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《羊羹対決 駅前東口 沙織と友達多数その一人》
「沙織、ここでやっとるざ」
「確かここ含めて、三カ所なんや」
「ねぇ、沙織、勝たせるために来たんやろ?」
「当たり前……と、言いたいけどここは、美味しいと思う方やざ」
「意外な回答や」
「一応は正々堂々やで」
「……一応、ね! 桜井」
「アハハ……早苗姉ちゃんがんばれ! 私は私なりに、やっとるざ」
《駅前 ターミナル 幸隆と部下数人の一人》
「松浦課長、いいんですか?」
「なにがや」
「こんなんに介入してやって」
「俺個人のことで誘ったんや」
「……お兄さんでは?」
「こら、社長言えや! あんまり関係ない」
「あんまりですか?」
「……とにかく、食うてみるぞ!」
「逃げたって」
「うるさいんや」
《駅前西口 特設会場》
やっぱりやって。
背中の痛さが、体中に回り出したざ。
「早苗さん、アナンサーさん来るざ」
女将さんの言葉が、耳に入ってきた。
がんばれ! 桜井 早苗!
気合やって!
「さて、次は、高塚屋さんと さくらいさんの合同チームに羊羹の説明をいただきまーす」
「ええなぁ、美人二人に」
「あら三人では?」
「……放送事故がありましたことを、深くお詫びします」
「おい!」
……相変わらずやの
「アナンサーさんも、大変やの」
女将さんが笑てる。
ほやな……
「さて美人二人さん、こちらの羊羹の説明をお願いします」
アナンサーさんが、言うたって。
私は女将さんに、目線を飛ばす。
女将さんが頷いた。
そして、喋り始めだざ。
「私らの羊羹は、容易した三竿の羊羹は虚、健、甘……この三つの言葉で表せて、福井の羊羹がこの先こうなるんじゃないか? と予想して創りました」
「……なんか、スケールの大きなことを言い出しました」
アナンサーさんが、どこかビックリしてるざ。
「まず、私、高塚屋の私から一つ目の羊羹の説明をします」
女将さんが言った。
!!!
なんやろ?
頭の中に、電気が走ったみたいや。
まだやざ、まだなんやでの。
早苗さん……待っとるでな
へっ? 誰や?
今なんか、声が……
アカン、アカン今は、対決を集中せな!
「一つ目の白い羊羹ですが、実はバナナの甘さを使った水羊羹なんです」
「え? バナナですか!」
アナンサーさんが、本気で驚いとる。
まさかリハーサルしとらんのか?
「高塚屋と さくらいさん、つまり私らと親しくしてくれたお店がありました。そのお店は、戦後から続く……いいえ続いた店で当時のことを教えてくれました」
「はい」
「そのお店、戦後の厳しい時期に小豆が手に入らんかったんです。もちろん砂糖もあまりなく、それでもなんとかしないといけない……その時に思いついたのがバナナ羊羹なんです」
女将さんがバナナ羊羹を、指したざ。
アナンサーさんがそれを見ると、一口パクっと口に入れたざ。
「うわ、バナナですね。その後に豆の甘さが、顔をのぞかせてます。いきなり思いっきりの、変化球ですね」
「バナナは思いっきり黒ずんだモノを利用します。冷蔵庫がない時代ですから、バナナはそこでも力を発揮したんでしょう」
「なるほど!」
「けど、あまり作らんかったらしいんです。理由は当時は、バナナが高かった。それを切り詰めながら、販売したけど……辞めたそうです。戦後でなにもない時代、売り上げを多少は度外視したとは言ってました」
少し悲しい顔に、女将さんがなった。
わかるな。
わかるざ。
「その店は、大福を中心に売ってたんやけど、店を辞める……もう辞めたかも知れません」
「なるほど……少ししんみりします」
アナンサーさんが、伏し目になったざ。
この人の演技か? それとも、感受性なんかあ?
「では、二つ目の深緑の羊羹を、教えていただきます」
アナンサーさんが、いきなり言うた。
女将さんが、私に目線で訴える。
コクリ……そんな感じで、私は頷いたざ。
これは私が言わなアカンな。
「これはヨモギです」
「あっ、なるほど!」
アナンサーさんが、どこか納得しとるって。
「ヨモギは大福なんかで食べますから、相性抜群ですね」
「はい、でもコレに行きつくまでいろいろ試行錯誤、ありました」
私は言うた。
頭のズキズキを、こらえながら……
「実はこの羊羹、病人でも食べられるようにと、依頼されて創った羊羹なんです」
「へえー、そんなことが……」
アナンサーさんが、大袈裟に頷くざ。
「それを今回、使わせて貰いました。甘さの中にヨモギの香りが広がり、どこか懐かしい。そんな羊羹です」
私は言い切ったって。
懐かしい……懐かしい……んや
懐かしい……んか
まあ、そうやってな!
「!」
「あれ? どうしました」
「い、いえ、少し緊張してます。あがり症なんや……あっ!」
「はい、あがり症から方言出ましたあ」
アナンサーさんが、上手くフォローしてくれたざ。
……なんや? いまのは!
「さて、では三つ目の羊羹の説明、続いてお願いします」
アナンサーさんが言うた。
そや、今は、対決に気を使わなんと!
「三つ目のこの羊羹、見た目は普通です。少し食べて見て下さい」
私はそう言うたんや。
アナンサーさんがそれを摘むと、口に入れた。
「えっ! すっごい甘い! なんか、羊羹の甘さを超えた甘さです」
「そうです。私らの三つ目の羊羹は、激甘羊羹なんです。福井の水羊羹の始まりを知ってますか?」
私はアナンサーさんに振った。
いきなりで、ビックリしとる。
「いきなりきましたね……知りません」
「福井から県外に、主に関西方面に丁稚奉公していた小僧さんに繋がるんです。丁稚さんが、里帰りする際に店の旦那さんから羊羹……水羊羹じゃない羊羹をお土産に持って帰ったんです」
「へえ、それで」
「持って帰った羊羹、これは貴重な品です。それを家族みんなに食べて貰おうとします。しかし昔は家族も多かった、このまま食べたら両が少ない。だから羊羹を水に溶いて寒天を流し量を増したらしいんです」
「へえー」
「増したんですが……増した量だけ味が、甘さが薄くなったんです。その甘さの薄い水羊羹が、実は福井の羊羹の原点です」
私はここまで言うと、少し息を吸った。
少し喉が乾くんや。
けど、ここは続けな!
「とは言っても、今私らが食べてる羊羹は原点の羊羹に比べて、かなり甘いんです」
「え? 本当に?」
「はい、何故、甘くなったか? コレは時代の流れやと思います。時代の流れが、甘さを変えてきたんです。この羊羹、未来を見据えた羊羹です。福井の水っぽい羊羹、間違いなくそれを補うために甘くなっていきます。何故なら、それが時間の流れ……みんなに受けるからです」
私はここまで、言うと女将さんに目でお願いした。
締めて下さい! そう、訴えたんや。
女将さんは頷いたざ。
「大甘羊羹、早苗さんは激甘羊羹と呼んでいたモノ、これは大量の砂糖……そして、水飴を大量に使ってます」
「大量の、あっ、だから粘り気が少しあったんですね」
「はい、そうです。実はバナナ羊羹と大甘羊羹、これは私らの先輩方の意志を継いだ羊羹です」
「意志、ですか?」
「はい、実はこの先輩方は、長年和菓子屋一筋で、生きてきたんです。いろいろな苦労もあり、それでも歯を食いしばって頑張ってきました。けど、この冬に店を畳んだんです」
「……世の中、大変ですからね」
「大変です、特に今は、とても大変だと思います。そんな先輩方の知恵と経験を、私らは引き継がないといけません。その先輩方……いいえ、この先、和菓子屋を続けていく私たちにとって、未来に向けた羊羹を! そして託して貰える責任感……少し言葉が大袈裟になりました。でも、そんな感じで今回の羊羹を創りました」
女将さんが、言うてくれた。
そうなんや……今回の三つの羊羹
ううん、三竿の羊羹は未来を見た羊羹なんや。
そして店を畳んだ、沢田さんと北倉さんの意志を残った私らで継ぐ決意みないなモンなんやって。
その決意で見つけた答は……甘さの追求
そしてこれからは、羊羹が益々甘くなる予想も込めた。
……よし、言い切った
少し、気分が……
ヨモギ羊羹は、未来に残るんか?
……!!!
なんやって!
何なんや?
一体誰や?
本当に……何なんや!
「ここで、コマーシャルでーす」