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手首にのしかかる白色。

「情けないねぇ」


「うっせぇ、クソババア」


「ああ゛ん?」


「ごめんなさい」



 おえおえ、と嗚咽を吐きながらデップにおぶられて帰ってきた俺を見たおばさんは何を察したのか呆れたようにそう言った。少し言い返したらこれである。少しは同情とか優しさをくれてもいいのではないだろうか。



「買い物が終わった途端タナカが急に泣き出して、」


「そうなのかい?一体どうしたって言うんだい」



 背中でいつまでも拗ねている俺に困っているデップは苦笑した。そんなデップを見ておばさんも困ったように俺の元へ近づく。フォリアは相変わらず気にしてはいないようで、むしろ今あったことを完全に忘れているのかもしれない。



「恐らくだが、外で待っている間に何かあったんだと思うんだが」


「外ねぇ………もしかして〝白のバングルだ〟とか言われたのかい?」



 少し考えたおばさんは1つの結論に行き着いたようで、その応えに俺は小さく頷いた。それだけで全て悟ったのか、おばさんはまた「情けないねぇ」と言って苦笑する。そして取り敢えず中に入って話さないかと言ったおばさんの誘いにデップたちもお使いを頼まれているらしく、断って自身の宿屋へと帰って行った。俺はそれを見送り、おばさんに言われるがまま宿の中に入り、いつもご飯を食べる席に座らせられた。


 俺が席に座ると、買い物袋を台所に置き、急須を持ってきてお茶を淹れてくれた。湯気があがるそのお茶は嗅いだことのない香りがして、不思議と心が落ち着く。



「情けないね」


「言いすぎじゃね?」


「大事なことは何度も言わないとじゃないか」


「二度だけでいいんだよ」



 お茶を啜りながら再度「情けない」という言葉を言うおばさんに突っ込めば笑われた。何が面白いのか分からないが、おばさんはまた一口お茶を啜る。



「希少って言われた時点で分かってたろうに、あんたは馬鹿だねぇ。普通は見られないよう隠して歩くもんなのに、堂々と出て行ったときは相当な鋼のハートの持ち主だと思ったんだけどねぇ」


「ここまでとは思わなかったし、割と白ってこと気にしてなかったんだよ」


「あんたは本当の馬鹿だったんだね」



 盛大に笑うおばさんに俺はため息をついた。


 ここまで白への当たりが強いとは思わなかったし、色分けしてるとはいえ街の人間はバングルなんて見ていないだろうと思っていたのだ。行ける店が限られてくるだけで他に不便はない、通行人1人1人を気にしている余裕はないだろう的考えだったのだ。


 そんな俺の考えが分かっているのか、おばさんは「希少なんだよ、あんたのバングルは」と再度強く言った。



「言っただろう。数十年に1人、数百年に1人なんだよ、白は。1世代に1人この街にくるか来ないかなんだよ………特にあんたは」


「どういことだよ」


「先代、先々代、それより前の代にもいなかったんだよ。理由は分からないけどねぇ、そんなに長い期間白のバングルが現れなかったことが今までの記録の中にもないもんだからね、珍しがられても仕方ないさ」


「それって何百年もいないってことか?」


「もう何千年かもねぇ」


「そんなにか!?」


「そこまでは流石にないけどね」


「そういう冗談、今はいらねーよ!」



 呆れる俺におばさんは大らかな笑顔を向けてくれた。そこで丁度おやじさんが帰ってきたようで、扉の方から大きな(くわ)と籠に野菜を一杯詰めたものを背負っているおじさんが近づいてくる。恐らく今午後の畑仕事を終わらせてきたのだろう、体中泥だらけで汚れていた。



「おかえり、あんた」


「ただいま。今日は良い野菜がたくさん実ってたから一杯採ってきたわい」


「今日はごちそうかねぇ」


「おや?タナカさん」



 おじさんは採りたての野菜が詰め込まれた籠をおばさんへ私、おばさんはそのまま厨房へと姿を消した。俺とおじさんはそれを見送り、おじさんは着替えてくると言って部屋の奥へと消えてった。


 急に静かになった空間になんだか心細くなる。


 ―――この宿屋はこんなにも静かだったかな


 小窓から漏れる真っ赤な光に俺は頬杖をついて大きくため息を零した。


 ―――もう夕暮れだ。



「きみが黄昏るなんて珍しいこともあるものだね」


「それは失礼ってやつですよ、おやじさん」



 部屋着に着替ええて出てきたおたじさんは微笑みを浮かべつつ俺の前に座った。そんなおやじさんを横目に「思ってても言わないやつだから」と付け加えて小さく息を吐く。



「街に行ってたんだってね」


「…まぁ」


「いい勉強になっただろう、タナカさん」


「確かにいい社会勉強だったよ」



 厭味ったらしく言葉を返せばおやじさんは困ったように眉を下げた。おやじさんに八つ当たりをしているのは分かっているが、やっぱり腹が立つ。なんで俺があんな惨めな思いをしないといけないんだって。


―――これだから外の連中と関りなんて持ちたくなかったんだ。


 異世界に来ればこんな日常が何か変わるんじゃないかって、あの時の俺はアニメの世界に憧れていた。でも実際どこへ行っても同じだ。人はたくさんいるし、自分勝手なやつも多い。ここも大変なことばかりだ。



「なんで白ばっかり…」



 ポツリと呟いた言葉におやじさんは視線を窓の外へ向けた。優し気に俺を見下ろしていたその目はどこを見ているのか分からない。



「白のバングルはね、何もかもサボっているように思われてしまうんだよ」


「俺は毎日鍛錬をしてるし、畑仕事だってしてる」


「白のバングルはそうでなくても、疎まれるもんだよ。この街は強いやつが正解だからねぇ」


「弱いやつだって世界にはいるだろ」


「それでもここは、弱いものほど生をサボっていると思われるんだよ」



 この街がなんだかとてつもなく恐ろしいもののような気がして視線を落とす。


 こんなにも強さが正しいと、弱いものが間違っていると、ハッキリ言われると自分がここにいてはいけないモノのような気がしてどうしようもなく恐ろしいのだ。


 おやじさんはどういう顔をしているのか分からないが、服の擦れる音が聞こえて、こちらに視線を戻したことだけは分かった。 



「本来なら白のバングル専門店はどこにもない、けど誰にも目の届かない場所で密かにあるんだ街におりたとき思わなかったかい?〝白の旗がない〟って」



 確かにほとんどがオレンジや赤、極僅かに緑や青が見えるくらいで、白なんてどこにもなかった。白色という色が忘れ去られたみたいに、そう思ってしまうほどに。



「バングルは手放すことを許されない、この街を出るまで。バングルを盗むことも許されない、盗まれることも許されない」



ここは俺が思っているよりもずっと強さがすべての街だった。それも異常なほどに。

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