜井さんやったね。今、アナタの素晴らしい笑顔で何かが、わかったようなんからんような、だけど感じました。こんな感じなんがいやなぁって!」
秋本さん、なんか納得しとるって。
まさか、私の苦笑いを、勘違いしとらんかあ!
「笑顔かあ」
秋本さん、なんか嬉そうや。
だけど、勘違いしたらあかん。私のは笑顔でなく……
「その笑顔、私忘れんが……そろそろ、仕事に戻るがい、後は二人きりでや!」
秋本さん、ぎごちないウインクして席を立ったわ。
……急に二人きりや。
「さすがや、笑顔の天使や」
孝典さんが言うたわ。
おそらく、冷やかし混じりのお世辞やろけど……ハズいやん。
「天使は嘘じゃないでな」
孝典さんが、言葉の後押しをする。
……顔が熱いわあ。
……耳が熱いわあ。
恥ずかしいって。
そんな、私を孝典さんはただ見ている。
ハズいぃ。
「祥子、早苗はいま、この前のあの男とデートかあ?」
「はい、母さん」
「美術館あたりや」
「もう、早苗、本気で怒りますって……不器用娘、よりによって」
「祥子、止めや。早苗の行きつく先を、私らは見定めなあかんざ、素行はどうであれ、男は……」
「……わかりました」




