うたた寝程度だと思ってたんだ。
「はぁ…」
「どうした」
俺のやっとつけた一息はため息に近いものだった。
外はもう夕焼けに包まれている。
とりあえず疲れ果てている俺を不思議そうに見てくるデップは放っておき、部屋に置いてある2つあるベッドのうちの奥の方にあるベッドに腰かけた。
もしここが1人部屋であったのならば、本当の一息がつけたであろう。
しかし現実には目の前には、やっぱりと言っていいのかこいつ(デップ)がいた。
ここは町外れにある小さな宿屋の2階。狭くもなく、広くもないベッドが2つ並んでいるだけのシンプルな構造をした部屋だ。ちゃんと風呂もトイレもあるみたいだから別に文句は言わない。
いくらお金がわんさか、モリモリあったとしてもここで一気に使うわけにはいかないため、リッチなワンルームを借りるわけにはいけないのだから。
別に拗ねてなんかない。数時間前に、やっと実った努力の結果『宿探し』を提案したのは俺なのに好きな部屋を選べなかったことに対しての文句しかないが文句なんてない。
「しかし屋根のある寝床がこの街にはあるんだな」
「貴様が今までどんな屋根なし街を見てきたのか千里眼で全て分かっているが、俺の優しさにより何も聞かないでおいてやろう」
物珍しげに天井をキョロキョロとするデップに、一体どんな修羅場をくぐれば天井のない寝床までいきつくのか、と逆に不思議に思う。
まぁ、正直そんなことはどうでもいい俺はとりあえずフカフカとは言い難い質素なベッドに横たわることにする。今までの寝床に比べれば天国だ、贅沢は言わないでおこう。
そうだ、今から俺の成り上がり劇が始まるのではないか!?そうだよ、何も才能がないと見せかけて本当は奥に秘められた力が眠っているだけかもしれない!!俺を贅沢なベッドが待っている!!
「何をニヤニヤしているんだ」
「時が迫っていることにも気づかぬ愚か者目が、せいぜいそこでうつつを抜かしていればいい」
「本当によく分からないやつだな、お前は」
もう何も言うまい、と呆れたようにデップはため息をつき、そのデカい図体をベッドにおろした。
ここのベッドも狭くはないはずなのにデップが使うと小さく見えてしまうものだから、こいつはどんだけデカいのだと、気になってくる。誰か身長測定するあの隠しアイテム(ただの測定器)は持っていないのか。
なんて下らない事を考えながら俺は天井を見上げ、ふと考える。忘れていたわけではないが、俺はデップのことは全くと言っていいほど知らない。
TVで見ていたのでは?という愚かな疑問を持った輩は、一度この小説を読み返した方がいいだろう。だが俺様は優しいからな、簡単に説明してやろう。
つまりだな、これはクソアニメだった、ということだ。設定も不明、最終回も意味不明、というか始まりが不明、なアニメだったからな。
一体何が起こったのか分からないまま時が過ぎ、そして去って行った…そんな感じだ。
「おっと、忘れるところだった」
そう言ってデップは立ち上がった。俺は何事かと思い、でも状態を起こすのも面倒なため視線だけを向ける。
デップは少し急ぐように部屋の隅に固めて置いた荷物の中から、ジャラっと音のする薄汚れた緑の巾着袋みたいなものを取り出した。それが何なのか俺には中身を見なくとも分かる、あれはきっとお金が入っている袋だ、絶対だ。
そしてそんなことはきっと今はどうでもいい事であり、デップは着々と準備を整えていた。一体今からどこに出かけようというのか、せっかく約2週間振りの休憩だと言うのに。
まさかこいつは常に動いていないと落ち着かないタイプか?そんな特性いらんぞ、ダンジョンの中で最も迷惑になるキャラだ、加えて一番早く死ぬタイプでもある(俺の独断と偏見による考察より)。
そしてデップはそのまま何も言わずに部屋から出て行った。デップがどこに行こうが俺には関係ないし、むしろ俺を誘って一緒に外出するなんてことにならなくて良かったって思っている。
情報社会で生きてきた俺はメンタル的な強さを持っていても体力的な強さは一般人か、それ以上あるかくらいなのだ。
え?十分体力あるだろって?おいおい何馬鹿なこと言っているんだ、この世界での一般ピーポーなんて、ただのパンピーだぜ?山越え谷越えのパンピーがいるかって。
いい加減眠いし疲れた。とりあえずやっと一人になれたのだから一眠りでもしようと思う、こんな安眠のチャンスこれが最初で最後かもしれないし。
「最後、か…」
俺はゆっくりと瞼を閉じながら思い出す、現実世界のことを。
どういう原理でここに来たのかはずっと考えてはいるけれど、やっぱり分からない。もしかしたらあの転んだ衝撃で頭でも打って意識失って今病院…みたいなことになっていて、ここは俺の夢の中なんじゃないかって思ったりもしたけど…
転んだ衝撃で入院って、もう、なんて言うかダサすぎて嫌だから心の底からそんな事になっていませんようにと祈る。
目が覚めたら真っ白な空間、とかちょっと憧れるけど…そもそも俺は元の世界に戻れるのだろうか、戻りたいと思っているのか自体、自分でも分からないが。
高校生にもなって厨二を引きずって高二病の波にすら乗れず1人寂しい日々を送っていたあんなところに…俺の意識は次第に遠のいて行き、いつの間にか深い眠りについていた。