真実
「全く、デリカシーのないやつだな。」
教室で春子は里衣に言われた。特に傷つきもしなかった。しかし、家庭環境についてはまだ気になっていた。
「ごめん。でも、話してくれないと解決出来ないし…」
春子は困惑した。
「あのね、春子に解決できることじゃないんだよ。これは。プライバシーにもかかわるしね。だから、話したくない。私にだって、解決出来ることじゃないんだよ。」
冷淡に里衣は言った。もう、兄について考えたくなかった。
「…そう。」
春子は残念そうに言った。何でも話してくれて構わないと思ったのだが、現実はそう簡単ではないらしい。里衣は彼女の目をじっと見つめた。行動自体に意味はないが、里衣の勘が何かを察した。
「めんどくさいことになるかも。」
「…なんで?」
「春子が何考えてるか、今分かったから。利用されそうな気がして言えないけどね。」
春子はポカンとした。勘とはこのことをいうようだ。
「知りたかったら、横田に聞いてきなよ。教えてくれるかもよ?」
放課後春子は体育館に行った。横田は待っていたかのように彼女の目の前にいた。
「…すいません、聞きたいことがあって。」
「何?」
横田は表情を変えなかった。彼女は訥々と質問をした。
「平方里衣とはどうして一緒に暮らしてないんですか?」
「…誰だよ、それ。困るな、知らない人の名前言われても。」
横田は首を横に振りながら言った。知らないはずない。春子と一緒に会ったのだから。彼女は憤りを感じた。
「知らないはずないですよー。一緒に会ったじゃないですか。」
横田は首を傾げた。
「誰だよ、いつ会った?」
「昨日の放課後です。横田さんに、ここまで連れてきてもらったんですよ。」
彼女は言った。
「へえ、俺ってそんなことできたんだ。知らなかったなあ。」
彼女はそれを聞いてふと思い出した。彼は変な人なのだ。このままじゃ、話が進まない。彼女は本題に入ることにした。
「それで、ほんとに知らないんですか?」
「…うん。知るわけないだろ。会ったことないって言ってんのに。」
横田は依然として態度を変えない。彼女は諦めて帰ることにした。
「そうですか。。聞きたいことはそれだったんですけど。分からないなら仕方ないですよね。ありがとうございました。」
お礼を1つ言い、その場を後にした。
春子は体育館で里衣と話し込んでいた。
「…ねえ、里衣?横田さんに会ってきたよ。」
春子は顔色を伺いながら言った。里衣は表情を変えずに
「ふうん。で、どうだったの?」
と冷淡に言った。春子は少しがっかりしながら、
「あの人、記憶喪失みたい。分かってくれてないから、帰ってきちゃった。」
と言った。里衣は分かっていたふうな顔をして、
「…正確には呪いなんだけどね。」
と、押し殺すように言った。春子はよく分からなかった。と同時にちょっと待てと思った。
「呪いってどういうこと?何か悪いことしたの?」
里衣はまた質問攻めかと、ため息をついた。仕方が無いので、話してあげることにした。
「全くしょうがないやつだな。あのね、横田は父親に虐待されてたんだよ。と、言うのも、やつは薬物依存してて、幻覚をしょっちゅう見てたらしい。わたしは詳しく知らないけど、黒魔術とかいうのにハマってて、ほんとに呪いかけちゃったらしい。」
春子は驚愕した。顎が外れるかと思った。
「…分かってもらえた?だから、わたしは話したくなかったんだよ。記憶喪失に見えるのは、記憶が1日しか持たないように呪いをかけられちゃったからなんだよね。」
春子は二の句が継げなかった。自分は迂闊だと思った。里衣は半泣き状態で、春子に背を向けた。
「…そういうことだから。」
本当は兄を救いたかったけど、怖くて出来なかった。思い出すだけで、里衣は震え上がってしまう。
里衣は自宅の廊下に立っていた。いつものことだが、ここは酷く暗い。今は夜中なので、ますます暗く思える。トイレに起きた彼女は、それを今終えたところで、リビングを通って、部屋に戻ろうとした。その時、
「バコン!」
と、鈍い音がした。彼女が行こうとしていた場所から聞こえた。彼女は好奇心からリビングに駆け込んだ。
「…!」
そして、声を押し殺した。
目の前に、いるはずのない人が倒ている。そして、横には草刈り用の鎌を持って悲しげな顔をした父親が立っていた。彼女は気が動転した。肩が震えた。
「…逃げて…。お願い。殺られるのは僕だけで充分だから。」
倒れている人は苦しみながら、言った。
「…うぁ…あ、かったぁ…。」
声にならない声で彼女は言った。しかし、足がすくんで動かない。突然後ろから父親が襲いかかってきた。
「…なぜ死なないんだ足ああああ!!!」
彼女は目をつぶった。恐怖に勝るものなどなかった。
鎌の先が首筋に少し触れたとき、後ろから声がした。
「…人殺し。最低ね。」
母の声だった。里衣は救われた気がした。
「…お母さん。。」
呟いた。しかし、母親は彼女を見ていなかった。母親は倒れている人を抱え込むと、そのままどこかへ行ってしまった。里衣はいよいよダメだと、また、目をつぶってた。
どれくらいたっただろうか。彼女は真っ白な空間にいた。辺り一面見渡しても、何もない、本当に真っ白な空間だった。
「ここはどこ?」
彼女は叫んだ。出して欲しくて泣いた。ずうっと長い時間泣いていた。
「…お父ちゃん、酷いことするなぁ。お母ちゃんもだけども。里衣ちゃん、さみしかったろうに。」
ふと、上の方から声がした。
「…誰?」
「ははは、分からんでも無理はないのう。わしは、お前さんの先祖じゃよ。見てられんくて、出てきてしもうた。」
「…先祖?それって何?」
里衣はまだ、幼かったので、理解できなかった。
「…里衣ちゃんには、お父ちゃんとお母ちゃんがおるじゃろ?」
「うん!」
「そのお父ちゃんとお母ちゃんにも、お父ちゃんとお母ちゃんがいるんじゃ。そうやってずうっとずうっと続いてきた。」
里衣は頷きながらじっと聞いた。
「そうなんだ!じゃあ、おじいちゃんは誰のおじいちゃんなの?」
「…わしは、里衣ちゃんのお母ちゃんのおじいちゃんじゃ。」
「わあ、すごい!お顔見たいな!」
里衣は拍手しながら言った。彼女が生まれた時、既に彼はいなかったので、彼女はずっと会いたかったのだ。
「…残念じゃが、それはできん。しかし、夢でなら、会えるかもしれんな。」
「そうなの?また、会える?」
里衣は涙目で尋ねた。
「…ああ。そのためには、この力がなくてはならんな。ちょいと後ろを向いてくれ。」
彼女は言われるがまま、後ろを向いた。すると、綺麗な光に包まれた。
「…わあ、綺麗…」
そして、笑っていると、
「本当は里衣ちゃんも、お兄ちゃんも助けてあげたかったんじゃかな。お兄ちゃんには障害が残ってしまいそうじゃ。。」
意味深なことを言われた。
「…お兄ちゃん?」
里衣はそれが先程まで目の前に倒れていた人だと分からなかった。
「そうじゃ、知らんのか。里衣ちゃんの目の前で倒れておったろう。」
彼女は少し考えてハッとした。
「あの人わたしのお兄ちゃん?」
「そうじゃよ。何か変な音を聞くことは無かったかね?」
彼女は
「あった、いっぱいあったよ!」
と一生懸命伝えようとした。しかし、まるでおじいさんは遠のいていくようだった。
「すまん、時間切れのようだ。また今度じゃ。」
そうして彼女は目を覚ました。
目を覚ました時、里衣は集中治療室にいた。緑色の天井が見えた時、彼女は一瞬どこか分からなかった。
「よかった。目を覚ましたわね。…」
にこやかに看護師が話しかけてきた。その時初めて彼女はここが病院なのだと覚った。
動きたくて仕方が無い。じっとしていられない。何とも言えない感じがした。ふと、自分の腕に目をやる。細い管が通っている。これはなんだろう。と、彼女は思った。そして、全て思い出した。
(わたし、殺されるところだったんだ!)
そう思うと、自分が生きていることに安心感を覚えた。そして、にやけた。この時初めて父親を憎んだ。
(絶対に許さないんだから!)
しかし、彼女はどこまでが夢だったのか、あやふやだった。そのため、おじいさんにあったのは現実だったのではないかと思った。
(おじいちゃん、わたし、生きてる。)
生きている実感なんて今まで感じたことはなかった。だから、確かに自分の中にそういった考えが生まれた。しかし、それが彼女のスキルを引き出してしまうとは、この時彼女自身で気づいていなかった。