100
《対決当日 お昼過ぎ》
高塚屋本店に、私と女将さんがいるざ。
中の事務所みたいな場所に、二人で座って待っとるんや。
何を待っとるんやってか?
羊羹やざ。
コレしかないやん。
朝から本店の製造室は、羊羹を作っとるんや。
私らが苦労したあの三本の水羊羹、後はヤルだけやざ。
「早苗さん、勝とうの」
女将さんが、気合入れて笑とるって。
「もちろんですざ」
私も気合満タンなんやって。
満タン過ぎて、昨日は寝れんかった。
どうやら気合が入り過ぎとるんかあ?
「女将さん、300セット、上がりました」
亮さんの声が、耳に入って来たざ。
キリッと締まったええ顔やの。
咲裕美には、もったいないって。
「わかった、午後になったら運ぶんやざ」
「はい」
親子の会話を、聞いてる私がおるんや。
うーん、何か新鮮や。
「早苗さん、女将さんをお願いしますんやって」
亮さんが笑たぁ。
私も笑たざ。
よし! やるざ!
「あっ、そうそう、お母さんからこれ預かってたんや。ちょっと待っててや」
女将さんがいきなり、事務所を後にしたざ。
そして少しして……お手間玉?
「昨日、お母さんの見舞いに行っての、これをもらったんや。早苗さんの御守りにとか言うとったざ。まあ、暇つぶしで作ったんやろな」
女将さんが、お手間玉をくれた。
オカン……正直、邪魔やざ
私はお手間玉を触りながら、縫い目を見とる。
なんか不器用な縫い目やなあ。
……あっ、解れてもたわ
すると何粒かの小豆が、こぼれて床に落ちてもたって。
私は小豆を拾い集めた。
女将さんも、手伝ってくれたざ。
漏れた小豆は、六粒やった。
確かこれだけや。
拾い集めた小豆を、私は見とる。
……家から持って来たんやろな
小豆でお手間玉なんて、乙女やなオカンも。
とは言ってもや、コレは邪魔や。
高塚屋さんに、置いといて貰うわ。
小豆は捨てるには……あっ!
六粒の小豆を私は手に握りしめたんや。
後で、あれに入れとこ。
うんそうしよう。
「早苗さん、小豆やな。和菓子の命やざ。粗末にしたらアカンざ」
女将さんが言うた。
そやの、小豆は命や。
私の全て……としておくざ
「私、亮とこ行ってきます。早苗さん、少し休んでての」
女将さんがそう言って、事務所を後にしたざ。
私は服の下から、首にかけた御守りに……
幸隆がくれた、恋愛成就に小豆を入れたんや。
理由はわからん。わからんけど、コレに入れたいと思ったんやって。
私、やっぱり神経質になっとるんかあ?
御守りを服の中に戻す。
すると計ったように、女将さんが戻ってきたざ。
「早苗さん、そろそろ行こかの」
第十三話 羊羹対決! そして……
《午後 駅前西口 特設会場》
外は曇りや。
鉛色の空の下で、羊羹対決が始まりつつあるんやって。
テレビの人達から、軽くメイクされたって。
女将さんが、こそばゆいって笑てた。
私は……全くそんな感覚がなかったんやけどな。
鈍感になったんかあ?
「くすぐったいのう! テレビ映りようしてとは言うたけど、くすぐったってなあ」
私と女将さんの反対側にいる、おっさんが毒ずいとるざ。
あれが、大名閣の社長で元凶でもある迷惑なおっさんやっての。
なんか気難しそうで、私の性に……
「私の性に合わんなあ」
女将さんが、小声で言うたって。
私はコクコクと、頷いたんや。
ん? なんやろ? なんか頷きずらいような?
「どうしたんや?」
「なんでもないですざ」
私は即答したって。
アカンなあ、緊張してきたんやって。
頷きずらいのは、そのためなんやの。
ローカルのテレビ放送言うても、映るんやで。
「放送まで後少しです。皆さん笑顔でお願いします」
テレビ局の下っ端が言うたって。
かなりのテレビスタッフがいるざ。
あっ、いつものアナンサーさん達やって。
まじかで、見てもたざあ。
一人盛り上がっとるって。
まあ茶の間の盛り上がりは……イマイチやけど
福井の特徴なんやな。
……だめや、今は集中や
後少しで始まるんやって。
「それでは、皆さん、十秒前!」
きた!
さて……始まるざあ!




