魚売りの親父
近くに海があるらしく、波の音が街全体に広く響き渡っている。あれからどれだけ歩いたか。
俺達はとうとうブルータウンという町に来ていた。
ここはこの世界の中でも結構有名らしいが、俺からしたら漁師の町って感じで都会な雰囲気もないただの田舎って感じだ。っていうのが、外から見た感想。
「ほう、これがブルータウン…」
で、今の感想。ただただ青いのヒトコトにつきた。
建物は青を基調としており、綺麗に空や海と同化している名前の通りの町。
目を凝らしていないと本当に溶けこんでしまいそうだと思った。
遠目から見る景色と、近くで見る景色は、やっぱり違うものだ。
ただの港町が真っ青な不健康そうな町に降格したんだから。
そんな俺の唖然とした空気は伝わっていない隣のデップは街を見渡しながら地図を広げていた。
しかし道に迷っているのか知らないが人がほとんどいない路地をひたすらに歩いているため、俺はここからどうしようという不安が若干湧き上がってきていた。
「ここは魚が美味いらしい」
そしていつも通りどこから掴んだのかわからない情報をくれるデップだが、俺は久し振りに魚が食えるのかもしれないということでもはや、そんなことどうでもいい。
気分が高揚した。心なしかデップも嬉しそうだ。
それもそうかもしれない、ここ数日の間はずっと山菜やら木の実やらを食べたり、よくわからないモンスターを食べたりだったのだから。
「デーモンホーリー悪魔(DHA)成分の入っているアレか!?…とうとう禁断の道を渡ってしまうのだな、俺は!しかし最初から分かっていたことだ、後悔はない、さぁ行kーー」
「悪魔だと!?」
「おろして、剣をおろして!悪魔いないから!」
ここは一応、町中で、裏路地だからって結構人通りもあったりなかったりするわけで。
そこに黒くてデカくて恐いやつが、これまた鋭くてデカくて恐ろしい剣を振りかざしているのだから異様な光景であることこの上ない。
きっと数少ない通行人がこちらをチラチラ見てきているのは気のせいではないんだろうと思う。
「お前今、悪魔って…デーモンって…」
「え、えっと…ははは!何を聞き間違えているのだ!我はデ、デ…デストロイファイアー…ファイアー…ファイアー…甘い成分と言ったのだー!」
「さっきと随分違う気がするんだが…」
空気の読める厨ニ病と謳われていた俺はちゃんと空気を読んで無難な言葉に言い直す。
流石というべきところは、やはり普通にドコサヘキサエン酸成分だなんて言わないところだろう。
そしてなんとか誤魔化せたのか、デップは多少納得いかなそうな顔はしていたものの大人しく剣を背中の鞘に戻した。
「全く、」
「おっ、そこのおっきなアンチャん!うちの新鮮なメール魚買っていかないかい!」
俺の態度になにか言いかけていたデップだったが、向かいの方から声をかけられたため言葉は遮られてしまった。
声のする方へ顔を向けてみれば、そこにはキラキラと銀色に輝く魚がこれぞとばかりズラリと並んでいる魚屋みたいな屋台があった。
「メール魚か…夕飯にいいかもな。」
「メール魚?」
「そっちのアンチャンはメール魚を知らねぇのかい?珍しいアンチャンもいるんだなぁ!」
屋台のオヤジは、目を見開き俺を見た。
デップはメール魚を知っているようで、今晩のおかずにどれを買おうか迷っている。
なに女みたいなことしているのだが、と思いながら、そんな驚かれても俺はこの世界の魚のことなんか知らないため頭に?を浮かべるしかない。
「ついさっき言っただろうが、ここは魚が有名だって。メール魚はここの海でしか取れない貴重な魚なんだぞ」
「なるほど、この俺に相応しい魚どもというわけだな」
どうやら俺が元いた世界で言う天然記念物的位置のようだ。それ食べていいのか?という疑問にぶち当たるが、売っているのだからきっといいのだろう。
俺は銀色に輝き続けるメール魚という魚をジッと見つめた。
特に理由はないが、なんかこいつがイワシに見えてきて全く天然記念物の有難味とか感じなくなってきたことへの否定ができなくなってきたってだけだ。
「でもなぁ、最近そのメール魚が採れなくってなぁ…お陰で商売あがったりだよ!」
「なぜ…地球温暖化か?」
「なんだそれは」
「ほう、こっちには存在しない言葉か」
地球温暖化がないとなると、地球寒冷化とかがあるのか?
そもそも地球破壊という概念が存在するか否かの問題になってくるな。
そもそもアニメの中でそんな言葉出てくるものか?
なんて至極どうでもいいことを脳内で考えながら俺が1人納得したように呟けばデップは不思議そうにしつつもそれ以上何も言わなかった。
そして魚屋の親父のスルースキルも舐めちゃいけないと俺は思う。
「ワケは知らねぇが、街の連中はメール海の神様が怒っているだのなんだのって馬鹿なことばっかり言ってやがるのよ!いい歳の連中がそんな昔の迷信信じるなんて、呆れたもんだろ?」
困ったようにため息を吐く魚屋の親父は、この件で街の人と相当もめている様に
見える。
理由としては先ほども言ったがここは人通りの少ない裏路地だ。
そんなところで1人寂しく魚を売っているのは普通に考えておかしいだろう。
まぁ、こういう設定の村人なんて〝あるある〟だよな。
「貴様は信じていないのか?」
「初対面の相手になんて態度とっているんだ、お前は」
だから俺も〝あるある〟な台詞返しをしたのに案の定というか、分かっていたというかデップに殴られた。
この世界にきてからモンスター的なやつらからのダメージは全くないのに俺の体には生傷が絶えない気がする。もちろん主に目の前のこの巨神兵のせいだ。
「別に構わねぇよ」
そう言って笑うこの魚屋の親父はいいキャラしていると思った。
こういうやつはどこの世界でもこんな立ち位置にされるんだと思うと悲しくなる、思い出したくない思い出を思い出してしまいそうで。
「俺ぁ、目に見えないもんは信じない主義なんでな!神様なんて信じちゃいねぇよ」
そして親父は悲しそうに笑った。