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《隔離病棟前ロビー 桜井家 松浦家》
「早苗、大丈夫やろ? なあ母さん」
「幸隆、私に聞くなや! ……早苗さんは、いま闘ってるんや」
「そや、ねえちゃんは、今、病気と闘ってる。でも……」
「沙織! アホかんがえるな!」
「ごめん、オトン」
「祥子、お前は寝とれや。まだ本調子やないやろ」
「こんな時に寝てられますか、お父さん!」
《先生 看護師》
「……」
「……は、はい先生!」
「……」
「す、すみません!」
《桜井家 松浦家》
「先生と看護師さんらの、出入りが可笑しいざ」
「なんやってぇ、香奈……まさか!」
「喜一郎さん、まさか!」
「……!」
「あっ、幸隆! 病室に、何しに行くんや」
「……!!!」
「沙織!」
「お母さん、お父さん、耕平さん、病室に行くざ!」
「え? 祥子!」
「耕平さん、私らが、応援にいこう! 若い二人は、応援に行ったんや!」
「!」
「!」
「決まりやの、祥子、喜一郎さん、耕平、行こう!」
「なるほど……私も行きますざ!」
「アンタは……」
「将来、来る人や。松浦に! 違う世界にいってはイヤななんや! タネキ、悪いけど、私も行くざ!」
《早苗の病室 看護師 桜井家 松浦家》
「ちょっと、なんなんですか?」
「少しだけ、応援や! ええやろ! 看護師さん!」
「こ、困ります」
「松浦の彼氏に、私も同じや! ねえちゃんに応援やざ!」
「ちょっと……誰かあ」
《三途の川 早苗 孝典》
「私……私……」
このまま孝典さんに、身を任そうか。
だって孝典さん、わざわざ迎えに来たんやで。
「一人はイヤやざ」
ポツリ……私は言うたんや
私には誰もいない。
そう……誰も……
孝典さんとの距離が縮み、再び抱かれた。
両腕を優しく回され、そして強く……けど、何故かぬくもりがないんやって
ぬくもり?
誰のぬくもり?
その前に、私、誰かに抱かれたことあるんか?
「行こうや、もう……」
孝典さんの優しい言葉、どこか嬉しい。
けど……けど……まあ、ええんかな
うん、だって、私に想う人なんか……
「さ……な、え! ま、ける……なぁ!」
へ?
なんやろ、なんか聞こえてきたざ。
温かい……温かい泣きべそ
「さな、えねえ、ちゃん、がんばっ……て!」
騒がしい、声……
耳に障るざ。
心地ええ耳障り……
「不器用なバカ娘! 死ぬなアホ! 私より先に死んだらアカンのや!!!」
騒がしい、なんやこの声! まるで……タヌキ?
タヌキ?
なんやろ、涙が溢れてくるんやって。
「アカンぞ! ワテより先に死んだら! 早苗はまだ、まだ、生きなアカンのや! ババより先は許さんぞ!」
生きる……
この声も、知っとる!
「早苗! 俺より先に行くな! いつまで家族に迷惑かけとるんや」
「ほや、早苗のオトンの言うとおりやぞ、ウラより先に行くな! 生きろ!」
生きる……この声も、この声も……生きろ生きろって!
けど、嬉しい
「早苗さん、ええ加減に、目を開けや、松浦に遊びにまた来いや!」
うん、この人も、私知っとる。
私は……私は!
《病室 呼びかけ中 先生 副議長来る》
「あんたら、ええ加減にせい! そんな呼びかけで人間が助けらるか!」
「うるさい! 部外者黙っとれ!」
「部外者! 桜井さん、早く病室に戻って下さい! アナタも病人です」
「よう、先生!」
「なんや次は……あっ、篠原さん! す、すみません! 今すぐ……」
「構わん、続けさせや」
「え! なんでですか」
「奇跡を信じるためや」
「き、きせき? 何言ってんですか! この御時世に奇跡なんて」
「治療できんのやろ?」
「そ、それは……」
「治療できんのなら、奇跡に人は縋るのも大切、声は奇跡を起こす大切な魔法なんや」
「医学的に治りません!」
「それじゃ、今すぐ治せや」
「え? で、ですから!」
「医者はな、治してなんぼやって! 治せんのなら、家族に想う人らに、声の魔法を届けるんや」
「……」
「情けないの、けど、今は奇跡を信じるんや。治せないんやで!」
《三途の川 早苗 孝典》
私の胸が熱いんや。
その熱い胸から、声がしている。
知っとる、知っとる声ばかりや。
「ねえちゃん!」
この声は、沙織……うるさいアホ娘やざ。
うるさくて、人懐っこくて……誰よりも強い子や
「早苗、ババの声がわかるかあ」
うん、この声は、ばあちゃん!
ハイカラで、元気な桜井家の長や。
「早苗、ウラより先に死ぬなあ」
わかってます。
わかってますざ。
じいちゃん!
不器用なじいちゃん!
「早苗、お前はまだまだ、終わらんのや!」
これはオトン!
物静かで、控え目なオトンまで……
ありがとうや。
うん、うん……
「早苗、お前はアホかあ! こんなとこで、いつまで寝取るんやあ! はよ、起きろ!」
うるさいわオカン!
あんたやろ、私に……私に……
オカン……私は負けんざ!
オカン負かすまでは……
「早苗さん、情けないの! 悔しかったら、目を開けや!」
松浦の……お母さんかあ!
ごめんの、迷惑かけて、ごめんやざ。
「さなえー! 俺がわかるかあー!」
大声出すな!
わかるざ!
アホやな……アホにまで、私は迷惑かけとるんやな
なあ……幸隆
「どうしたんや? 早苗さん?」
孝典さんが、気づいたみたいや。
私が小刻みに、震えているのをやざ。
私は孝典さんから離れた。
離れて、顔を上げたざ。
「泣いとるんか? なぜや?」
「孝典さん、私、私、孝典さんと、行けんからなんや」
そう言うと、胸にある熱いモノを見せたんや。
ソレを私は外す。
ソレとは……御守りやった
その御守りを孝典さんに見せながら、中を開けたざ。
すると……そこには、小豆が六粒あったんや
その六粒の小豆から……
「死ぬなあ!」
「がんばれー」
「早苗は、強いやろ!」
「さなえー!」
「まだまだ、終わらんざあ」
「起きてー!」
なんか、いろいろな声が聞こえてくるんや。
そして御守りが、熱い!
御守りも、小豆も、キラキラと光り輝いて……私を待っているんやって!
「聞こえるやろ、孝典さん。この声、聞こえるやろ! ごめんなさい……私、行けんのや。帰りたいんや……みんなの場所に、返してください……」
私は泣いたざ。
帰りたいからや。
そして……私が選んだんは家族で……バカな男やから
孝典さんの……弟、幸隆やから
「ごめんなさい……ごめんなさい」
私の泣き声が、辺りに響く。
その声に導かれるように、福井の景色が消えて真っ暗になったんや。
くらい闇に、三途の川、客船、クルマ、そして私と孝典さんがいるや。
孝典さんが再び近づいて、抱く……そして、私をひっくり返した!
「帰れや!」
短い言葉やった。
短い言葉に、ありがとう……ごめん……二つの思いが込み上げてきたって
「孝典!」
そう言って、孝典を見た。
少し孝典が驚いてるざ。
私が孝典に走り寄ると……孝典の唇に、私の唇を重ねたんや!
……孝典とは、はじめての、キスやった
味気ないキスやったけど、私が孝典にできる精一杯の誠意……なんや! これしか、浮かばんかった。
私はバカやざ。
重ねた唇を外すと、深く一列したざ。
すると……御守りが……
安全運転が、一筋の光りの道を灯したんやって。
ブーン!
え? クルマが、いきなりエンジンかかっとる
「早苗、早よ行けや!」
孝典が言うた。
私は孝典を見たざ。
目を伏せ、どこかやるせない……そんな感じやった。
「孝典、ありがとう」
そう言って背をむけたんや。
「早苗、幸隆を頼む!」
……!
「うん! ありがとうやざ」
背中から、全てを解き放つ魔法が聞こえたんやって。
魔法を解いてくれたんは……孝典やった!
私はクルマに乗った。
するとクルマが全自動で動き始めたざ。
いきなり発進すると、もうスピードでその場から離れていくんやざ。
私が振り向くと……そこに、孝典はおらんかった
三途の川も全て、消えて真っ暗やった。
《三途の川 客船 孝典 運転手》
「負けたんやな」
「うるさいわ、ほっとけや!」
「……」
「早苗……か、俺もようやく、追いついたんやけどな」
「あの娘、ええ子そうやな」
「当然や、俺が全ての女を振ってまで、いっしょになりたかったんやでな」
「……当然やな」
「何がや?」
「負けて当然や」
「やかましいなあ」
「ええ奴でもある。ライバルやろ幸隆って、託したな」
「……俺が手に入れられんかった。だから、アイツにくれたるんや。それだけや」
「……そう、しといたる」
《隔離病棟 朝方 早苗》
…………
…………うん
…………なんやろ?
私は目を開けたって。
なんやろ?
おかしなビニール袋の中に、パジャマ姿やざ。
確か、和服着とったハズなのにや。
なんで?
……ん?
私は首にある飾りを見つけたざ。
これは、確か幸隆がくれた御守りやざ
中には確か……小豆が六粒や
…………なんやろ?
何でなんやろ?
涙が……涙が……溢れてくるざ!
私、どうしたんや?
「失礼します……って、誰もおらんのやな、瀕死の病人しか」
「え? 瀕死なんなかあ!」
私は声を上げたざ。
だって、私以外に誰も患者なんておらんのやで。
「……意識、回復してるうー! せっ、せんせー!」
なんやの、あの看護師さん!
失礼やざ!
私、確か……夢見とった
懐かしい人と、再開した夢やったはずやの。
嬉しかった。
そして、切なかったんや。
小豆を見た。
御守りもや。
……やっぱりや
涙が溢れてくるざ。
なんでなんや?
うん? 外が慌ただしいざ?
何なんや?
え?
沙織、ばあちゃん、じいちゃん、オトン、それに……
「オカン、あんた病人やろ!」
「……どアホ! お前が悪いんじゃあ!」
そう言うと、いきなり大泣きしだしたざ!
なんやの!
「ねえちゃん、ねえちゃんやあ」
え? 今度は沙織やざ。
その後、次々に泣いていくんやって。
なんやの?
うん? また足音やざ。
いきなりドアを開けて……幸隆やって!
なんなんや
この、騒がしい……
幸隆を頼む!
……私の心に、この言葉が溢れてきた!
幸隆を頼むって、なんやろ? すごく嬉しい言葉やざ。
「早苗! 生きとる、やったー、言葉が通じたんや」
幸隆が女々しく泣いとるんやって。
なんや、なんや、コイツは……
孝典なら、こうはならんなあ……!
た・か・の・り……
そうやった。
私の夢に出てきた人や。
夢で……なにかをしたんやけど……
思い出せんざ。
「よかったあー!」
「ねえちゃん、生きとるざ」
みんな……ありがとうやって
《二週間後 病院 早苗》
私は今、医大に来とるんやざ。
ここを退院したのは、一週間前やった。
病院からは、奇跡! とか騒がれたんやの。
奇跡かあ。
私は隔離病棟に来とるやざ。
え? 治った私がどうしてここに来とるて?
えへへ……実は……
「じいちゃん、オトン、お見舞いやざ」
「おう、早苗」
「全く、俺、見事に移されたって!」
そうなんやって、私がインフルエンザで倒れた時に予防接種とクスリをみんなにしたらしいんやけど……そん時に、じいちゃん、とオトンはおらんかったんやざ
つまり、次の桜井家の犠牲者なんや。
ごめんの。
まあ、軽かったらしいけど……
「ウラと耕平はええ、もう一人のあれに早よ行けや」
じいちゃんが言うたざ。
オトンも頷くんやの。
ハイハイ……
さて、私はもう一つの隔離病棟に向かってるんや。
隔離病棟にも、特別個室あるんやなあ。
金持ちは、すごいざ。
おや、病室前に松浦のお母さんがいるざ。
「こんにちは」
「あら、感染源や」
え! そんなあ……
「ウソや、ウソ! 全く! 予防接種したのに、かかるバカがこの中にいるざ」
お母さんが、笑いながら指差したんや。
入ってええざ……そんな感じでやざ
「入るざ、幸隆!」
私は病室に入って言ったんや。
お母さんは、どこかへ行くらしいざ。
作ってくれたんやな。
さて……まずは謝って、ありがとう、言わなあかんの!
私らの会話は、聞かせんざ。
つまらん会話やで。
託された男は……つまらんええ男やざ!
おわり……次回最終話