ドラフト自分会議
「それでは、これから抽選となります」
場内アナウンスが流れ、俺は緊張しながら立ち上がった。
ドラフト会議の一巡目。2015年の俺が指名したのは、1999年の斎藤秀喜。競合が予想されていたが、案の定くじ引きによる抽選の流れになった。俺は壇上に案内されながら、深呼吸を繰り返した。外すわけにはいかない。2003年の斎藤秀喜も「当たり年」だったが、やはり最高は1999年だ。
「それでは、2005年の斉藤秀喜監督、くじを引いてください」
アナウンスに促され、右端にいた10年前の俺が箱の中に手を突っ込んだ。やはり10年前の俺も、99年を狙ってきたか。思い返せば1999年。あの頃はまだ小学生で、何もかもが新鮮だった。05年の俺が大事そうにくじを右手で引いた。浪人で苦しんでいる10年前の俺には悪いが、あの頃に戻りたいと思う気持ちは今の俺だって負けてはいない。
「それでは、2010年の斎藤秀喜監督、くじを引いてください」
声と共に、疲れた顔をした5年前の俺がゆっくり前へと歩みでた。次は2015年、俺の番だ。外すものか。俺が99年の俺を引当て、俺の人生を素晴らしいものへと導いてみせる。
「それでは、2015年の斎藤秀喜監督、くじを引いてください」
名前を呼ばれ、俺は震える足で箱の前へと歩を進めた。俺の姿を見て、観客がざわざわと騒ぎ始めた。10年前は浪人。5年前は就職失敗。だが今の俺には、自慢じゃないがギャンブルで背負った多額の借金がある。過去を変えたい、という切実な思いなら、過去の俺達にも負けちゃいない。
俺は右手を箱の中へと伸ばし、最後に余った一枚を掴んだ。ゴクリと生唾を飲み込む。そのまま係員をしていた俺に封筒を渡した。やがて一枚の紙を代わりに手渡される。
「それでは皆さん…一斉にくじの中身をお確かめください」
薄暗い場内にアナウンスの俺の声が重たく響き渡る。俺はギュッと目を閉じて、小刻みに震えながら紙をめくった。恐る恐る覗き込むと、そこに書かれていたのは…。
「うおおおおおお!」
俺の横で、05年の俺が歓喜の声を上げ右手を突き上げた。俺は驚いてそちらを見上げ、すぐさま紙に目線を戻した。
俺が引いたくじには、何も書かれていなかった。
場内が拍手に包まれる。99年の俺と交渉権を得たのは、05年の俺だった。おそらく受験のために小学生の頃から勉強を強いるつもりなのだろう。下らない。受験なんかで過去を変えたいだなんて、今の俺の苦しみに比べればどうってことはない。俺は唇を噛んで喜ぶ05年の俺を見つめた。
だが、まだ交渉権を獲得しただけで交渉自体が成立したわけではない。今までにもドラフトで指名された俺が拒否した例はいくらでもある。自分が外れたからだろうか。99年の俺には是非交渉を蹴って欲しいと思った。がっかりと肩を落としながら、俺は自分のテーブルに戻った。このままでは借金を返せない。明日には借金取りが家にやってきて、身ぐるみ剥がされてしまうだろう。いっそこのまま夜逃げするか、それとも死んでしまおうか。絶望的な想像が俺の頭の中を駆け巡った。
「監督!今のお気持ちをどうぞ!」
失意のまま椅子に座ろうかとした俺を、インタビュアーの俺が呼び止めてマイクを向けてきた。
「ご覧の通りですよ。非常に残念です…」
「違います監督!指名されてますよ!2020年の斎藤秀喜監督から、2015年の斎藤秀喜選手に」
インタビュアーの俺が興奮したように持っていたタブレットを俺に見せた。そこに写っていたのは、数年後に開かれるのであろう「ドラフト自分会議」だった。5年後の俺が俺を指名してきたのだ。
俺は目を丸くした。一体5年後の俺が、今の俺になんの用事だというのだろう。まさか…5年以内に、まだ何か起こるのだろうか。ちょうど小さな画面の向こうでは、監督インタビューが行われていた。5年後の俺から、俺に向けてメッセージが伝えられる。
「斎藤くん!今の君の借金なんて、大したことない!今すぐ僕と人生をやり直して、未来を変えよう!」
そう力強く、笑顔で宣言する5年後の俺を見て、俺は複雑な気持ちになった。少なくともあと5年は、生きていようと思った。