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《午前中 松浦商事 ロビー》
私は配達に来とるんや。
相手は、幸隆……ではないんやな
ロビーに入ると待合いのソファーに、一人の体の大きなオジサンがいたんや。
つまり宮本さんやざ。
「おーい、早苗さん」
「はい、今行きます」
宮本さんの声に、大きな声でお返しや。
「いつも、すみません! はい、桜餅ですざ」
ソファーの近くに来た私は、袋を置いたんや。
「あははは、大変ですね」
「仕事やで、それに配達してくれって、宮本さん言うたやろ」
「そやったの」
宮本さんが、豪快に笑たざ。
「近頃どうや?」
「私ですか? 私は、絶好調や! インフルエンザはしてもたけど、その後は調子ええでざ」
私は満面の笑みを見せたって。
……変やったかな?
宮本さんが、無反応やざ。
「ところで、お母さん頑張ってますか?」
宮本さんが、言うたざ。
え? 頑張ってますか? 何をやって!
「聞いてませんか? 今度の土曜日に、足羽山でお花見のデートするんや」
…………ええ!
「それ、本当なんかあ?」
「本当や、別に悪気はないざ。だから家に言えばええって言っとるんやけどな」
宮本さんが、あっけらかんと言うたざ。
「けど、オトンが……」
「心配いらんざ、そんな感じやなかったか?」
……確かにやざ
オトンがやけに落ち着いてたなあ。
「早苗さん、大丈夫や。なんもせんで! 私の今の地位がなくなることはせんざ」
宮本さんが、真面目に言うたって。
確かにやな、オカン一人が、宮本さんの全てを壊す破壊力は無いわ。
タヌキやし……ん?
そうか、なるほどや。
だからダイエットに、オトンに遠慮やったんやな。
わかりやすいなあ。
ふと周りを見渡した。
いつものロビーや。
そしていつものエレベーターがあるんや。
背の低いビルなんやけど、ソレはあるんやな。
あっ、開いたざ。
そこには……
「あれ? 早苗やんけ!」
幸隆がいたざ。
それともう一人……あっ!
「早苗! 久しいな!」
優依やざ。
「優依! あっ!」
ごめん、もう一人いたざ。
「優依、生まれたんか?」
「そや、今な首が座った頃なんや」
優依は胸に赤ちゃん抱くソレを着けて、大事そうにしとった。
大事なんは、当然や。
そして優依に強さが、滲み出とるような気がしたわ。
母親……それになったんやな
そう感じてしもたんや。
「名前、なんですか?」
「薫やよ」
「……優依さん、この子は」
「可愛いやろ!」
「は、はい、可愛いなあ」
聞けんかったざ。
男か女か、聞けんかったざ。
名前である程度はわかるモンやと、浅はかな考えに反省や。
後で誰かに、聞いてみよ。
……ん、
「優依、今日は何しに来たんや?」
「子供見せに……はウソ! 育児休暇の申請再提出しとったんや。なんか不備があったんやって、始めはだれかよこすと言ってくれたけど、少し子供見せとうなったんや」
あははは……なるほど
「一応もう一度聞くけど、夜桜は無理やな」
幸隆が、優依に言ったざ。
ん? 夜桜?
「はい、無理やの」
優依は即答、当たり前やって。
「なあ、夜桜ってなんや?」
「ああ、松浦商事の総務、営業、二つの部署でいつも夜桜って言う士気高揚会をするんや。まあ、花見の宴会ってことや」
なるほどなんやな。
けど、変な組み合わせやな?
他の部署は……
「言い出しっぺは、孝典やった。当時アイツは、総務、俺は営業……それだけや」
……そうなんや
「それに、今回はライバルでもあり、お得意さんでもある会社も参席するや」
「え?」
「そこの送別会も兼ねるんや」
すると幸隆が、エレベーターを指したざ。
あれ、エレベーターがまた降りて来とる。
なんか都合ええなあ。
あっ、エレベーターが開いたって。
「あれ? 桜井さん!」
和田さんやわ。
あっ、もう一人いるざ。
「あっ、桜井さん、順調ですか?」
佐藤さんや。
「あっ、聞きました。一郎……失礼、佐藤課長が何かをお願いしたそうですね」
和田さんが言うたわ。
ん? 一郎……なるほど、知り合いなんやな
「佐藤課長は、私の部下でした」
「今もですよ」
「私は本社に戻る。横滑りでだ」
和田さんが少しきつい口調やざ。
なんか、威圧しとるようやって。
「桜井さん、佐藤課長……いえ、佐藤は少し調子がいいところがあります。気に入らなかったら、ガツンと言ってください」
「……気をつけます」
佐藤さん、恐縮しとる。
和田さんの違う一面を見たって。
とは言っても、もうすぐ帰る人や。
……そう、帰るんやな
「家族と帰るんか?」
私は和田さんに聞いてみたんや。
「はい、正直、嫁も子供達も、大喜びしてます。別に福井が嫌いではないですよ。地元へ帰ることが嬉しいんです」
和田さんが言うた。
福井が嫌いではない……たぶん、これは違う
以前よりは良くなったけど、まだ好きではないみたいなんや。
なんか……悔しいなぁ
「まあ、とにかく土曜日の夜は待ってますで」
幸隆が、和田さん、佐藤さんに言うた。
……なるほど
「いっしょに、お花見なんか?」
私は一応聞いたんや。
「はい、成り行きでこうなりました。ところで、佐藤課長から聞きました。日本酒に合うお菓子を創るんですか?」
和田さんが言うた。
「はい! まあ、大丈夫やで」
私は笑いながら、言うたんやの。
日本酒と和菓子、これは結構ありなんや。
昨日、沙織と二人でスマホでクグッた時にわかったんや。
ええ時代やあ。
そして、手応えがあるモノを見つけたんや。
夜桜……月は出とるやろな
春やから、朧月やろけど。
「まあ、任せてください」
私は、強く言い切ったんや。
アレで決まりやざ。
《夜 電話 咲裕美から》
「迷惑かけたな、二月は」
私は咲裕美とスマホで電話中や。
二月に新型インフルエンザをやって以来、咲裕美からよう電話がくるんやって。
どうやらそん時に蚊帳の外みたいやったことが、気に入らんようや。
ううん、気に入らんは違うの、いっしょにいたかったけどおれんかったことへの懺悔みたいなんやっての。
私は少し迷惑や。
そして、なんか嬉しいんや。
「ごめん、ねえちゃん」
咲裕美のごめんが、また始まったざ。
これで今までのトータル、百回くらい聞いたなあ。
「ごめん、そればっかり辞めやざ。心配せんと、自分のことを精一杯頑張らなあかんざ」
「うん……」
「咲裕美、ありがとうやざ。また電話してええざ」
「ありがとう、切っざ」
咲裕美が電話を切った。
咲裕美にも、かなり迷惑かけたんやな。
ありがとうやざ。
さて……寝るざ!
明日の用意は万全やで。
オカンらといつもの菓子創ったら、佐藤さんの用意や。
なんか楽しいことになりそう……なんやって!
お花見、乱入やざ。
あれ、電話や! 相手は……お母さん!
「はい……え! わかりました。では待ってます」
松浦のお母さんも来るって!
なんか……楽しみや