問1,それって勿体無いと思うんだ
ある学校の体育館倉庫には天井から一本の縄が吊るされていて、その前には一人の男子生徒。吊るされた縄の先に円を作って、その前に置いた台の上に立つと唾を飲み込んだ。
何をしようとしているかは一目瞭然である。
体育倉庫の前には彼の携帯電話が開いたまま置かれ、そこには母親への謝罪が綴られたメールが写っていた。
「母さんごめんなs……!?」
「君、死のうとしてるの?」
自殺を試みていた男子生徒は、急に聞こえた声に驚いて勢い良く台から転げ落ちた。
振り返ると見慣れない格好のにこやかだがどこか胡散臭い青年。そして手の中には遺言として男子生徒が体育倉庫の前に置いておいた携帯電話があった。
「まだ若いのに、なんで?」
面白いものを見るかのように尋ねてくる。
「…止めにきたのかと思ったけど、違うみたいだな。あんた誰?」
「答えてあげるけどその問いに答える前に、僕の出した問いに答えて」
男子生徒は渋々と話し始めた。クラスメイトにいじめられる事や、自分に取り柄がないこと、親との仲が悪いこと、領域が悪く気が小さいから自分の意見が言えないこと。生きるにはいっぱいいっぱいで嫌になったことを、勢いに任せて洗いざらい吐き出した。
そんな答えがつまらなかったのか、青年はしゃがみこみながら男子生徒の携帯電話で遊んでいた。携帯電話が珍しいのか使うのに苦戦しているようだが、男子生徒の話を聞くよりかは暇つぶしになったらしい。
そんな様子にできるブチ切れる男子生徒。知り合ったばかりの青年に思わず叫んだ。
「お前が聞いたんじゃないかよ!」
顔を真っ赤にして叩きつけられた言葉に、青年は微笑みながら答えた。
「なぁんだ。聞いてる限りじゃ意見も言えないヘタレに聞こえたけど?言えてるね、自分の意見!」
携帯電話を閉じて立ち上がると、ぽけっとしてる男子生徒に向かってそれを手渡した。一時真っ白になった頭の中を再び思考が巡ったとき、男子生徒は携帯電話を開いた。名前も知らない奴に遊ばれていたのだ。どんないたずらをされているかわからない。
携帯電話を開くと、画面には一行の文。
『編集中のメールを削除しました』
「死ぬ必要なんてないんじゃない?だって君、もう自分の意見言えてるし、取り柄なんて見つけるもんでもないと思うしさ」
男子生徒は立ち尽くした。青年は言葉を続ける。
「それに命は一人に一つしかないし、まだ若くて可能性は沢山ある。なのに命を絶とうとするなんて。それって勿体無いと思うんだ」
「…思ってても上手くいかないのが普通なんだよ。人間なんてそんなもんだ。僕みたいに弱いものが強いものにイジメられて死んだって、きっと世界は変わらない。だから………」
罵声の一つでも飛んでくると思った。呆れてここから立ち去るかと思った。けども青年がとった行動は男子生徒をまたも呆然とさせた。
体育館倉庫に響く青年の笑い声。男子生徒は焦った。自殺するところをこれ以上他の奴に、ましてや知り合いなんかには見られたくはない。青年の口を塞ごうと、とっさに近くにあったバスケットボールを青年に投げつけた。
だが、それが青年に当たることはなかった。
ボールは青年の目の前で見えない壁のようなものに当たって、真っ直ぐに男子生徒に跳ね返ってきたのだ。
「なッッ!?」
「ハハッ!確かに人間は弱い生き物だよ。君一人が死んだって世界はなんも変わらないだろうね。けど君が生きて努力すれば、世界は変わっていくかもしれない。小さくても毎日少しずつの努力で人は変われる。君たち人間はそんな強さがある」
男子生徒はその言葉に気付かされた。いじめられる事になった原因は虐められてるクラスメイトを庇ったから。意見が言えないのは自分のマイナスな面ばかりを見て自信をなくしていたから。取り柄がないのは逃げ続けて得られるものを逃していたからから。
考えてみれば、クラスメイトを庇う勇気がある。逃げなければ成長できる。そう思うと、男子生徒は少しずつ自信が湧いてきた気がした。
「お、俺、今からいじめてきた奴らに言ってくる!もう僕は弱い奴でいることをやめるって!お前たちなんて怖くないって!」
走って体育館倉庫を出ていこうとする男子生徒に、青年は言った。
「君の問に答えるよ。僕は人間じゃない、神様なんだ。ただしいわく付きだけどね。人間は面白いからたまにこうしてからかいに来たりしてるのさ」
その答えに男子生徒は答える。
「タチの悪い神様だな!けどおかげで吹っ切れたよ」
青年は負の空気が消えた体育倉庫に吊るされた縄を焼き切った。転がっているバスケットボールをつきながら体育館に入ると、入口から一番離れたバスケットゴールに向かってボールを放った。
「死ぬように背を押すこともできたけど、あの人間は僕なんかのテンプレートな言葉で立ち直っちゃった。まぁそうあって欲しかったけど単純だよなぁ」
高く高く放ったボールは真っ直ぐにゴールに吸い込まれた。ボールがネットを潜り床に打ち付けられる頃には、青年の姿は体育館から消えていた。
一方自殺を断念した男子生徒は、虐めっ子にボロカスに殴られて痣だらけになっていた。だがその顔に後悔したような表情はなかった。
「…はっ……神様なんて居るわけねぇってわかってる。けどなんか、道が見えてきたな。」
夕暮れで赤く染められた帰り道で、男子生徒の影は水に映るようにゆらゆらと揺れた。だがその影は今までとは違い真っ直ぐに前を向いていた。
「ほんと、これだから人間は面白いだよな………」