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《足羽川河川敷 早苗 孝典》
「孝典さん……なんやってぇ? 私、死んだんかあ」
「そうや……その予定やざ」
孝典さんが言うた。
なんやの、その予定って?
「早苗さん、俺は待っとったんや」
孝典さんが、言うたんや。
キレイな瞳が、一層キレイに輝いている。
アイツとは違う瞳やざ
……アイツ? 誰や、アイツって?
「早苗さん、どうしたんや?」
「孝典さん、いい瞳や。なんやろ、アイツと違うような」
「アイツ……幸隆のことか?」
孝典さんが、言うたざ。
なんやろ、少しこわいって。
それに誰やろ?
幸隆って……
聞いたこと、あるざ。
けど思い出せんのや。
それだけやない、なんやろ?
大切な何かを、忘れているみたいや。
大切な何かをやって!
ふと、町の音が、止んだ。
辺りを見渡す。
クルマが、走っとらんざ。
一台もないんや。
「あれ? クルマが走っとらんざ。さっきまで、走ってたんに」
「ここのクルマは、意味がないんや」
「意味がない? なんでや?」
私は孝典さんに聞いたざ。
孝典さんは笑いながら言うた。
「ここは違う世界の入口やから」
違う世界?
どういう意味なんや?
空を見渡す。
……少し怖いざなんでや?
足羽川を見る。
……なんやろ? 水かさと流れが、速くなっとるような?
「足羽川……か、この川なそんは名前やないんや」
孝典さんが私に寄り添って、肩を抱いたざ。
右腕が私の両肩を、優しく包んでくれとる。
二人で足羽川を、見ているんや。
「足羽川やないざ。この川はな……三途の川やざ」
孝典さんが言うたんや。
え? 三途……の川、それって!
私は孝典さんを見た。
横から見る孝典さんの顔は、川の流れをジッと見ていたんや。
何を考えてるんか、ようわからんかった。
「俺は迎に来たんや。早苗さんはもう少しで、この川の向こうの人間になるんや」
ふと孝典さんが、言うたざ。
川の向こう側……違う世界
…………
…………そうなん?
私、もう川の向こう側に行かないといかんのか?
「早苗さんは、死ぬんや。そしてすでに、生きていた時を刻んだ記憶が消えかかってるやろ」
記憶が消えかかってる?
私は……桜井 早苗やざ
確か福井の寂れた所に住んでいて……住んでいて……
住んでいた?
誰と? 一人で?
……わからんざ
「俺は勝ったんや」
孝典さんの右腕に、力がこもる。
強く痛いくらいにやざ。
「少し痛いざ」
「ごめんや、こちらの世界でも、痛いはあるんやった」
そう言うと、孝典さんが右腕を外してくれた。
そして私の目の前に立ち、ジッと見ている。
孝典さんの後ろには、足羽川があり何やら音がしているって。
「早苗さん、早よ行こう」
孝典さんがそう言うと、足羽川を見せてくれた。
そこには足羽川の川幅が広くなっていて、向こう側が淡い青色に包まれてとるんや。
そして川にはいつの間にか、おそらく二人乗りの客船があり船頭さん? ちゃう、おそらく客船の操縦士がいるって。
「手で漕ぐ舟は、昔やざ。今はエンジンやて」
孝典さんが笑てるざ。
笑てるけど……
昔は手漕ぎて、今はエンジンやって言うてるけど……
「とにかくや、行こう。俺が……」
「俺が、なんや?」
「俺が嫌いやなかったら」
孝典さんが、真剣な眼差しを向けたんや。
私は、ハッとしてもたざ。
ハッとした。
なぜなら、この人に恋をしていたからやざ。
やっぱり、今でも想っているんや。
私は……想っている……けど、なんやろ?
想っていても……
孝典さんに踏み込めんのや!
なんてやろ。
私はこのまま孝典さんに、身を任せればええんや。
ええのに……
「私……私……」