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ここにきてまで基礎かよ。

「おやっさん、この基礎稽古…っいつ、までっ…?」


「短くても一週間だろうなぁ」



翌朝。


昨日と同じように朝飯前の畑仕事を終わらせて朝食を摂った後、俺は昨日と同じ場所で筋トレに励んていた。


 朝日が追い打ちをかけるように俺を照らし、額には大量の汗が流れる。


 薄暗い時間から行動を始めることも含め、この生活が昨日今日で慣れるものではないが、異世界特典というやつなのか昨日よりは辛くはない。もっと言えば初日に比べたら月とスッポンとやつだ。


 ーーー使い方違う?そんなこたぁない。


 回復力もなんとなく早くなっている気がする。この調子なら今日はフォリアの回復魔法はいらなそうだ。



「今日は余裕そうだからもう少し追加かな」


「うっ、そだろ…!」



 前言撤回、フォリアの回復魔法はこのあと絶対必要になる。今のうちにあの物忘れ美少女を派遣しなければ。


 焦る俺を横目に楽しそうにするおやっさんはやっぱり悪魔ってやつだろうと俺はこの時心の底から思った。



「タナカ、きみどこかで鍛えたりしてたか?特に足腰」


「っまぁ、っ鍛えては!っいたなぁっしょーい!」



 スクワットをしながら問いかけられた言葉に答える。声を発するたびに俺の体力は上乗せして消費していく。


 若干上ずった声で叫んでしまったので周りには誰もいないのが救いである。



「白のバングルにしては体力があると思ったんだが、鍛えていたのに白っていうのは凄いな」


「っおや、さん!それ、っ貶してるよねぇぇ!?」


「いやいや珍しいんだよ、褒めてるさ」



 ーーーこれは絶対褒めてない。


 俺が恨めしそうに睨んでいればおやっさんは困ったように笑う。そしてなんと言ったものかと腕を組んで思案した後、口を開いた。



「それぞれ適した職種っていうのがあるんだよ、代表的なもので言えば上半身のみを鍛えているので多いのは  アーチャー(遠距離弓者)、下半身を鍛えているので多いのは剣士で、特に短刀使いが多い。しかし下半身を鍛えているやつの大体は実戦向きではないからある程度は上半身も鍛えているんだ」


「っへぇ…」


「だからキミみたいに下半身だけ特に鍛えられている人を見るのは初めてなんだよ、最初はなにか珍しい職種なのかと思ったんだがね」


「珍し、い?」


「まぁ、色々あるんだけど…」


「あんたー!タナカー!昼ご飯できるよー!」


「わかった、すぐ行くよ」



 呼びに来たおばさんの声により俺達の意識はそちらへ向く。自然とこの話は終わり、返事だけ聞いてさっさと宿の方へ戻っていくおばさんの後ろ姿を二人して黙って見送った。



 もうそんな時間なのかと、空を見上げるおやっさんに俺はやっと終わったと思い座り込もうとするが、それは許されない。



「さて、もう少し頑張ろうか」



 ーーーこの男、昼ギリギリまでやらせる気だ…!


 そしてお昼ご飯直前、例のごとく俺は課せられた未知数の筋トレをすべてこなし、地面に崩れ落ちたのだった。



「あー…」


「どうだ、歩けそうか?」


「昨日よりは、大丈夫だけど歩くのは無理そう」


「そうかそうか」


「なんでそんな嬉しそうなの」


「明日は基礎と一緒に剣の稽古もしようか」


「よしきた!そういうの待ってた!」



 よいしょ、と俺を担ぎあげたおやっさんの言葉に俺は喜びの声を上げる。まだ3日目、筋トレをし始めて2日目…長いようで短かったここ数日だが、とうとう俺の真の力が発揮される時が来たというわけだ。嬉しくないわけがない。


 正直、異世界にきてまで基礎とかやってられないと思っていたところだ。



「素振りも基本だからな、あと基本の型も教えるから。タナカは剣術の経験はあるのかい?」


「いや、ないな。全くの初心者だが安心するがいい、俺には天から授けられた才能があるからな!」


「そうかそうか」


「信じてないな!!」


「タナカはなぁ………」


「なんだよ」


「いや、なんでもないさ、明日からの稽古でまた頑張ろう」


「そういや、おやっさんって見ただけで職種っていうのが分かるの?」



 担がれながら、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。

さっきの稽古中にも思ったことだが、俺を見た時から筋肉のつき方とかそういうのが分かっていた風だったから気になったのだ。おやっさんすごく強そうだし、というかおやっさんのバングルは見たことないな。おばさんは緑だけど。



「あぁ、そうだよ。一応指導者のバングルを持っているからね」


「指導者のバングル?」


「普通のバングルともう一つ、宿屋をするに当たって必要になるバングルさ。どの宿屋にも一人はいないといけないんだ」



 俺のいた世界の免許証みたいなものだろうか。ここではバングルが身分証明になったり、免許証になったりするようだ。


 おやっさんは、これだよと言って左の袖を枕利上げて肘近くに付けられているバングルを見せてくれた。そこには2つのバングルがあり、赤と黒だ。



「え、おやっさん、黒のバングルなんて強さの基準にあったか?」


「何を言ってるんだい?黒が指導者のバングル、私は赤のバングル所持だよ」


「………おやっさん最強だったの!?」


「でなきゃ指導者のバングルなんて持てないよ」



 おかしそうに笑うおやっさんに、改めてこの人の凄さを実感した。確かに指導する人間が緑とか青とかだったら反感を買うだろう、少し考えればわかることだが、それでもおやっさんにが赤なんてビックリである。



「じゃあ門番の二人は」


「戦う方はオレンジ、バングルを渡している方が赤だね」


「へぇ…赤のバングルって意外に珍しくないのか?」


「白に比べれば珍しくはないけど…そうだね、ここには赤のバングルは私も含めて10人いるかな…外から来た人で赤はまだいないからね」



 10人、それはきっと少ないのだろう。中心街に行った時に見た人の量を見ればそれくらいは分かる。そしてそんな数少ない赤のバングルであるおやっさんは恐ろしく強いのだ。


 だが、それより珍しい白である俺はもっとすごいと思う。もしかしなくてもこの人口量の中にたった一人しかいない俺は貴重も貴重、レア中のレアなのだ。



「それにしてもタナカくんはこの街のこともだけど、ここの外のことについても知らないことが多いね」


「まぁ通常では考えられないほど遠くから来たんでな」


「だからディア族と、鬼族とパーティを組んでいるんだね」


「ん、でぃ?」


「やっぱりしらないのか」



 何かを考える素振りをするおやっさんは、宿屋に着いたため続きはご飯を食べながらにしようと言って話を切り上げた。


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