これが厨二病の本気だ。
それから俺たちは魚を買うのを後回しにすることを決めた。
買わないってわけではなく、一応宿を決めてから買いに来た方がいいだろうという俺の勝手な判断だ。
だって宿泊まるってなったら夕食とかついてきそうじゃないか、それで魚とか買ったら腐るのを待つだけだし。
やっとそれっぽいのがありそうな街中まで出て来られたし。
案外いろいろ考えている俺ってかっこいいよな。
さすがは世界の主人公ってところか。知的主人公の位置も悪くないな。
「よし!じゃあ今日も、俺に相応しい城を探すか」
「今まで一度も城を探したことはないぞ」
「…寝床を探そう」
こいつとは一生相容れないと確信してしまった瞬間だった。
デップは真面目なのかただの阿呆なのか、どうなのだ。
俺が言葉を言い直せばデップは納得したのか腕を組み、やっと寝床について考え始めた。
「なんだ、そういうことか。そうだな…テントが立てられるような広いところがいいな」
「…今、天からのお導きでよく聞こえなかった、もう一度」
しかしそれは気のせいだったようだ。
こいつは寝床について一切何も考えていないということが今の瞬間に確定された。
俺はにわかに信じがたい言葉にとりあえず現実逃避をする。
ふっ、と笑った俺が少し癪だったのかデップはギランと光る鋭い目でこちらを睨んでいた。べ、別にこんな巨神兵怖くなんかないんだからな!!
「は?だから、テントが立てられるような広いところを探そうって言っているんだ」
「ふっ…デップにしては面白い冗談だ」
「ここで冗談なんて言ってどうする」
「強情な奴だな、どうやらお前には天の声が聞こえないようだ」
「お前にも聞こえてないだろうが」
「なん、だと…」
おかしい、なぜだ。
絶対俺は間違ったことを言ってないのに、なぜこうも押されているのだ。
そもそもだぞ?なぜ人がいる町に到着したのに外で寝るという発想が浮かぶんだ?宿を探せよ。
俺の心の訴えは聞こえないためデップはデップで楽しそうに『場所』を探している。もう一度言おう、宿じゃない…場所を。場所を!!!
言わなくても分かると思うが、寝る『場所』を探しているデップはかなり異様であり、待ちゆく人々がみんな怪しい人を見る目で通り過ぎて行く。
こいつは見た目ですでに異様すぎるというのに、全く自らの立場を分かっていないようだ。この俺を辱めるなんて…畜生、この手は使いたくなかったが…仕方がねぇ…俺の能力で!
「…俺にいい案がある、少々危険かもしれないが…こんな時だ、致し方ない」
「断る。なんでわざわざ危険なことを犯すんだ」
「何も言うな、俺には迫りくる危険が分かる…すべては俺に任せて、」
「そんな危険な船に乗るわけないだろうが、ったく」
「………野宿のほうが危険だよ!!」
「だから交代で夜の見張りをするんだろ?」
さも当然のごとく言うデップの顔は何を言っているのだと訴えていた。
俺からしたらお前こそ何を言っているんだ、だ。
まさか俺様がまともな意見を言うようになるなんて…おかしすぎて笑えもしない。
厨二病という俺の生き甲斐を…
アイデンティティをどこに置いてきたというのだ!
俺達の間にしばしの沈黙が訪れる。いつの間にか、また人通りの少ない路地まで歩いてきていたため、本当に静かだ。
鳥のさえずりが聞こえてきた。あぁ、猫の鳴き声も聞こえるな。
海も近い街だからか、波の音まで鮮明に聞こえてくるや。
そう言えば今の季節は何だっけ。
「お、あそこの路地裏なんてどうだ?昨日寝たあの林の隅に似てるぞ、少しは安心して眠れるんじゃないか?」
ついに好寝床を見つけたようで、背中に背負っていたテントの道具を地面へと置き、準備を始めた。
確かに昨日の夜野宿した森の中の一角に雰囲気は似ている。
周りが真っ青なコンクリートか、緑色の大自然かの違いだけで。
しかし一番の違いに問題はあって、その路地裏にも一応窓やらドアやらたくさんついていて、立派な住宅街であるということだ。
何が安心して眠れる、だ。
街の人間が安心して眠れないではないか。
一晩中窓の外で寝ている変態に付き合わされる身にもなってみろという話だ。
俺は真っ青なコンクリート壁に背を預け、壁の色と同化している真っ青な空を見つめた。そして目をゆっくり閉じる。
「なぁ、デップ」
「なんだ」
「お金は、持っているのか?」
俺はそのままの体勢で問うた。
今の今まで、お金を使うところなんて見ていないが(魚は買おうとはしていたな)そもそもこの世界にお金という概念は存在するのか分からなかったが、問うた。
俺が、いや、人間なら誰しも愛を持って抱きしめるアレの存在を。
そんな俺をデップは怪訝そうに見つめる。
しかし俺はそんな蔑みにも近い視線に揺らぐことなく、閉じていた瞼を開け再び空だけを見つめた。別に視線攻めから逃げているわけではない。
「金?当たり前だろう」
「いくらだ?」
「いくらだろうな…旅に出てから一切使ってないし、色々仕事こなしていたおかげで貯まっていく一方だったから…数えるか?」
その言葉を聞くや否や、俺は視線を戻して手に持っていた、いや、持たされていた、いくつかの荷物を地面に放り出しデップの近くまで歩み寄った。
そして笑みを浮かべる俺にデップは首を傾げる。
「ちょっと、見せてもらえる?責任を持って数えるから!通貨の単位あっちの世界と一緒かな…円だったらありがたいけど、この際ドルでも構わない!!っっ馬鹿やろぉお!!!!」
そして俺はデップに手を差し出していた方の手で自分の頬を思いっきり殴った。
思っていたよりも強く殴ったらしく、俺はその勢いで倒れた。
それを訝しげに見つめるデップなんて知らない。
あぶねぇ、魔界からの通信妨害に惑わされるところだった…!
くそ、お金の威力はやはり強いな!
こうも簡単に意識をもっていかれそうになるとは。
俺の中の悪魔よ、静まるのだ。
「何だ、騒がしいやつめ」
「ふっ、そうやって平和に生きればいいさ」
「平和な訳ないだろうが、何を言っているんだ、お前は」
それから俺たちの噛み合わない言葉のキャッチボールは数時間にも及び、行われた。
どちらかが、というか俺が折れてまともに説明をすればいいだけの話だったのだが、俺にも俺でプライドというものがあってだな。
それにこんな戦うことにしか考えがいかない頭の弱い巨神兵に宿のことを普通に説明したところで通じるとも思っていなかった。
そしてとうとう陽が落ちてきたという頃に不毛すぎる会話に決着がついたのだった。
俺の粘り勝ちという形で宿を探すという結論にまで達するという感動的な決着だ。
デップはと言うと、まだ納得のいかなそうな顔をしていたが宿の素晴らしさを知ればきっと俺の言いたかったことが全て分かるであろう。見たか厨二の本気を。